第十章 聖女のクロスオーバー

第210話 結盟


 バージョンアップ以前は、フレンド、もしくはパーティーという二種類の枠組みによって、旅行者プレイヤーはそれぞれコミュニケーションを行なってきた。フレンドチャットは一対一、メールのように文章を送ったり、お互いが集落内にいれば電話のように話すこともできる。一方で、パーティーチャットはパーティーに所属している者同士であり、かつ同じフィールド内に存在していればコミュニケーションを取ることができるという代物だ。

 そして、今回のバージョンアップにより、結盟クランシステムが実装された。それは、結盟晶クラン・クリスタルを用いて構築できる、現時点の幻界ヴェルト・ラーイにおけるプレイヤー集団の最大単位となる。

 結盟クランをどのように活用するかは、当然、プレイヤーにすべて委ねられている。志を同じくする者を集めるもよし、強さを求めるもよし、心の拠り所として名を連ねるだけでもよし……これは幻界ヴェルト・ラーイのみならず、各種MMOにおいてもギルド・チーム・クランなど、さまざまな名称において作られてきたコミュニティの形態なのである。


 ユーナもまた、かつて他のMMORPGで遊んでいたころにはギルドに所属していた。というよりも、今も所属したままである。最近はまったくそのゲームにログインしていないが、除名はされていないはずだ。加入した時のポイントは、ギルドチャットが活発であることとか、そこそこエンドユーザーがいることだったような気がする。やはり、コミュニケーションが取れない集団では意味がないし、同じレベル帯で一緒に戦えない仲間ばかりだと誘いにくかったりするためだ。


 幻界で、そのようなコミュニティに所属する可能性は、最初からユーナの念頭にあった。ただ、その時は集団に所属することが有利に働くからと考えていただけで……コミュニティに所属するより早く、これほどまでに、ひとと深く関わっていくことを想像していなかった気がする。

 結局、コミュニティとは枠だけではないのだ。

 そこに確かに、ひとがいて、ことばを交わして、ともに過ごしていくことで築かれていく何かがある。今回の結盟クランシステムによって、その枠がはっきりと形になるだけだと思う。それはとても、うれしいことだった。


 そして、彼女の視線の先で、今まさに、これからの居場所となる結盟クランが誕生しようとしていた。


 羊皮紙に描かれた一角獣の紋章の上で、結盟晶クラン・クリスタルがきらめいている。エスタトゥーアの白い繊手が、結盟晶クラン・クリスタルを包み込んだ。彼女は深紅の瞳を細め、口を開く。それは、詠うように紡がれた。


「これほど多くの友と、新たなる地で、新たなる我が家を得、ともに歩むことができることを心から感謝いたします。

 我が名はエスタトゥーア。

 今、ここに結盟晶クラン・クリスタルにより、絆を形へと証立てましょう。

 結盟結成ラディーツァ・クラン、その名は――一角獣アインホルン!」


 結盟晶クラン・クリスタルが閃光を放つ。羊皮紙から紋章が写し取られ、結盟晶クラン・クリスタルの中へと封じられていく。これが、クラン一角獣アインホルンの紋章となるのだ。閃光が消え失せると同時に、ユーナの視界にウィンドウが開く。


一角獣アインホルンクランマスター エスタトゥーアからのクラン一角獣アインホルン 加盟要請です。

 受諾しますか? はい/いいえ】


 指先で、「はい」に触れる。

 すると、コミュニケーションウィンドウが開いた。フレンド・パーティー、そのとなりにクランが輝いている。今はクランのタブが開かれていて、そこには次々と名前が追加されていった。


 クランマスターとしてエスタトゥーア、サブマスターにシャンレン、メンバーにアシュア、シリウス、ペルソナ、セルヴァ、ユーナ、アルタクス、アークエルド、アズム、メーア、ソルシエール、フィニア・フィニス、セルウスと名を連ねている。

 ユーナがクランに加盟したことにより、従魔シムレースやその眷属も全自動で加盟するようだ。ただ、名前の色合いが他とは異なり、NPC扱いの緑表示になっている。確かに、クランチャットとして利用する際には必須の機能と言える。


 現実時間リアルタイムでバージョンアップ初日の夜にあたるこの日、クランに加盟する者すべてが集まれたのは僥倖だった。

 うすい桃色の髪を揺らして、メーアが不思議そうに首をかしげた。


「サブマスター、アシュアじゃなくてシャンレンなんだね」

「ふふふ、わたくしを借金まみれにしておいて、安穏とメンバー面はさせませんよ」

「ははははは……」


 シャンレンの乾ききった笑い声に、メンバーから苦笑が漏れる。


 彼が独断で仮契約を結んだ宿は、確かにすばらしい立地にあった。

 ギルド通りにも通じる扉があり、裏通りの入り口は広く、舞台が作れそうなほど広い食堂に、16も客室がある。多少改装する必要はあるが、許容範囲内だ。しかも、敷地に厩や別棟まであり……となれば、購入費用に金三枚では安い気もする。ただ、当初の予算は金一枚、高くても金一枚に大銀貨五枚である。即金で金一枚は支払ったそうだが、残金は分割払い……となれば、自分に何かがあった時の責任者はこのひと、とエスタトゥーアとしても首に縄をつけて捕まえておく必要があった。そのための、サブマスター権限である。


「早いとこ稼ぎに行かないとなあ」

「王都の周囲で狩りをするだけでも、稼げそうだけどね」

「ギルドで特別依頼が出ているらしいから、それに合わせれば効率的だな」

「明日にでも行きましょうか」


 借金、と聞くと早めに返さなければという気になる程度の良識はある。

 左手で頬杖をつきながら言う剣士シリウスに、弓手セルヴァが相槌を打つ。攻略板をチェック済みらしい仮面の魔術師ペルソナの言に巫女ソルシエールが乗り、それをふむふむと聞き入っているのは黄金の狩人フィニア・フィニスだ。


「そっか、王都だから全部のギルド施設あるんだよな」

「細かく分類されてるらしいから、自分がどこに行けばいいかわからないひと多いらしいよ。ギルド案内所があるくらいだから、よっぽどだよね」


 ユーナたちが王家の霊廟に缶詰めになっていたころ、ログインして少しそのあたりを歩き回ってきたらしい舞姫メーアが語る。

 ギルド案内所はギルド通りにあり、各ギルドが人手を出して運営しているらしい。そこで結盟晶クラン・クリスタルが販売されているのだから、おどろきである。幻界ヴェルト・ラーイには、俗にいう冒険者ギルドといったプレイヤーをひとくくりにするものがないため、代替施設になっているようだ。


「盾士とかあるのかな」

「重戦士でまとめられている可能性もありますが、行けばわかりそうですね」


 マイナー職のセルウスも興味があるようで、交易商シャンレンのことばにうなずいた。


 ユーナは……当然、王都のテイマーズギルドへは行けない。そのことを理解している地狼が、ユーナの足元を尻尾で撫でてくる。手を伸ばして首筋を撫で返した。

 融合召喚ウィンクルムを自分の意思で制御できるようになるまで、まだレベルが足りないのだろう。地狼と不死伯爵、ふたりと融合召喚ウィンクルムができるようになったのは、偶然が重なっただけというほうが正しい。あと一体と融合召喚ウィンクルムが可能になるか、もしくは自力で制御できるようになるか……レベル50に到達するか。どの道筋にしても、先は長そうだ。


【気分が優れないようだが――】


 となりに座る不死伯爵アークエルドが、共鳴でユーナに話しかけた。心配げな月色のまなざしに、そういえばアークエルドには何も説明していないと気づく。だいじょうぶ、と微笑んでから、後で話すね、と断りを入れた。従魔シムレースである以上、彼も知っておくべき事柄だ。


「新規メンバーの加盟にも権限が必要ですし、アシュアもサブマスターの権限、一応持っておきますか?」

「今のところは要らないわ。欲しくなったら言うから」

「わかりました」


 マスターとは異なり、サブマスターには複数名指定できる。人形遣いエスタトゥーアの問いかけを、あっさりと青の神官アシュアは蹴り飛ばした。彼女たちにとってはこの程度の権限ものである。権力争いというよりは押し付け合いに、シリウスは肩をすくめた。


「おい、終わったなら運んでくれ!」

「あ、はい!」


 厨房から、マールテイトが吠える。幾人かがあわてて席を立ち、ユーナがまず駆け出した。が、すぐに注意を受ける。


「コラ、食堂で走るやつがあるか!」

「すみません……」


 ぴたりと立ち止まり謝罪する彼女へ、骸骨執事が声を掛ける。


「ユーナ様、わたくしが」

「え、アズムさん!?」


 確かに、この手のことならプロである。カタカタとしゃれこうべを鳴らしながら、優美な所作で大皿料理を手に取り、運び始める。ユーナは取り皿のほうを並べることにした。

 そして、現実リアルでアルバイト実績のあるシャンレンが続く。


「マールテイト、仕事、本当にいいんですか?」


 軽々と三皿を両手に持ちながら、シャンレンは、カウンターのほうへ料理を追加している料理人に問いかけた。

 ちょうど夜のかき入れ時である。夕刻、商人ギルドの銀行窓口前で本契約を済ませたあと、いっしょに宿まで戻り、「よし、祝うぞ!」と腕まくりをしてそのまま厨房に突撃してしまった元所有者は真顔で返した。



「これも仕事だ」


 シャンレンはそれ以上突っ込めなかった。売却した自覚がなさげな気はするが、これだけの食材をあらかじめ準備してくれたうえでの心配りである。ありがたいと感謝するしかない。


「マールさんも座って下さいよ。あとはあたし、運びますから」


 カウンター上の料理がきれいにテーブルへ移り、あとはドリンク類である。ソルシエールは厨房の氷室から瓶類を出していた。骸骨執事も酒類とグラスを銀盆に並べている。


「片付け等はお任せ下さい」

「おお、すまんな」


 前掛けを取り、マールテイトは厨房を出ていく。入れ替わりに、ユーナが顔を出した。その手に何もないのを見て、ソルシエールはジュースの瓶を二本差し出す。反射的に、ユーナはそれを受け取った。そのまま、ソルシエールも瓶をいくつか抱えて、みんなのいるテーブルへ向かう。だが、ユーナはソルシエールを追わず、じーっと骸骨執事アズムを見ていた。ソルシエールの動きを確認し、二つの盆が埋まると、彼もまた食堂へ急ごうと足を速める。


「お酒も只今お持ちいたしますね」

「……あの、アズムさん。せめて乾杯だけでも、いっしょにいてもらえたりしませんか?」

「おやおや」


 ユーナがおそるおそる口にした内容に、しゃれこうべがカタカタと鳴った。楽しげな音に、このお願いで機嫌を損ねていないようだと、ユーナは安堵した。スケルトンに乾杯ができるか!と怒られたらどうしようと思っていたのだ。

 王家の霊廟でも助けられた上に、熱病で寝込んだユーナの面倒もあれこれと見てもらっている。従魔シムレースもだが、眷属のアズムもクランメンバーに名を連ねることができて、心からユーナは喜んでいた。本人の意思での加盟ではないが、それでも彼らも仲間であると認めてもらえて、とてもうれしかったのだ。

 そして、骸骨執事アズムもまた、その気持ちを無碍にはしなかった。


「では、おことばに甘えて。旦那様とご一緒するのは久方ぶりですね」


 鳴りやまないしゃれこうべの音に、ユーナは破顔した。


 食堂に響く、重なるグラスの音色と乾杯の音頭。

 その夜、マールテイトの宿をあらため一角獣の酒場バール・アインホルンは、新たなる絆に酔いしれ、酒と食事と歌と音楽を満喫する者達によって、久しぶりの喧騒に包まれたのだった。


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