第325話 二つの命を一つにして
紫光がゆっくりとうすれていくと同時に、ひとつとなった身体はくずおれた。
手も足も、背丈すらも、すべてが本来のユーナよりも小さく、軽い。朱金の髪が、腕の中から零れていく。抱いた背にはやわらかな翼の感触があるが、今は畳まれていた。うすい紗のような衣でできた緋色の衣装はアデライールがまとうものと同じだが、幼女とは異なり胸元には穏やかな起伏があり、その真下の切り返しからすとんと生地が落ちて足元に広がっている。小柄な全身は不死鳥幼生と同じく発光していて、闇の中でも目立っていた。
うっすらと開いた瞳は、紫と金が混ざったけぶるような色合いをしていた。年若くなった主の面立ちは、アデライールのものとも重なる。
「――主殿?」
アークエルドの呼びかけに、ひきつった呼吸が返された。
苦痛に喘ぐさまに、アークエルドは剣を腰に戻し、両腕で彼女を抱き上げる。
デス・ペナルティ中ではあるが、ステータスはふたりのものが合わさり、HPバーもまた増えている。だが、「死に逝く呪い」は変わらない。赤に染まりかかっていたHPは一気に緑にまで回復していたが、早々と黄緑にまで色合いを移そうとしていた。
その前に、地狼が立ち塞がる。
【乗せて】
「この状態でか!?」
【ユーナならだいじょうぶ。落とさない】
意識があるのなら、従騎スキルで駆け抜けられる。
地狼は鼻先を墓室のほうへと振り、不死伯爵をうながした。
【頼む】
死霊と化した不死王フォルティスと不死王妃、それを外へ出すまいと戦いを挑む不死王ソレアード。繰り出される衝撃波同士がぶつかり合い、その爆破音は外にまで響いている。墓室内での戦いへと視線を向け、アークエルドはうなずく。その背に少女を預けると、地狼は駆け出した。
そして、彼は今一度、魔剣ローレアニムスを引き抜く。
「
冥術陣により、骸骨執事が喚び戻される。己の主の要望に応えるべく、彼は優雅に一礼した。
「行け」
「かしこまりました」
そのひとことを最後に、アズムもまた走り出す。背にある主を落とさないために、急ぎながらも速度を上げ損ねていた地狼に、骸骨執事はすぐ追いついた。並走する彼にもしもの時の対応を任せることにし、一気に地狼はスピードを上げる。
迷わず進む彼らの姿と、少女の帯びた光が遠ざかる。淀みが胸の中へと溜まっていくのを感じながら、不死伯爵は墓室へと身をひるがえした。
死霊と化した不死王と不死王妃は、交互に己の息子へと攻勢を仕掛けていた。不死王妃の指先が、衝撃波を生む。回避を選べば、銀色のきらめきがソレアードに迫る。実体がない刃は本来剣戟を生まない。しかし、対する者もまた不死王ソレアードである。死霊となった不死王の剣と、彼は槍の穂先を合わせ、弾いていた。
身体を失った不死王と不死王妃は、往年の姿を取り戻している。まだ騎士見習いであったころに垣間見た姿を思い出しながら、不死伯爵は剣を振るう。
「――裏切り者」
耳を打った不死王妃の声音に、不死伯爵は己の心の空隙を突きつけられた。
宙に浮き、容易に刃を交わした彼女はゆるりとその手を上げ、やわらかく不死王フォルティスへと向ける。
「陛下は寛大な御方です。さあ、己の真の主へ、跪きなさい。カードル伯、その称号を与えた者は誰か、おぼえているでしょう?」
聡明な王妃だった。侯爵家から嫁いだ彼女は、王妃となるべく生を受け、王妃となるべく育った者だと言っても過言ではない。ゆえに、その生と同じものを己の息子に求めた。
だが、長らく子ができず、幾度も王へ側室を勧めたという話も聞いたことがある。すべては王子の守役となったあとで知り得たことで、王子の耳には入れたことはない。ただ、実際にフォルティス王は王妃に子ができるまで側室を拒み、彼女が崩御するまで誰も迎えなかった。
王と王妃の心境を、カードル伯は推察することしかできない。そして、それを生涯口外することはなかった。しかし、さきほどの双子姫の存在を知った王妃のようすに、今はその建前と本音の存在がわかり、彼女が理想の王妃であったのは本人の多大なる努力と理性によるものだったと知ることができた。そこに狂おしいほどの王への愛情があったと、わかった。
不死伯爵は、その気持ちがわかる気がした。
だからこそ敬愛をこめて、彼は剣を引き、礼をする。
「おぼえております、妃殿下。ですから今、我が剣をかつて捧げた方とともに、こうして戦えることを誇りに思います」
不死王ソレアードは、
「もう返したがな。
剣よりも
魔剣ローレアニムス。
不死伯爵自身すらも屠ろうとした過去を受け止め、不死王ソレアードはなおも前を向く。
「死者同士、仲良く泉下へ行くか」
「御免被ります。まだ未練がありますので」
「ちがいない」
クッと短く嗤う。
「――墓守は、ひとりで良い」
不死王ソレアードはそう言い捨てる。母たる不死王妃は叫んだ。その叫びがそのまま見えない衝撃波を生む。
「王となるべきあなたが、何を言うのです……!」
「褒めて下さい、母上」
「もうなりました」
恐るべき一閃に、
その死角から、剣風が舞う。一歩下がり、彼はとっさに剣を払った。衝撃刃の一部を防ぎ、残りをその身体へと受ける。うめくアークエルドへと不死王フォルティスは追撃を掛ける。本体たる剣の刃を、己の剣でアークエルドは受け止めた。
「アークエルドよ」
そのささやきに、大きく目を見開く。
「――下がれ。そして、
不死王フォルティスの表情は動かなかった。不死王妃と異なる彼の在りように、押し込まれる剣の強さに、アークエルドは迷う。
そこへ、不死王妃の衝撃波が襲う。不死王フォルティスを巻き込む形で放たれたそれにより、合わさっていた剣がずれた。ローレアニムスの刃が不死王フォルティスの胸元を貫く。
光が、砕けた。
目の前で失われた夫の姿に、不死王妃は絶叫を上げた。
道中の
そのさなか、地狼は、三つの青い光点が
近づく速度は、今の彼に引けを取らない。闇の中でもまっすぐ走ることができる存在は、彼女たちを置いて他になかった。
「――ユーナ!」
「アシュア、ユーナです!」
オルトゥスは両腕に青の神官を抱き、ルーキスが
ただ揺られるままになっていたアシュアは顔を上げ、浮かび上がる朱金の色合いを見つけて安堵する。HPバーは黄色から徐々に橙へと変わっているが――間に合った。
地狼もまた、自身の背へと向かって声を掛けた。
【ユーナ】
声に反応し、毛並みをつかむ小さな手がふるえる。合流はすぐだった。骸骨執事は少女を抱き上げ、青の神官へと見せるように身体を傾けた。その変貌した容姿に彼女は目をみはり、しかし余計なことを口にするほどの余裕さえ、今はなかった。
「オルトゥス、ユーナちゃんを抱っこして。アズムさんだと巻き込んじゃうわ」
「そうですね」
素直に彼はオルトゥスへと少女を引き渡し、光の届かない位置まで下がる。赤い光点が周囲に沸かないかを見張るべく、気をめぐらせた。
アシュアは白銀の法杖を翳し、少女の容態を探る。次いでオルトゥスの足元へと、聖属性の術石をばら撒いた。オルトゥスのそばに寄る地狼を、ぱたぱたと手を振ることで下がらせる。
「すぐだから、我慢して。よかったわ、いつもので何とかなりそう。これホント、神官必須クエね……」
白銀の法杖が光を宿す。
そして神へ捧げる祈りを、アシュアは口にした。
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