第312話 祈りなど、力でねじ伏せればいい


 冥術の発動により、双子姫の名がそれぞれ赤に染まる。

 その表示に、舞姫メーアは小さくかぶりを振った。エスタトゥーアの声にすらならない悲鳴が、通路に響く。

 母の嘆きに対して何の反応も示さず、武器を拾い、双子姫は立ち上がる。魔力光セヘル・フォスにグラスアイがきらめいたが、ただのガラス玉は表情いろを宿すことなく、己の主たるものの意思を汲むかのように、双子姫は武器をかまえている。

 そこへ、人形遣いを守るように不死伯爵アークエルドが、神官の前へと交易商シャンレンが割って入る。但し、不死伯爵の手ににぎられたものは魔剣ではなく、ステッキだった。双子姫を傷つけたくないという意思による選択に、エスタトゥーアもまた、取り落とした楽器を求め、視線をさまよわせる。冥術による束縛がどれほどのものかはわからないが、人形遣いとしてできることはある。



 前門の虎、後門の狼。

 不死王フォルティスへ向かえば双子姫が背後を突く状況に、弓手セルヴァは唇を噛んだ。しかも、双子姫を排除するわけにもいかない。何とかして足止めをし、術を解除する必要があるが……どう止めるかが問題だった。爆矢の閃光が室内を照らしたあと、不死王フォルティスとシリウスはアイコン上向き合ったまま動かない。

 紅蓮の魔術師は術杖を指先でなぞりつつ、墓室のほうへと顔を向けた。紅蓮の仮面の奥は見えなかったが、その動きが物語る。何を守るべきかではなく、何を倒すべきかを、彼は冷静に断じていた。


『手に入れたぜ』


 パーティーチャットを通じ、剣士は不敵に吉報を届けた。

 その瞬間、双子姫が動く。攻撃の予兆と防御を意識した時、その影はバラバラに駆け出した。ひとりは、墓室へ。もうひとりは――通路の、更に奥へ。

 目の前を、無言でひるがえる白と赤の神官服に。

 ユーナが叫んだ。


『シリウス、下がって――!』


 今、不死王と向き合っているのは彼だけだ。

 背後を意識させる注意は、間に合った。互いの武器が交錯したのか、鋭い金属音が耳を打つ。


 魔力光セヘル・フォスが動く。同時に盾士もまた墓室の入り口を陣取った。墓室の内部を目にし、かまえた盾越しに彼は息を呑む。かつて、不死王ソレアードの墓室にあった石棺は一つだけだった。しかし、この墓室には最奥に一つ、左右に分かれて三つ並んでいる。そのうちの最奥と、右手の二つの蓋が――開いていた。それによって先ほどの小さな食屍鬼グールが、かつての双子姫の本体であると気づいたのである。

 石棺の手前に、不死王フォルティスは立っていた。背中を向ける形で、シリウスがルーキスと刃を合わせている。


「こちらはかまわぬ。ふたりで迎えにいくがよい」


 おだやかで優しげな声音は、以前会った時と何も変わらなかった。ただ、その頭上にある名は双子姫同様、緑であったまなざしすらも今は虚ろになっている。

 不死王フォルティスのことばに、方天画戟ガウェディガイスが引く。剣士を認識していただけの視線も外され、ルーキスは身をひるがえした。


 ――誰を迎えにいくって?


 盾士は扉をくぐろうとするルーキスを抑えるべく、盾の裏の術式マギア・ラティオを撫でた。それはもう理屈ではなかった。行かせてはならないという胸騒ぎが、彼に術句を紡がせる。


風の防壁ヴェント・ジタール!」


 それに対するルーキスの行動は単純シンプルだった。

 父王の命を実行しようとする自分の行動を阻害する者……邪魔者を排除する。

 母譲りの大鎌を振るう動きが、方天画戟ガウェディガイスと形を変え、その膂力でもって死の一撃をもたらすべく振るわれる。


「受けるんじゃねえ!」


 そこへ、綺麗な足払いが入った。

 黄金の狩人フィニア・フィニス盾士を蹴飛ばしたのである。まさかの背後からの攻撃愛情に、セルウスの胸は高鳴った。正面から襲い掛かるはずだった刃は風の防御を受けて速度を落としたものの、傾きかかった大盾の端を斬り飛ばす。その後ろにいたはずの持ち主は、大盾の重みを受けながら床に転がった。

 その一瞬で、ルーキスは大盾を踏みつけ、向きを変え、通路の奥へと走り出す。

 見過ごされた、と小さく紅蓮の魔術師は安堵した。その身体は、墓室の手前の壁に貼りつくように立っている。どうやら本来の双子姫とは異なり、能力に制限が加わっているようだ。


「やはり、まだ心のすべてを闇に染めたようには思えぬ……」


 白幻イリディセンシアにより認識阻害をかけていた不死鳥幼生アデライールもまた、同じ印象を抱いたようだ。地狼によって通路の壁に押さえつけられる形になっているユーナは、その背から身を乗り出すようにして通路の奥を見ようとした。しかし、地狼がもたれるようにユーナに圧し掛かり、あきらめる。そして、となりに立ち、来た側の通路を警戒する骸骨執事へとたずねた。


眷属の呪縛カタラ・シンニエスって、前にアークエルドが使ってましたよね?」

「はい。わたくしの場合は望んで受け入れましたから、特に自我が失われるということもありませんが……本来は、不死者アンデッドと化した魔物を下僕とし、思うがままに操る冥術です」


 骸骨執事アズムともちがう、ぎこちなさ。それを感じた理由がわかった。


「まだ、何とかなりますよね?」

「――」


 すがるように重ねられた問いかけに、肯定は返されなかった。虚ろのまなざしはどう返事すべきかと悩んでいるようにも見え、ユーナはしまったと表情をこわばらせた。不死王の呪縛から逃れる方法など見出せない、スキルすら使えない自分が、誰に、何を期待しているのか。


「ったりまえだろ! 何とかすんだよ!」


 自分の上に覆いかぶさっていた盾士セルウスを蹴りながら、黄金の狩人フィニア・フィニスが怒鳴る。その威勢の良さに、紅蓮の魔術師の口元がゆるんだ。


「その必要はない」


 淡々と、まるで命じるようにその声は響いた。

 魔力光の中、シリウスの向こうで不死王フォルティスは語る。


「そなたたちは望むものを得た。我もまた、ありし日の形を望んだ。互いに求めるものを手に入れたのであれば、問題なかろう。地上に戻るがいい」


 不死王フォルティスはあごをしゃくった。その動作に、剣を不死王に向けたまま、シリウスが片手を振る。無造作に投げられた先は墓室の扉近くで、盾士の足元だった。フィニア・フィニスがそれを拾い、更にユーナのほうへと投げる。小さなきらめきは、地狼の背中に落ちた。ユーナはマルドギールを腰に戻し、毛並みの中を両手でさすり、拾い上げる。


 赤い宝玉のついた、指輪。

 ユーナはそれを不死鳥幼生へと差し出した。

 アデライールは大きく金の瞳を見開き、息を呑む。小さな指先につままれた指輪は、かなり大きく見えた。


「――確かに、不死鳥フェニーチェの宝珠じゃ」


 そのまま、拳の中へと落とし込む。

 そして、金のまなざしは不死王フォルティスをにらんだ。


「じゃがの、あの娘たちと引き換えにするつもりはないぞ」

「――逃げるのであれば、急ぐといい。姫を追えば、あの者らとてただでは済むまい」


 付け加えられたことばの意味に、紅蓮の魔術師は術杖を向けた。その指先が、杖を撫でる。


「ふざけるな。家族団らんがしたければ、おまえたちだけでしろ」

「……もはや、我にも猶予はないのだ」


 失われた腕の見下ろし、不死王フォルティスはつぶやいた。

 練り上げられていく術式に、その炎の気配に。

 紅蓮の魔術師の本気を悟り、不死鳥幼生がうめく。


「魔術師殿、それは――」

「術者が死ねば、問題ない」


 そして、巨大な炎の球が、宙を舞う。






「待ちなさい、オルトゥス!」


 エスタトゥーアの呼び声にも、まったく反応を示さず。

 双子姫の片割れはひたすら走った。

 打ち上げられた星明かりの加護は、彼女の真上を飛んでいる。見失うことはない。


 だが、追いかけっこはそう長くなかった。

 となりの墓室の扉の前で、オルトゥスは立ち止まったのである。そして、腰に鎖鎌クラモアを戻し、彼女はその両手を扉の端に突っ込んだ。


「何、してるの?」


 呆然と、アシュアが問う。答えはない。

 そんなものがなくとも、見てわかるだろうと……その背が物語るようだった。


 じわり、と扉が動く。

 安らかなる眠りを願った扉は、神術によって封じられている。手動では開かない。

 そう知っていても、彼女が望む結果の恐ろしさに、アシュアは叫んだ。


「ダメよ――止めて!」

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