第312話 祈りなど、力でねじ伏せればいい
冥術の発動により、双子姫の名がそれぞれ赤に染まる。
その表示に、
母の嘆きに対して何の反応も示さず、武器を拾い、双子姫は立ち上がる。
そこへ、人形遣いを守るように
前門の虎、後門の狼。
不死王フォルティスへ向かえば双子姫が背後を突く状況に、
紅蓮の魔術師は術杖を指先でなぞりつつ、墓室のほうへと顔を向けた。紅蓮の仮面の奥は見えなかったが、その動きが物語る。何を守るべきかではなく、何を倒すべきかを、彼は冷静に断じていた。
『手に入れたぜ』
パーティーチャットを通じ、剣士は不敵に吉報を届けた。
その瞬間、双子姫が動く。攻撃の予兆と防御を意識した時、その影はバラバラに駆け出した。ひとりは、墓室へ。もうひとりは――通路の、更に奥へ。
目の前を、無言でひるがえる白と赤の神官服に。
ユーナが叫んだ。
『シリウス、下がって――!』
今、不死王と向き合っているのは彼だけだ。
背後を意識させる注意は、間に合った。互いの武器が交錯したのか、鋭い金属音が耳を打つ。
石棺の手前に、不死王フォルティスは立っていた。背中を向ける形で、シリウスがルーキスと刃を合わせている。
「こちらはかまわぬ。ふたりで迎えにいくがよい」
おだやかで優しげな声音は、以前会った時と何も変わらなかった。ただ、その頭上にある名は双子姫同様、緑であったまなざしすらも今は虚ろになっている。
不死王フォルティスのことばに、
――誰を迎えにいくって?
盾士は扉をくぐろうとするルーキスを抑えるべく、盾の裏の
「
それに対するルーキスの行動は
父王の命を実行しようとする自分の行動を阻害する者……邪魔者を排除する。
母譲りの大鎌を振るう動きが、
「受けるんじゃねえ!」
そこへ、綺麗な足払いが入った。
その一瞬で、ルーキスは大盾を踏みつけ、向きを変え、通路の奥へと走り出す。
見過ごされた、と小さく紅蓮の魔術師は安堵した。その身体は、墓室の手前の壁に貼りつくように立っている。どうやら本来の双子姫とは異なり、能力に制限が加わっているようだ。
「やはり、まだ心のすべてを闇に染めたようには思えぬ……」
「
「はい。わたくしの場合は望んで受け入れましたから、特に自我が失われるということもありませんが……本来は、
「まだ、何とかなりますよね?」
「――」
すがるように重ねられた問いかけに、肯定は返されなかった。虚ろのまなざしはどう返事すべきかと悩んでいるようにも見え、ユーナはしまったと表情をこわばらせた。不死王の呪縛から逃れる方法など見出せない、スキルすら使えない自分が、誰に、何を期待しているのか。
「ったりまえだろ! 何とかすんだよ!」
自分の上に覆いかぶさっていた
「その必要はない」
淡々と、まるで命じるようにその声は響いた。
魔力光の中、シリウスの向こうで不死王フォルティスは語る。
「そなたたちは望むものを得た。我もまた、ありし日の形を望んだ。互いに求めるものを手に入れたのであれば、問題なかろう。地上に戻るがいい」
不死王フォルティスはあごをしゃくった。その動作に、剣を不死王に向けたまま、シリウスが片手を振る。無造作に投げられた先は墓室の扉近くで、盾士の足元だった。フィニア・フィニスがそれを拾い、更にユーナのほうへと投げる。小さなきらめきは、地狼の背中に落ちた。ユーナはマルドギールを腰に戻し、毛並みの中を両手でさすり、拾い上げる。
赤い宝玉のついた、指輪。
ユーナはそれを不死鳥幼生へと差し出した。
アデライールは大きく金の瞳を見開き、息を呑む。小さな指先につままれた指輪は、かなり大きく見えた。
「――確かに、
そのまま、拳の中へと落とし込む。
そして、金のまなざしは不死王フォルティスをにらんだ。
「じゃがの、あの娘たちと引き換えにするつもりはないぞ」
「――逃げるのであれば、急ぐといい。姫を追えば、あの者らとてただでは済むまい」
付け加えられたことばの意味に、紅蓮の魔術師は術杖を向けた。その指先が、杖を撫でる。
「ふざけるな。家族団らんがしたければ、おまえたちだけでしろ」
「……もはや、我にも猶予はないのだ」
失われた腕の見下ろし、不死王フォルティスはつぶやいた。
練り上げられていく術式に、その炎の気配に。
紅蓮の魔術師の本気を悟り、不死鳥幼生がうめく。
「魔術師殿、それは――」
「術者が死ねば、問題ない」
そして、巨大な炎の球が、宙を舞う。
「待ちなさい、オルトゥス!」
エスタトゥーアの呼び声にも、まったく反応を示さず。
双子姫の片割れはひたすら走った。
打ち上げられた星明かりの加護は、彼女の真上を飛んでいる。見失うことはない。
だが、追いかけっこはそう長くなかった。
となりの墓室の扉の前で、オルトゥスは立ち止まったのである。そして、腰に
「何、してるの?」
呆然と、アシュアが問う。答えはない。
そんなものがなくとも、見てわかるだろうと……その背が物語るようだった。
じわり、と扉が動く。
安らかなる眠りを願った扉は、神術によって封じられている。手動では開かない。
そう知っていても、彼女が望む結果の恐ろしさに、アシュアは叫んだ。
「ダメよ――止めて!」
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