第323話 白の檻

 白い炎が上がる。

 不死王と不死王妃を分断するかのように打ち上がった炎の壁。そのまぶしさによって、互いの姿を見出すことすらもできなくなった。不死王妃はおどろきと怒りに身をふるわせ、その隙に不死王ソレアードは母へと両手を広げ、抱きしめる。

 しゃれこうべが息子を見る。その虚ろには何も映されず、ソレアード自身を本当に見ているのかすらもわからない。それでも、二度と会えないと思っていた母の存在に、彼は幼子のように口を開いた。


「――母上、どうか……」


 五つという年齢は、王子という立場を理解するにはじゅうぶん過ぎた。

 「王となるもの」として、学問はもちろん、遊びですらすべて玉座に続く。玩具の剣を振るい、木馬を倒す。庭石や草木を魔物に見立て戦う自分を、大きなおなかをした母は微笑みながら東屋から見守ってくれた。

 遺された肖像画からしか、その姿を思い出すことはできなかった。

 美しいひとだったと思う。そして、厳しいひとだった。

 誰よりも「王となるのですから」ということばを繰り返し、自身に言い聞かせていたのをおぼえている。


 まるで檻を築くように、一枚、また一枚と壁が立つ。

 その光に照らされながら、ソレアードは闇の淵をのぞき込んだ。だが、虚ろにはやはり何も見出せず、また、母はひたすらソレアードの両腕から逃れるべく、足掻いていた。骸骨ゆえに細い体は、捕まえてしまえば容易に動きを封じられる。

 母と子の、ふたりきりの時間を……しかし、不死王妃は少しも望んでいなかった。


「放しなさい、ソレアード! 陛下をおひとりにするなど……っ」

「いえ、おひとりではありません、母上」


 妹姫が彼の墓室の扉を打ち破ったことにより、これから先、幾度滅ぼされようとも彼は自分で墓室から出ることができる。そして、神官が立ち去った今、この父王の墓室の扉もまた、閉ざす者はいない。


 ――これからは、皆一緒です。


 せつなげに洩らしたことばに、一瞬、抗っていた力が抜けた。




 不死鳥幼生アデライールの力により、白い炎の壁が築かれていく。

 一方、不死伯爵アークエルドと不死王フォルティスは互いに剣を合わせ、その壁から遠ざかるように動いていた。

 例え不死王と言えども、不死王ソレアードと異なり、不死王フォルティスは生前に老年を迎えている。かつてはそれなりに使えた剣であろうが、衝撃刃との合わせがなければ、近接戦闘で不死伯爵アークエルドには及ばない。

 だが、ユーナにはわかっていた。

 不死王フォルティスはすべての力を揮ってはいない。


 不死王妃を囲う、白の檻が完成する。

 不死王ソレアードのおかげだろう。その檻から飛び出す者は、未だなかった。


【――ユーナ】

「うん」


 地狼の呼びかけにユーナはうなずく。

 マルドギールをにぎったまま、背に飛び乗る。地狼のグレーダウンされているHPが完全回復するまでは、できれば従騎は避けたかったが……支援もない今、悠長に動いている場合ではない。ただでさえユーナ自身のステータスは高くない。しかも、未だにデス・ペナルティのさなかだ。ユーナが地狼に乗れば、ユーナ自身が走るよりは速くなる。


 不死王妃を見つめていて、気づいた。

 その姿と名からも想像ができるように、不死王に匹敵する権能は有しているようだが、今のところ衝撃波とその膂力しか直接的な攻撃手段がない。

 当たらなければ怖くないことがわかれば、不死王ソレアードにも任せやすかった。衝撃波を分断できるほどの槍技を持つソレアードならば、近寄れば不死王妃の動きを封じられる。そのためには、ソレアードに不死王妃の意識を集中させなければいい――。

 そしてもう一点。

 不死王妃のHPは、明らかに不死王に劣る。ダメージを浴びせていないので、回復手段の有無はわからない。ただ、骸骨なので骸骨執事アズム同様、闇となり相手にまとわりつくことはできないのではないかと想像していた。闇の衝撃波による回復の可能性もあったが、彼女の手に魔剣ローレアニムスはない。あれだけソレアード王が強かったのは、やはり本人の才能ではないかと思う。

 既に、不死王フォルティスにはあるていどのダメージが入っているはずだ。

 ユーナは、アルタクスの背をにぎる手に、力を込めた。


 骸骨執事が、銀盆を放つ。響き渡る剣戟を、それが分断した。第三者の介入により、双方が下がる。

 が。

 不死鳥幼生が白い炎の壁を、不死王フォルティスの背後に築く。熱波が不死王フォルティスを炙った。感覚が遠いはずの彼であれ気づくほどのものだ。不死王フォルティスは下がるのをやめ、片手に持った剣を正面にかまえたまま、ちらりと虚ろのまなざしを背後に向けた。その瞬間、気づく。

 不死王妃と不死王ソレアードを取り囲む、白の檻。


【――動くでないぞ、フォルティス王】


 そして扉を閉じるように、不死伯爵との間へ新たなる壁を築く不死鳥幼生の『声』を聞きながら、地狼はアークエルドのとなりで踵を返す。

 白い炎の壁によって、魔力光セヘル・フォスよりもなお濃い影がそこに生まれていた。骸骨執事アズムが、不死伯爵アークエルドの姿が、ともに影へと消える。そのまま、墓室の外へ向かって、地狼は駆け出した。その背を追うように、不死鳥幼生は飛ぶ。



「何という――おどきなさい……っ!」


 不死王フォルティスもまた、閉じ込められたと。

 不死王妃は虚ろのまなざしでも光の向こうを感じ取ったのか、力の抜けた体のまま、膝を落とした。骨でしかない身体は細く、するりとソレアードの束縛から逃れてしまう。自由を得た両腕を、彼女は突き飛ばすように動かした。

 不死王ソレアードの身体が、白い炎の壁へと激突する――かのように思われた。

 しかし、触れれば灼き尽くすのではと思われるほどの熱波を放つ壁は、ソレアードの身体を素通りさせた。墓室の壁へと不死王ソレアードはその身体を叩きつけられ、短く呻いた。


「ソレアード……! 妃よ!」


 不死王フォルティスもまた、檻の中から彼の姿をとらえていた。


 地狼がユーナとともに、扉を抜ける。

 不死鳥幼生アデライールは扉の手前で旋回し、己の築いた檻へと視線を向けた。檻の外へ飛び出したソレアードを追うように、不死王妃の腕が白い炎の壁から突き出ていた。

 但し、不死王ソレアードと異なり、その腕は不死鳥幼生の白幻イリディセンシアの炎によって熱を受け、真新しかった白のドレスの袖は焼け落ち、腕の骨格のみとなっている。それは動きを止めることなく、徐々にその全貌を現そうとしていた。


「アデラ!」

「――キゥ!」


 扉からわずかに離れたあたりで、地狼が足を止める。己の主の声に、アデライールは応えた。

 その羽ばたきが、白炎ブランカを生む。

 不死鳥の炎が、墓室へと流れ込む。

 白い炎の壁よりも、なお白き閃光。

 白炎ブランカは朱金の鳥の向こう側に展開されている。しかし、ユーナが見つめる不死鳥幼生の姿は、あまりの熱に陽炎のように揺らいでいた。


 それはカーテンを引くかのように、一瞬で消えていく。白幻イリディセンシアの檻ごと融かして。

 不死鳥幼生は、まっすぐに不死王ソレアードのもとへ飛んだ。


「――よかった……」


 魔力光セヘル・フォスすらも掻き消して、白炎ブランカは突き進んだのだろう。ユーナの周囲は闇に包まれていた。それでも、地図マップに表示された緑の光点が、不死王ソレアードの存在を伝えている。

 くたり、と地狼の背に伏せる。あやすように、その身体が軽く揺らされた。

 そして、声が響く。


【アデライールの炎でも、あの石棺は燃えないのか……】


 地狼の双眸は、闇の向こうを見通していた。

 ユーナもまた、ごわごわする毛並みから顔を上げて目を凝らす。まだ闇に慣れず、何も見えない。


「とりあえず、墓室が消毒されちゃえばいいとは思うんだけど……って、あれ? アルタクス?」

【ん?】


 濡れた感触が、頭に近づく。地狼の鼻先だ。

 呆然と、ユーナは視界の端に並ぶアイコンを見た。スキルアイコンが、生き返っている――!


【痛……ちょっ、と、そんなに……ああ、まさか、気づいてなかった?

 さっきからちゃんと話せてたじゃないか。あいかわらず鈍いな、ユーナは】


 ただひたすら抱きしめる……というより、締め上げてくる己の主へ、地狼はいつもと同じように話していた。だが、ユーナにとってそれは聞きたくて聞きたくて仕方がなかったもので……それこそ、ことばにできないほどの感情で以て、彼女は両手に力をこめていた。


「――何か、話して……」

【ああ、うん。まだいるから、あのふたりも】


 涙声のおねだりに、地狼は無情な事実を告げる。

 ユーナは抱きしめていた腕を離し、地狼によって飛ばされてきた地図マップを見た。そこには、緑だけではなく、赤の光点が二つ残っていた。


「アデラ、戻って――っ」


 不死王ソレアードの身体を嘴で突っついていたアデライールは、その叫びに応えられなかった。


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