第324話 死に逝くもの

 白炎ブランカは白の檻を焼き尽くしていた。その範囲に含まれていた石棺や床面などは形を残しているが、姿

 不死者アンデッドと化した者であり、かつ、本人から乞われたとはいえ、かつての主の血筋を手に掛けた事実が胸を苛む。

 しかし、すべてが失われたわけではなかった。不死王ソレアードもまた白炎ブランカに呑まれたように見えたが、その身体はしっかりと残されていたのである。

 不死鳥幼生アデライールはその身体の上へと、舞い降りる。

 豪奢な刺繍の入った衣装はそのままに、身体全体が日焼けをしたようにうっすらと発熱していた。その金色の髪もやわらかなままで、失われてはいない。アデライールは白炎ブランカの制御が成功したのだと、心から安堵した。不死鳥フェニーチェの宝珠のおかげだと、自らの足首に嵌まった黄金の輪を鳴らしつつ、彼女はその嘴でソレアードの目覚めをうながした。


 白の炎の壁で築かれた檻は、白幻イリディセンシアによるものだった。

 ユーナに白炎ブランカ白幻イリディセンシアについて深く語ったことはなかったのだが、彼女は始まりの町アンファングでの火柱のことをおぼえていた。

 白幻の炎と、白炎では、パッと見、見分けられない。そして、白炎と異なり、白幻であれば個別に効果の発動を指定できる。その特性を生かした提案は不死者アンデッドを怯えさせることに成功したが……やはり、不死王妃ノーライフ・クイーンを留めることまではできなかった。


 狂った王妃が正気に返り、不死王ソレアードを白の檻から守る。

 もしくは、逃れるために不死王ソレアードを白の檻から弾き飛ばす。


 どちらにせよ、白の檻から彼は逃れることとなる。

 白の檻を完成させたあと、彼らがどのような動きを取るかで未来は変わる。

 結局最後は行き当たりばったりになっちゃうけどね、というユーナの指示を受けながら、それでもアデライールはうなずいていた。

 あとは、どれほど白の檻へ閉じ込められるかが鍵だった。


 不死王ソレアードへ伸ばした不死王妃の手は、彼を想ってのものだと。

 そうであればいいと思いながら、闇の中ではただ色を濃くしたようにしか見えない肌を突っつく。


 すると、腕が持ち上がった。

 うっすらと開いたまなざしは闇に浮き上がる赤で、彼の無事を告げる。アデライールは啄むのをやめ、短く鳴いた。


 その時、己の名を呼ぶ主の声が響いた。

 全身を凍りそうなほどの寒気が襲う。

 意識が遠のく。

 朱金の身体から生気が完全に失われるより早く、ソレアードは彼女を腕に抱き、その場を離れた。


「おばばさま――!?」


 鳴き声さえ発することができない。

 HPバーは一気に橙へと色を変え、状態異常には「死に逝く呪い」と刻まれていた。




「来たれ我が同胞アークエルド、従魔召喚プロスクリスィ!」


 闇の中、誓句が放たれる。召喚陣が浮かび上がり、黒い靄が出現した。

 影に封じられる形になっていた不死伯爵アークエルドが、召喚によって形を成す。

 外のようすは察していたのか、彼はユーナのほうを見ることなく駆け出した。その手に魔剣ローレアニムスを抜き放ち、不死王ソレアードの前方を一閃する。

 悲鳴が上がる。

 ユーナには何も見えない。しかし、彼女以外の者の眼にはしっかりと映っていた。

 蘇った二つの赤の光点が、互いに寄り添うようにその場から離れる。


「そうか、我が妹たちもまた、死霊シャッサメインに憑りつかれていたな」


 闇に透ける、宙に浮いた身体。

 生前の、貫禄溢れる父王と、美しい母の面影そのままの姿に、ソレアードは目を細めた。不死伯爵アークエルドが薙ぎ払った部分が、うすく光の線を描くように傷ついている。

 ソレアードの声は、墓室に響いた。それを上書きするように、不死王妃の悲鳴交じりの声が重なる。先ほどと異なり、黒のドレスに身を包んだ不死王妃は、妖艶なまでの容貌でありながら苦痛に顔を歪めていた。


「いいえ、いいえ! わたくしは、ちがう!

 この心こそがすべて……解き放たれた魂は尊き方とともに、泉下へ逝くのです。死霊シャッサメインなどという、呪われたものではありません――!」

「おお、不死鳥フェニーチェの聖なる炎であれども、眠りにたどりつかぬとは……」


 続いた不死王フォルティスの嘆きに、小さく不死鳥幼生アデライールが身じろぐ。


「動くな! ヴァルハイト、早く連れて行け!」

「――御意」


 ソレアードは怒鳴った。その橙の色合いが、徐々に濃さを増していく。

 差し出された小さな身体を受け取り、その場を入れ替わるように不死伯爵は下がる。手の空いたソレアードは、足元に転がった三叉槍トゥリデンティの石突近くを踏み、跳ね上がった槍の柄をつかんだ。軽く右手を添え、かまえる。


「父上、母上、どうかお眠り下さい。及ばずながらこの不肖の息子が墓守を務めましょう」


 しかし、その真摯なることばは、身体という軛を失った両親には届いていなかった。





 アークエルドに抱きかかえられた小さな朱金を受け取り、ユーナはまず命の丸薬ピルラを使おうとした。しかし、かつて自身も見たのと似たようなエラーメッセージが流れた。


『――現在、死に逝く呪いを受けているため、回復アイテムの効果は無効となります。使用しますか?』


 エラー音とともに、アナウンスが聞こえる。同時に、ユーナはパーティーチャットで彼女を呼んだ。


『アシュアさん!』

『――ユーナちゃん、だいじょうぶよ。今戻るから……』

『いえ。そこで、待っていて下さい!』

『でも、それだと……!』


 踏破してきた道のりであれば、地図は表示される。青い光点のひとつは既に階段近くにあった。もともと逃げるつもりだったのだ。墓室内の熱による消毒は済ませた。遺骸はすべて失われている。なら。

 だが、アシュアの悲痛な声に一瞬迷った。従魔回復シムレース・コンソラトゥールがあってなお、徐々に赤へと近づく不死鳥幼生アデライールのHPバー。このまま移動で――間に合うのかと。

 朱金の身体は、闇の中でもそのきらめきを失わない。白炎を体現した幻獣は、うっすらを朱金の光をまとっていた。

 そのユーナの視界に、一際強い色合いが映る。


『だいじょうぶです、間に合わせます』


 ユーナは不死鳥幼生の足から、不死鳥の宝珠の指輪を抜き取る。

 びくりと朱金の身体がふるえた。


「――いいよね?」

「キゥ……」

【主よ、それは……】

「ずっといっしょだよ」


 か細く鳴く不死鳥幼生を撫でる。その、やわらかで、今はかなり熱を持った朱金の生き物は……ただ身をふるわせた。

 共鳴で、その心が伝わる。哀しみも、喜びも。

 ユーナはその身体を抱いたまま、水霊の指輪とは逆の手に、不死鳥の宝珠の指輪を嵌めた。別れを告げるようにそっと口づけると、それは砕け散る。

 そして、心に刻まれた誓句を舌に乗せた。


融合召喚の誓約ウィンクルム・ユーラティオ


 契約陣が開く。

 紫色の光の柱が、ふたりを包んだ。

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