第249話 嵐の前触れ
今日、結名が出掛けるという話を、皓星はもちろん前もって知っていた。前日の夕食時、本人から聞いたのだ。
仕事組は夕方以降にログインするとわかっていたため、結名も皓星も現実の夕方のログアウト直後に、「早めに夕食できる?」と母親にたずねた。ただ、その手段は異なっていた。藤峰・片桐両家の晩餐の支度は、この日も藤峰家で作られており……結名は階下に降りるだけで済んだが、自宅に母がいなかった皓星は、スマホで母の居場所を確認しなければならなかったのである。ほぼ作り終わっていたタイミングだったので、先に食べたら?=藤峰家でそのまま夕食、という流れになった。
「いよいよゴールデンウィーク後半だけど、あいかわらず、ふたりとも引きこもるの?」
とっとと食べて早めにお風呂も済ませてログイン……の一心だったふたりは、皓星の母のことばで現実に帰った。むしろ、話しかけなければ本当に食べ終わり次第自室に引きこもってしまうので、このタイミングでなければコミュニケーションが取れないと知っている母たちである。
ちなみに、平日の結名であればここまでゲームに直行していないのだが、今はアップデート……ゲームに新要素が追加されて、気分はゲーム発売日と同じと説明済み……直後なので、両親からはお目こぼしを受けていた。逆に皓星のほうはあきらめられている。
「4日は結名とゲームショウに行くよ」
「わたしは明日お出掛けー。詩織ちゃんとカラオケ行くの」
鶏肉と野菜の煮びたしで、久々に和食の出汁を感じていると……思わぬお出掛け情報に、皓星は箸を止めた。白身魚のカルパッチョを食べながら、結名はうれしそうに目を細めている。
「――大丈夫なのか?」
「午後から、夕方まで? 昼間のフリータイムで耐久カラオケする予定」
遅くはならないのでだいじょうぶという意味合いで、結名は答えた。皓星の問いかけはどちらかというと、待ち合わせの場所まで一人で出歩くことに対する心配なのだが、さすがにそこまで結名は読めない。正しく理解した結名の母のほうが、更にたずねた。
「何で行くの?」
「地下鉄のつもりだけど? アーケードのほうだし」
3つ向こうの駅の名を口にする結名から、皓星へと彼女の視線が移った。迷わず皓星はうなずく。
「連れて行くよ」
「やだ、いいよー」
先日のお出掛けでも、特に変なことは起こらなかった。しかも、今回はもう土屋も県外へ出ているという状況なのだ。通常運転しても問題ない、というのが結名の意見のようだ。それでも、皓星は頭を横に振った。
「
「そうよー。皓星もちょっとくらい外に出ないと!」
皓星の母の発言が後押しになり、送迎の約束を取りつけることができた。
しかし、朝になって、
「あ、小川? 結名のおっかけするんだけど、付き合えるか?」
『はい?』
了解なのか確認なのかわからない、間の抜けた返事のあとで、拓海はとりあえず事情を要求した。
皓星の説明を受け、拓海もまた結名が一人で出歩くことに対する懸念は察した。しかも、カラオケまでの空白の時間、誰と会うのかについてまでも、彼は推測を立てた。皓星はまさか、とその推測を否定し、「昼食、賭けるか?」と持ち掛けた。皓星は単純に、そのカラオケにいくクラスの女子とランチも一緒に食べることにしたのだろうという予測を打ち立てていたのだが……柊子の乙女心の前に敗北することになったのである。
そう。
結名と柊子が待ち合わせたあと、皓星と拓海もタイミングを見計らって合流を果たしていた。
「何でも食ってくれ」
「では、遠慮なく」
勝ち誇った笑みを見せられても、皓星は文句ひとつ言わずにうなずいた。まさか今日、あの服装をしてくるとはまったく考えていなかったので、本当におっかけをしていてよかったと思ったくらいである。さりげなく目的が変わっている。
相手がクラスの女の子であれ、柊子であれ、ふたりの予想のいずれかが当たっていたのなら、皓星はこの時点でおっかけを切り上げるつもりだった。クラスの女の子ならばカラオケまで当然一緒に歩くだろうし、柊子であっても、結名を一人にするはずがない。よって、手近な店に入ろうとしたのだが、拓海はにこやかにおっかけの継続を要求した。
「まさか、店の中まで行かないよな?」
「そのまさかですね」
後に入って先に出ればいいというとんでもない提案をされ、同じファリーヌに入る羽目になったのである。
「バレたらですか? 偶然ですねって言えばいいんですよ」
先に入った結名たちとはちがうフロアに通されたようで、運よく鉢合わせはしなかった。二人そろって日替わりを注文したのは、早く出てくると予測できる上に、ボリュームがある程度あったからだ。そこでは基本、ほとんど会話らしい会話はしなかった。声でバレることを避けるためである。カラオケの直前まではここに居座るだろうと考え、それよりは早くに会計を済ませ、外に出た。
慣れたようすで店の出入り口から死角のほうへ歩き、物陰でスマホをいじるふりをし始める拓海に、皓星は戦慄した。
「おまえ……いつもこんなのしてるのか?」
「いつもじゃないですよ、失敬な」
さりげなく、「たまにはしています」的空気を感じてしまったのだが、皓星はそれ以上突っ込まなかった。いろいろとおかしい高校生であることは、初対面からも察している。結名の味方であるのなら、と考えて、皓星は目を細めた。
「
その問いかけに、
「――ストレートですね」
営業スマイルとともに返された答えに、皓星はようやく、自分の質問が意図しない質問に受け止められていると理解した。もちろん味方、という答えを同じく求めていただけで、たずねた本人にまったくその意図はなかったのである。
「あ、と、ごめん、ちがう」
「えーっと……何がどうちがうのかがよくわかりませんけど、
皓星が謝ると、拓海は少し、営業スマイルからやわらいだ表情になった。「あー、うん、それはもう知ってるから」とは言わず、皓星は「そっか」と納得した。むしろ、それくらいの返事で安堵していた。その皓星の表情を見て、拓海はまた営業スマイルを貼りつけた。
「ちなみに、おれは柊子さんのこと、何とかできないかなあって思っています。ホント、あのひとひどいですよね。初めて見た時からずっと気になってたので……今日は最大のチャンスですから、もう逃しませんよ」
そして、結名と柊子が店から出てくるまで、拓海の母直伝メイク論について延々と語られた皓星だった……。
柊子を拓海の母へと預けたあと、ともにマンションを出て行こうとする拓海に、皓星は首をかしげた。
「小川は一緒にいてもいいんじゃないのか?」
メイク好きなんだろう?と内心続けると、拓海はかぶりを振った。
「女性が美しくなる過程というものは、元来見てはいけないそうですよ。それに、おれと話してたら母に質問しにくいかもしれませんし。
それに、姐さんがいるのに、自分の部屋で
「そうだな」
皓星は、最後の付け足しに大きくうなずいた。彼女はやる。むしろ絶対にやる。「私がメイクがんばってる時にアンタ何やってんのよ!?」という幻聴まで聞こえてきた。終わっている。
「そもそも、本題がまだ全然話せていませんし」
本題。
皓星はそもそも、今日拓海に会うことになった原因を思い出した。
「ゲームショウ、
昨日、ビジネスデイだったんですが……出展内容、ご覧になりましたか?」
皓星はかぶりを振り、自身のスマホを取り出す。ブラウザを起動させ、
「
「――はあ?」
吐息のように洩れた拓海のことばに、意味を理解しかねて皓星は訊き返した。すると、ブラウザに求めていた
一本の通路の左右に等身大のスクリーンが配置され、そこを通るコンパニオンを映し出していた。ただ、ちがうのは、服装である。コンパニオンは
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