第10話 価値あるもの

 道具袋インベントリから戦利品ドロップを出すたびに、シャンレンの右手が宙を踊る。商人スキルなのかどうかも不明なまま、ユーナはそれをチラリと見てから、また別の戦利品を出していた。一種類ずつまとめて出しているが、それでもテーブルいっぱいに戦利品は広げられていく。もちろん、既に食器は片付けられている。そんなものを置いておくスペースなどない。


「――これで全部です」


 ようやく終わった、とユーナは道具袋を一旦片付けた。いくつかの回復薬やセルヴァから譲り受けた短剣などは売却する意思がないので、入れたままにしている。

 シャンレンは眉を寄せて、宙を睨み付けていた。おそらく、そこに何かのウィンドウが出ているのだろう。ユーナにもアシュアにも、それが何なのかはわからなかった。


「わかりました。話が早いところから進めていきましょう」


 ほんの一呼吸で、結論を出したらしい。

 シャンレンは険しい表情を崩して、先ほどの営業スマイルを取り戻していた。その様子にアシュアが釘を刺す。


「初心者なんだから、優しくね」


 営業スマイルのまま、彼は優しく切り返した。


「『幻界ヴェルト・ラーイ』が始まって、リアルタイムでまだ三日って忘れていませんか? ねえさん」

「覚えてるけど、三日前からスタートしてるのと昨日スタートしてる人だったら、どう考えても昨日スタート組が初心者さんでしょ」

「ということは、おふたりは初心者お助けクエスト、クリアしたんですね。ひょっとしなくても、初攻略で」

「うわ、バレた」


 ぺろっと舌を出すアシュアに、シャンレンはテーブルにある森狼王の牙を指さして答えた。


「昨日の夜、攻略板に出ていましたからね。森狼王の牙とエネロの組み合わせなら、誰でもわかりますよ」

「えーっと……わかりません……」


 小さく手を挙げて申請するユーナに、シャンレンは丁寧に説明した。曰く、『幻界ヴェルト・ラーイ』は世界観を保つために、ログイン後の旅行者プレイヤーの情報共有の手段は相当限られているとのこと。現時点では、村や町にある掲示板や伝言板に書き込みしたり、井戸端会議的コミュニケーションを取るくらいしかない。公式サイトを始めとして、様々な情報サイトやブログ等が乱立しているが、特にログイン後のネット検索はできないようになっているため、必要な情報を仕入れるにはログイン前か一旦ログアウトする必要がある。三十分ログアウトしているだけでも、幻界ヴェルト・ラーイ時間は相当過ぎていくため、常時最新のものというわけにはいかない。それでも、公式の攻略用掲示板や様々な情報サイトには、クエストや戦利品、スキルに関する情報は次々と寄せられている。

 昨日の夜は最前線の攻略だけではなく、とある新クエストについての記述が目立ち、それが後進者にとっても前線組にとっても魅力的だと各方面から指摘されていたので、シャンレンも覚えていたのだ。


「どーせペルソナが書いたんじゃないかしら。昨夜から始めた子とか、ユーナちゃんパート2してそう」

「それって単なる迷子じゃ……」

「迷子で済みますかね? どちらかというと神殿帰りしそうですよ。惑わす森は安全なところではありませんからね」


 シャンレンは受注もクリアも運次第と断言した。何と、初心者を始まりの町アンファングでナンパし、森に連れ込んで受注できないか試したという旅行者プレイヤーがいたのだが、襲撃もなく、森狼王も出ず、そのままエネロまでたどりついてもクエストクリアにならなかったらしい。そういった輩がクエスト条件を探すべく一時的に増えたものの、結局クエストクリアにならないため、発動条件が相当厳しいのだろうという予測が現在の結論となっている。

 アシュアは大きく頷いた。


「確かに、『惑わす森はとても危険です。街道を歩きましょう』っていう看板あったし……まっとうな初心者なら入らないかも」

「はぅぅぅっ」

「えっ、あっ、その、ほら、ユーナちゃんは無事でほんっとよかったわよねー!」


 看板にこれっぽっちも気づいていなかった衝撃に頭を抱えたユーナに、軽く心のハンマーを叩きつけてしまったアシュアが必死に話を逸らす。思わず笑ってしまったシャンレンだったが、すぐに営業スマイルに戻った。


「では、その思い出の品は売らないほうがいいでしょう。今現在、他に出ているという話がないので、相場がわからないのもありますが……何かのクエストアイテムになるかもしれませんので」


 森狼王の牙を指し、片付けるように言う。あまり見せないほうがいいと付け加えられて、ユーナは首を傾げる。


森狼頭フォレストウルフ・ヘッドなら遭遇情報もありますが、森狼王に関してはこのクエストでしか出現情報がないんですよ。未だにクリア報告がありませんので、かなりのレア扱いになります。店頭での通常売却は可能ですが、それなら私が買い取ります」

「レンくん」

「……という姐さんのご注意もありますので、大事に持っていることをお勧めします」


 にっこりと微笑むアシュアに壮絶な何かを感じ、さわやかに本音を上書きしたシャンレンにユーナもコクコク頷いた。森狼王の牙は二つあり、先日の山分けの際、アシュアがユーナに無理やり持たせたものだった。その分、山分けで余った端数の戦利品やお金を残り四人で分けてはいたが、おそらく、レアであることはその時点で誰もが気付いていたのだろう。ユーナ以外。


「アクセとかになりそうよねー。真っ白だし」

「それはいいかもしれませんね。加工してしまえば、材料が何かは鑑定しなければわからなくなりますから」


 「ほらピアスとかー」とアシュアがふたつを耳たぶに合わせたが、大きすぎてとんでもないことになりそうだった。千切れる。イヤリングにしても落としそう。

 そのまま渡された牙を、道具袋に戻した。

 シャンレンはその後、テーブルを二分するかのように戦利品を仕分けしていく。ユーナは、アシュアが満面の笑みのままシャンレンを見つめているのに気付いた。たまにシャンレンも営業スマイルのままアシュアに視線を合わせ、更に笑みを深めている。うふふ、ふふふふと上品な笑みが零れそうなのに、そこはかとなく怖いのは気のせいだろうか。


「現時点で品薄で、旅行者プレイヤーに直接卸したらそこそこ利益が出るものはこちらですね。露店を出せば、ユーナさんでも商売はできますよ」

「商人スキルありませんけど、できるんですか?」

「その町の商人ギルドで露店許可証を買えば、できます。アンファングにもあったでしょう?」


 見覚えがない。

 ユーナが首を傾げている様子に、シャンレンもまた首を傾げた。


「露店って昼間じゃないとお店出せないからじゃない? ユーナちゃん、夜中にうろついてたもの」

「なるほど、それで見てないんですか……。露店は誰でも出せますが、暗くなると物騒なので日中の明るい間しか開けません。しかも露店ができる場所自体も限られています。いいところは朝早くから場所取りされてしまったりするんですよ」


 アシュアのことばに納得して、シャンレンは説明した。しかし、あわててユーナはかぶりを振る。


「あの、わたし、そういうのってまだたぶん……」

「ですよね。初心者のうちに露店を出すのは勇気が要ると思いますし、露店を出している間は当然攻略もできませんから。まあ、おもしろいといえばおもしろいので一度は試してみるのもお勧めしますが、今回は量が量なので、私のほうで買い取りましょうか? もちろん、今の相場に合わせて、少しだけ利益はいただきますが」


 とても助かる申し出に、ユーナはすぐに乗りたくなる気持ちをぐっと抑えた。アシュアの笑顔が未だに怖かったからだ。


「えーっと……」

「まずは金額見せて」

「もちろんですとも」


 ユーナが言い淀んでいるあいだに、アシュアの一言でシャンレンの手が宙を舞った。同時に、目の前に見覚えのあるウィンドウが現れる。


『シャンレンがあなたにフレンドのお誘いをしています。フレンドになりますか? はい いいえ』

「フレンドでなければ、メールが送れないんですよね。お手数ですが、お願いしても?」

「は、はいっ。よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 はいを選ぶと、すぐにメールが届いた。開くと、転売可能と判断された戦利品の名称と個々の相場の金額、そして買取金額が並んでいる。合わせて、いくつかの物品には「売却せず、手元に残すことをお勧めします」ということばとその理由が注意書きとして個別についていた。


「――良心的じゃない」

「お褒めに預り光栄です」


 既に同じものを見ているのだろう。アシュアはこの前見たような笑顔で、シャンレンに柔らかく微笑みかけていた。どうやら、内容に納得できたらしい。シャンレンは変わらない営業スマイルのままだが、アシュアのことばにうれしそうに応えていた。


「あと、転売してもさほど利益が上がらないものはこちらですね。私の『売却』スキルでは今五%の割増なので、二%の利益を頂戴してるんですが……今回は結構です」


 殆ど一割増しで他の戦利品も売却できるというお話に言葉を失くすユーナを見ながら、アシュアはあっさりと疑問を口にした。


「何で?」

「ですから、お待ちしていましたって言ってたでしょうが……」

「そう言えばそうだったわね」


 綺麗さっぱり忘れかかっていた事実に、アシュアは笑ってごまかす。さすがにごまかされるはずもなく、シャンレンは悲しそうな顔をして肩を落とした。


「姐さんの力をお借りしたくて……今なら大丈夫かと思ったんですよ」

「内容によるわね」

「ユーナさんにとっても、むしろちょうどいいお話だと思うんですが」


 それは、新しいクエストの幕開けだった。

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