第11話 青の神官

 エネロ転送門開放クエスト。


 プレイヤー間ではそう呼ばれているが、実際には単体のクエストではない。

 村長に転送門の開放を願うと、まず最初に誰でも断られる。そして、村の中で御用聞きをして、不審者ではないということをわかってもらうために、いくつかのクエストをこなす必要があるのだ。

 その中でも、いちばん手っ取り早く、いちばん難関なクエストが『別荘クエスト』と呼ばれるものだった。


 このエネロの村外れには、とある貴族の別荘が建っている。

 十数年前から不死者アンデッドが棲みついているらしく、村からも早く浄化してほしいと神殿に陳情している状況だ。だが、派遣されてきた旅行者が何度殲滅しても、すぐに復活してしまうという。

 現時点で不死者アンデッドが別荘から出てきた等の報告はないが、万が一があれば困るということもあって、力ある旅行者には数減らしの協力を願っているそうだ。


 とは言え、まさに不死者アンデッドである。

 始まりの町アンファングの次に位置するエネロに来たばかりの、低レベルな旅行者には歯が立つはずもない。

 そもそも、アンデッドに効果のある武器が、初心者装備にはない。また、当初の魔術にしろ神術にしろ火力不足が否めないのは当然のことだった。

 よって、開幕直後は放置スルーされ、ほとんどのプレイヤーは御用聞きの中で細々としたクエストを村でこなすことを選んだ。安全な上に、地味にお金も貯まるのでおススメという情報サイトのコメントもあったからだ。


 その時、一人の神官が立ち上がる。


「我らがねえさん、青の神官アシュアですよ」

「コラ」


 お化け屋敷、みんなで入れば怖くない。

 神術を用い、プレイヤーの武器に聖属性を付与するだけではなく、水筒の水にまで聖属性を付与したのが彼女の偉業だった。


 なんと、持てるだけの水をパーティー全員に持たせてインスタント聖水にし、アンデッドにぶっかけた挙句、弱体化したところを聖属性を付与した武器でタコ殴りにしたのである。


 殲滅作戦大成功。


 別荘クエストには中ボスだけでなく、正規のクエストボスが存在していた。初めてのボス戦となったそれが、パーティー参加者全員に報酬を与えたことも、後に大きな影響を残した。


 彼女たちが攻略した直後、その情報が流れ、否応なしにプレイヤーが殺到し……トラブルも続出した。


 聖水や聖水を作るための触媒である術石が、悪徳商人によって買い占めされ、悪徳神官もグルになってぼったくり価格で販売されたのだ。あまりの高値に手が出せず、ほんの少ししか聖水を持たずに別荘へ入ったパーティーが全滅する事例が多発し、中には神官のスキルを持つプレイヤーが低レベルであるにも関わらず連行され、神殿戻りになった話まで出回った。


 その結果、まだ開幕オープン直後であったため、揉め事を避けるように多くの神官職やそのスキルを持つ者はお使いクエストを選び、さっさとエネロから離れた。


 更に、初回討伐時と異なり、報酬がランダム化していたことがとどめを刺した。

 クリア後の報酬の山分けの際、揉めたのだ。既にエネロ転送門開放クエストを済ませているプレイヤーにしてみても、高価な聖水を……スキルがある者にしても、作成に手間がかかる聖水を大量に使って得られる成果にしては割に合わない。未クリアのプレイヤーは未だに低レベルであり、それほど懐に余裕がないため、そもそも手が出ない。しかも、神官職が捕まらない状況もあり、廃れるしかなかった。


 物憂げに、シャンレンは言葉を切って溜息をついた。


「本当に、あの当時ぼったくった商人も後悔しているはずですよ」

「キミもぼったくってなかったっけ?」


 すかさずアシュアがツッコミを入れる。シャンレンはかぶりを振った。


「高値で売っていた商人仲間に少し安値で分けましたけど、ぼったくってはいませんよ」

「片棒担いでるじゃないの。で、あの貴族の印章が要るってわけ?」

「ご明察です」


 カードルの印章。

 別荘クエストでの報酬の一つであり、一度しか使えない限定アイテムでもある。当初は何に使えるのかが不明だったが、とりあえずレアアイテムということで高値で取引されていた。後に、他の集落の転送門解放クエストで必要となる『貴族の承認』に使えると判明した。流通している数も少ないため、プレイヤー間での買取価格は徐々に値上がりしている。


「もちろん、貴族の承認なら他の手法もありますが、何分時間もレベルも必要なんですよね」

「確かにそうね。私もすぐ使えて便利だったもの」


 アシュアはマイウス転送門開放クエストで使用したらしい。そのおかげでボスレイドにも参加できたそうだ。今羽織っている白のローブは、その報酬の一部だという。


「今ならレベルもかなり上がりましたし、少人数でも行けると思うんですよ」

「んー? でも、そんなにおいしい話なら、もっと人がいてもおかしくない?」


 エネロの宿は一軒のみ。食堂もここにしかない。にも関わらず、ユーナたちの他に客は数組しかいない。

 アシュアの視線を追うように見回すと、別のテーブルの旅行者集団のひとりと、ふと目が合った。ユーナが日本人らしくにっこりと微笑むと、あちらは別の日本人らしい性質を発揮し、恥ずかしげに視線を逸らした。


「まだ、そんなに出回っている話じゃないんですがね」


 そんな前置きをして、シャンレンは声を低めた。思わず身を乗り出して、アシュアもユーナも話を聞き入る姿勢を取る。


「『売却』スキルの上位に『卸値取引』というものがあるらしいんですよ。そのために必要なのが、商人ギルドにおける昇格でして」

「ちょっ……それって」

「はい。多くの商人が目の色を変えると思います。私もここまで『売却』を上げたので、ようやく商人ギルドの受付から話を聞かせてもらえたんですから」

「つまり、その昇格に要るんですか? 貴族の承認」


 ユーナの問いかけに、シャンレンは頷いた。


「前線の攻略組は、基本後ろは振り返りません。ですが、その前線と現在旅行者が数多く滞在するエリアの間には行商人が行き来します。どんな戦利品であろうと、少しでも高値で売却できるとなれば、攻略組と繋がりますからね。誰でも早く手に入れたいスキルでしょう」

「で、現時点で判明している貴族の承認が、あの・・ファーラス男爵だけだものねー」


 アシュアはそのファーラス男爵とやらを思い出しながら、深々と溜息をつく。それだけ、厄介な相手ということらしい。


「普通、カードルの印章なんて持っていませんからね。私も正規のルートで男爵からいただきましたよ」

「もう一回もらえないんですか?」

「無理じゃない?」

「難しいでしょうね」


 詳しく話すとネタバレになるので言えないけれど、とシャンレンは苦笑した。アシュアが相当嫌そうな顔をしているので、たぶん相当とんでもないことなのだろう。


「マイウスの次のユヌヤだっけ? そこらへんで……」

「ユヌヤはエネロここみたいな村だそうですよ。おそらく、その先かと」

「なるほどねー」


 アシュアは残念そうに頬杖をつく。


 まだゲームとしては序盤だ。貴族の承認が得られる手段は今後、追加されるだろう。しかし、まだ先となると、昇格したい商人は戻るしかない。それに気づいている者が少ないという今は、チャンスなのだ。



「……準備、できてるの?」

「術石もあの頃に比べたら、かなり値下がりしていましたから。かなりの数は集めました。今回はすべて、私の負担で出します。ご入用でしたら、水袋もありますよ」

「メンツは?」

「ここにいる三人で」


 神官の問いかけに対して満面の笑顔で応えていくシャンレンに対比して、アシュアとユーナの顔が強張った。

 次の瞬間、パーティー参加要請のウィンドウが開く。

 彼の本気度が伺えて、ユーナはアシュアを見た。その困った顔に、アシュアはシャンレンを睨む。


「レ・ン・く・ん~」

「調べたところ、パーティーに一つはドロップしているようです。

 タダでとは言いません。

 希少な戦利品レア・ドロップ以外は三人で山分け。

 もし、例の印章がランダムドロップで私の手元に来たら、相場の金額の三分の一ずつをお二人に渡します。

 姐さんの手元に印章が来た場合には、相場通りの金額で買い取る覚悟もしています。さすがにユーナさんにドロップしたら、それはあきらめますから」


 すぐ必要になるとわかっているクエストアイテムを、初心者から金銭で奪い取るようなことはしない。シャンレンの姿勢は、商人にしてはまっすぐに見えた。


「それだと、シャンレンさん困りませんか?」

「ボス部屋前に居残って、情報が出回る前にクリアした誰かから買い取ることも考えています。今なら相場で済みますからね。ただ、挑戦トライしている旅行者がそもそも今はほとんどいないはずなんですよ」


 値上がることも想定しての判断なのだろう。

 アシュアの指先が宙を叩く。頭の上のIDが色を変え、パーティーに加入したことを示した。


「急いだほうがいいわね」

「感謝します」

「あ、ユーナちゃんは……」

「行きます!」


 ユーナもまた、勢いよく「はい」へ指先を走らせた。その声の強さに、アシュアが目を見開く。


「これって、チャンスですよね。わたしだけだったら、絶対に無理だから……」

『わかります。私もですから』


 シャンレンが発声をパーティーチャットに切り替えた。


『姐さんが、行かないって言ったら、そこで終わりなお話ですよ』

『ふふふふふ……言えると思う?』

『ですよね』


 乾いた笑いをパーティーチャットで響かせて、アシュアは肩を落とした。

 ここまで信頼されたら、神官冥利に尽きるというものだろう。シャンレンのレベルやステータスに目を走らせ、同じようにユーナのほうも確認する。ユーナはあのころの自分のレベルと同じだし、シャンレンと自分のレベルに差はそれほどない。あの斧の破壊力もある程度期待できるはずだ。それでも。


「神殿帰りしちゃうかもしれないわよ」


 ぽつりと指摘したことは、ただの可能性の話ではなかった。アシュアは見てきたのだ。守れなくて、砕け散った破片の数々を。



 ひたりと見据えられて、ユーナは喉を鳴らした。青い、蒼いまなざしが、いつになく冷たく見えた。

 ひとつ頷くことが、とても難しかった。けれど。

 ユーナの頭が動いて覚悟を告げると、アシュアはまなざしを溶かした。


「とりあえず――ここ片付けて、商店いこ。道具袋インベントリをまずすっきりさせて、レンくんの手持ちでユーナちゃんの装備を何とか底上げしてあげて」

「ありがとうございますっ」

「わかりました」


 早速テーブルいっぱいに広がった戦利品を、二人で元に戻し始める。



 それを視界の端に入れつつ、アシュアは指を走らせた。

 ……間に合えばいい、と祈りながら。

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