第313話 誰よりも強くなってほしかった

 星明かりの加護は神術である。

 それに照らされているだけで、不死者アンデッドならば多少ではあるが弱体化する。ゆえに王家の霊廟に入ってから、青の神官アシュアは聖属性ではない魔力光セヘル・フォスに依存していた。敵は当然不死者アンデッドばかりなので使うほうがよいのだが、こちら側の不死者アンデッドである不死伯爵カードル伯骸骨執事アズムにまで悪影響が出てしまうためである。

 聖水を服用し、身体に聖属性を帯び、不死者アンデッドから受けるダメージを軽減する。聖属性付与の神術により、武器に聖属性を宿す。従魔使いユーナと不死者である従魔シムレース以外であれば、この二つにより、各段にその能力を強化することができる。レベル的には低い部類に入る交易商シャンレンが、装備依存援護不可欠ではあるが食屍鬼グールと対峙し前衛として渡り合える理由はそこにあった。


 だが、今。

 そのどちらの支援効果にも囚われない双子姫が、更なる不死王を目覚めさせようとしていた。


網矢陣フィレ・フレッチャー!」


 弓手セルヴァの矢が、扉に当たって炸裂する。矢の先端が四方八方に分散し、細い魔銀糸で編まれた網が広がる前に、オルトゥスはその場から下がった。双剣シンクエディアを片づけた舞姫が飛び掛かる。しかしこれにも立ち上がって真横にステップを踏むことで回避した。軽やかに神官服の裾が舞う。同じく戦斧ウォーアクス道具袋インベントリへと仕舞い、交易商も手刀で参戦した。体術スキルを持たないはずの彼だが、籠手に覆われたその鋭さはオルトゥスの首筋を狙いたがわず打つ。しかし、自動人形オートマートスであるオルトゥスには効果がなく、逆にその手をつかまれて通路の壁に叩きつけられた。


「――くっ」

「レンくん!」


 使い捨ての重鎧を身にまとっているにもかかわらず、その投げは非常に無造作に行なわれていた。鎧の中にまで及んだ衝撃に、シャンレンは息を詰まらせる。

 オルトゥスは追撃を行なわなかった。その隙に、不死伯爵ノーライフ・カウントが舞姫と合わせるようにオルトゥスの身柄を拘束すべく動いた。打ちかかるステッキに、とっさにオルトゥスは鎖鎌クラモアを引き抜き、受ける。刃を交わすのではなく、その柄のほうへとステッキを流し、不死伯爵は対峙した。

 交錯する二本の武器の合間を、双剣が閃く。絡め取る側であるはずの鎖鎌クラモアが、鎖と鎌に分かれた。そこで怯えるなどという感情は一切見せず、オルトゥスは手元にある武器を別々に使い始める。


「誰ですか、あんな身のこなし教えたの……」

「体術は基本です。自らの武器を得意とするほどにまで扱えねば、安心して働かせられないでしょう?」


 酒場で働くからと武器の修練を積む従業員なんて聞いたことがありません、とシャンレンは文句を言いそびれた。エスタトゥーアに支えられ、身を起こす。そして、問答無用にHP回復薬ポーションをぶっかけられた。それはすぐに効果を発し、濡れた感触は消える。


自動人形オートマートスですからステータス自体は成長しませんが、レベルは上がっていきますから……スキルは充実していますよ」

「レベル上げ、ほどほどにしておくんだったよ!」


 一角獣の酒場バール・アインホルンに訪れるであろう、どのような旅行者プレイヤー相手であっても、双子姫ルーキスとオルトゥスで応対すれば勝てる。

 そうなるようにと東門の一件でそこそこ戦いに慣れたふたりを、更に多くの戦場へ導いたのは他ならぬ舞姫メーアだった。前線に立てないエスタトゥーアに代わって、ふたりならば倒せる範囲の敵を流し、その成長を見守ってきたのである。

 人形遣いの本領を発揮すれば、双子姫にもエスタトゥーアの意図は伝わる。かつて『白の死神エスタ』と恐れられた動きの数々を、記憶を基にして楽の音に乗せ、ふたりに教え込んだ。双子姫は素直にそれらを吸収し、スキルを取得すればそれ以上の効果を発揮するほどの仕上がりとなったのだ。

 足の動きで、次の手が読まれている。

 練習台になり、共に戦ってきた時間の長い舞姫メーアは、その事実にすぐ気づいた。だからこそ、不死伯爵カードル伯と役どころを交替し、翻弄させる側に回ったのである。

 舞姫の嘆きに、不死伯爵は口元を歪ませた。


「味方であればこれほど心強いこともなかったのだがな」

「ちょっとお父さんの言うこと聞きすぎなだけだって。――コラ、オルトゥス! いい加減にしなよ!」


 メーアは、鎌の刃を双剣で受けた。

 不死伯爵は、鎖部分をステッキにからめ、引き寄せる。


 武器によって動きを封じられ、オルトゥスはそれでも表情を動かさなかった。

 その膂力によって、メーアは双剣側へと押し込まれかけ、目をみはる。

 弓手は第二矢をつがえた。


 その時、床に、何かが散らばる音が響いた。できるだけ下からと当たらないように配慮されてはいたものの、幾つかは不死伯爵カードル伯の身体を打ったようで、彼は小さくうめきを上げた。

 アシュアの手から、聖なる術石が扉目掛けてばら撒かれたのだ。


「ごめんなさい、カードル伯!」

「いや」


 さすがに相手が不死伯爵ともなれば、アシュアも謝る。不死者アンデッドにとってはただ当たっただけではなく、激痛が走ったはずだからだ。感覚が遠いはずの彼がうめいたこと自体が、その予想を事実と伝えていた。


「――そうだな、今は武器を取り上げておくほうがよさそうだ」


 痛みによってそのやり方を思いつき――彼は思いっきり鎖を引いた。双剣側に触れていた作用点が、一気に力点側に向く。鎌は双剣から外され、逆にその勢いを利用すべく、不死伯爵へと振り上げられた。

 不死伯爵は、避けない。


 深々と、彼の肩口を鎌の刃が食い込んでいく。腕が落とされる前に、その華奢に見える腕を、不死伯爵はステッキを消した反対側の手でにぎった。鎖だけが床に落ちる。そして、そのまま双子姫の片割れを抱き寄せる。胸元に抱え込んだ宝を、彼は離さなかった。


「オルトゥス……!」


 その名を呼ぶ。だが、やはりことばに対する反応はない。オルトゥスは胸元から何とか逃れようと、身じろぎしていた。そばへと、エスタトゥーアが駆け寄る。鎌の背に触れ、道具袋インベントリへと回収した。空洞となった傷口からあふれるものはない。それでも、彼のHPバーがそのダメージを物語っていた。


「すみません、カードル伯……!」


 エスタトゥーアは深い傷を見て謝罪した。そして手を伸ばし、不死伯爵に囚われたオルトゥスに呼びかけた。


「オルトゥス、わかりますか?

 ……まったく反応しませんね……」

「何か、動きを封じられるものを」

「このまま撃つとみんな巻き込むよ」

「普通の縄だと、すぐにひきちぎりそうですね」

「それよりほっとけば腕落ちるから! レンくん、聖属性除外ポーション!」

「変な感じだけど、まあそうだよね」


 何とか取り戻せた。

 本人の意思はさておき、とんでもない行動を止められたという安堵感が広がる。魔銀糸の網をどのようにして広げるか。いっそ、既に床へと落ちた網矢を用いてもらうか……そう考えていた時、弓手の地図マップ赤の光点エネミー・アイコンの移動が映し出された。光点アイコンの速さに、彼はその正体を察した。


網矢陣フィレ・フレッチャー!」


 再度放たれた網は、またもや軽やかに避けられた。

 そして、その小柄な人影は、自らの片割れを救い出すべく飛び上がり、鋭い蹴りを放つ。ポーションを振りかけられたばかりの不死伯爵カードル伯は、背に攻撃を受けて扉に叩きつけられた。その腕の中から、オルトゥスが抜け出す。


 ルーキスは方天画戟ガウェディガイスを振るう。深々と、扉の中央へとそれは食い込んだ。次いで、オルトゥスがその柄をにぎる。双子姫の両手が、方天画戟を更に押し込み――一気に引き抜いた。石が砕け、バラバラと落ちていく音が周囲に散らばる。

 ルーキスは方天画戟を腰に佩き、その穴へと手を突っ込んだ。同じように、オルトゥスも倣う。


 止める間はなかった。

 彼女たち自身を守るための力によって、祈りの封印は無惨にも物理的破壊を受け、破られたのである。


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