第314話 対峙


 それは紙粘土かのように、彼女らが両手を無造作に動かすだけでボロボロと崩れていった。不死伯爵はその破片を身体に受けながら、双子姫の片割れへと手を伸ばす。

 彼に向けられた銀色のまなざしが、星明かりによってきらめく。

 その手元の穴から、何かが出てきた。

 変色した、腕。

 そう認識する間に、腕から肩が、そして頭が出てくる。徐々に姿を見せるそれもまた、崩れかかった壁であれば双子姫ほどではないが壊せるようだ。

 自身の身体に合わせて無理やり通ろうとし、双子姫の手を押しのけて出ようとしている。

 自らの腕にかかった手を振り払うべく、オルトゥスは穴から手を抜いて不死伯爵に向き合った。ルーキスは中から這い出ようとする魔物にかまわず、扉を更に崩していく。

 その全貌は、すぐに星明かりに晒された。

 ソレアード王の墓室から出た食屍鬼グールは、双子姫ではなく、生者たる舞姫らのほうへと襲い掛かる。一体だけではない。その奥から更に沸く食屍鬼グールを見、不死伯爵はオルトゥスではなく、そちらの援護に回ろうとした。しかし、逆に回り込まれる。

 そこで、彼女が邪魔をする者として、不死伯爵を認識しているということがわかった。その動きを封じるために、自発的な行動も起こせる。

 ステッキをにぎりしめ、未だに癒えない傷を抱えたまま、不死伯爵は食屍鬼グールを任せることにしてオルトゥスと対峙した。ルーキスはオルトゥスのほうを見ず、ひたすら扉を崩している。


「――来たれ聖域の加護サンクトゥアリウム!」

戦斧旋舞キルクィトゥス・ベイル!」

光撃の矢ペイル・グリッター!」


 舞姫に迫る青黒いツメを、その腕を、聖域が弾く。

 大きく食屍鬼がのけぞった瞬間、背後から迫る食屍鬼を巻き込み、交易商の戦斧ウォーアクスが振るわれた。後方の食屍鬼の喉元を弓手の矢が貫く。双剣が疾り、食屍鬼の胸を十字に裂く。砕けない不死者アンデッドに苛立ち、舞姫は更に剣技アルス・ノーミネを発動させた。


双牙斬ドゥエ・ファング!」


 逆手ににぎられた双剣が、食屍鬼の穿たれた喉元から胸元までを繋ぐ。その身体を蹴り飛ばし刃を抜くと、食屍鬼の身体は遂に光に還った。


 新たなる食屍鬼が迫る中、スキル直後の硬直で舞姫は顔をしかめた。


 旋律が流れる。

 魔曲は反応速度を高め、硬直時間を短縮し、舞姫の背中を押す。


 不死伯爵は動けない。

 下がらない覚悟を抱き、メーアは前へ、シャンレンとともに飛び出した。


 神官は聖域と癒しにより、人形遣いは旋律で舞姫を支え。

 弓手は矢の手数によって、その後ろから迫る食屍鬼の動きを阻害した。

 耐久度が落ちた重鎧のまま、交易商は食屍鬼の攻撃に耐え。

 黄色にまでHPバーを染めながらも、舞姫は舞い続ける。その靴音が旋律と合わさり、リズムを刻む。撒き散らされる死臭の中、敵対する者の消滅を求めて舞姫は踊る。


「――聖なる光を帯びしものウルテノネェレ・ルゥツェンム!」


 刃から光が消えかける直前、神官の手の中の術石と引き換えに聖属性が重ね掛けられた。ふと、弓手は道具袋インベントリを探り、水袋を取り出す。勢いよくそれを上部へと放り投げ、落ちてきたところを彼は射た。

 風船が割れたように、水が落ちていく。それは重力に逆らわず、局所的なものだった。聖水をかぶった食屍鬼はその肌を焼かれ、存在自体を否定される。その腐った体がまとう衣装は、神官のものであることがもの悲しかった。神の御許へと、口先だけでも祈りながら、弓手は追撃する。聖属性の矢が、食屍鬼を屠った。


 旋律が、届かない。

 自身の指先が生み出す音色が、双子姫に何ら反応を生まないことに、人形遣いエスタトゥーアは胸を痛めた。彼女の魔力を満たした宝珠の存在が、双子姫の魂核へとその意思を伝えるはずだが、今は伝わるどころか双子姫の存在すら感じられないでいた。手応えも何もない。素通りである。

 双子姫の名は、今もパーティー表示の中にある。但し、ステータスはグレーダウンしており、状態異常の欄には「侵蝕」とだけ記載されていた。人間に及ぶ状態異常であるならばアシュアの神術によって癒せるはずだったが、種類が異なるのかアプローチを誤ったのか、癒しは通じなかった。

 双子姫は不死王フォルティスの意思に応え、動いている。あの愛らしい微笑みが見えず、声が聞こえないことこそ、双子姫の心がないことを示している。その状態が侵蝕というのであれば、逆に、そこに希望があった。


 双子姫自身の意思で、父王のもとへ戻るというのであれば、エスタトゥーアには止められない。だが、心が奪われているのであれば――母として、何としても取り戻さねばと戦える。


 エスタトゥーアは歌う。

 弦と歌の相乗効果で、魔曲の威力が増す。

 その力強さに、舞姫は自然と笑んだ。



 素手のまま、オルトゥスはその場に立っていた。

 不死伯爵へと攻撃を仕掛ける素振りはない。鎖鎌クラモアを失い、先手が打てないのだろうかと、不死伯爵は彼女からその片割れへと視線を向けた。

 扉の穴は、もはや人ひとりが立って歩けるほどにまで広がっている。封印は完全に失われていた。扉自体が破壊されてしまった以上、再度封印することはできない。

 出てきた食屍鬼は今のところ二体だが、奥にはいないとは限らない。そう思えば、早く双子姫をどうにかする必要があった。どうにか、と考えてしまうあたり、動きを封じる以外の手段を取りたくない感情が露呈する。


 不死王ソレアードの墓室には、かつて、王都を席捲した熱病の病原菌が渦巻いていた。青の神官アシュアはその扉の封印を施す際に浄化神術を掛けたが、特効薬と火葬以外に効果がなかったという過去の事例を思えば、あまり効果は見込めない。そもそも、不死王フォルティスの墓室の扉を開いているために、王家の霊廟に初めて入った者の中には熱病に感染している者もいるだろう。発症する前に戦闘を終わらせなければ、負担は増大するばかりとなる。

 そのため、不死鳥の宝珠を手に入れたあとは撤退戦となるはずだった。

 ――双子姫が闇に囚われていなければ、対象は最悪でも不死王フォルティスのみだったのだが。


 扉の穴の奥にいる、かつての己の主を思い。

 不死伯爵は肩だけではなく、鼓動を止めたはずの胸にまで痛みをおぼえるのだった。

 彼はおもむろに、その場に膝をついた。そしてステッキで床を打つ。


「――縛命陣ゼーレ・グライフェン!」


 生命を縛る闇色の魔術陣が広がる。

 しかし、そこから生まれた闇の波濤に、双子姫は

 聖属性の術石によって防がれた、というだけではない。むしろそこ以外に手応えを感じなかった。

 その事実に目をみはる不死伯爵へ、楽しげな声音が降ってくる。


「人形相手に何を遊んでおるのだ、ヴァルハイト」


 遠い昔。

 王城にて時を過ごしていたころを錯覚させるほがらかさに――不死伯爵アークエルドは絶句した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る