第207話 閑話 とある交易商の、儲からない上に長く忙しい一日 中編
王家の霊廟に入る?
王子から許可を得た?
今ごはん中、このあと馬車で移動……。
ほぼ監禁状態での食事、そのまま移動という流れは、アシュア同様シャンレンも危惧すべきと判断した。『聖なる炎の御使い』を守るため、という理由だけでは弱い気がする。むしろ守りたいのであれば、『命の神の祝福を受けし者』であるアシュアたちと別室にすべきなのだ。いっしょに食事などさせている場合ではない。
大神殿が王家の霊廟の死霊を浄化できずにいる、というシャンレンの予測は当たっていた。だからといって、助け船と言わんばかりにアシュアたちの力をあてにするというのも安易すぎる。『聖なる炎の御使い』自身にどれだけの力があるのかはわからないが、よほどの実力者ということかもしれない。
つらつらと考えながら、ギルド街を歩く。東西南北の大通りほどではないが、「ギルド通り」という安直なネーミングな通りは、大通りから一本入っただけの好立地である。今はバージョンアップ直後、しかも世間はゴールデンウィーク、ということもあって、
さきほどまでシャンレンが歩いていたのは、このギルド通りの裏側の通りである。さすがにギルド通りに面している物件には、手が出ない。どの店構えも立派なもので、ほとんどがギルドの関連施設である。
触れ書きが出回っていることもあり、
シャンレンは
待つというほど、待つこともなかった。
聖騎士らしき白銀の騎士が、先触れとして王都北門を訪れたのだ。もう間もなくだろうと、メッセージを送る。目印としては、王都北門前、東側赤い屋根の家……くらいでいいだろう。
連絡したタイミングもよかったようだ。聖騎士隊と呼んでもいいほどの騎士が先導し、馬車が近づくのが見えた。大通りは中央が馬車道となっている。シャンレンの位置からもよくわかる。
急速に、馬車の速度がゆるまった。聖騎士隊もあわてて速度を落とし、従者に詰問し始めた。紺青の髪が、窓から見える。彼女の仕業だ、と苦笑を洩らしながら、箱馬車へと急ぐ。聖騎士隊が揉め始めるのを横目に、彼女へと手を伸ばした。すかさず、
「――ご武運を」
「そっちもね」
笑顔とともに、軽く返されたことばにうなずいて、身をひるがえす。
怒号が聞こえる。止まれと言われても、止まらなければならないいわれはない。騎馬したままで追っているようだが、馬蹄も
なぜ、追われるのか。
王家の霊廟を訪れる『命の神の祝福を受けし者』に、仲間がいるのは不都合なのか。単純な予想が当たっているように思えて、併せてふところの
そして、ギルド通りに戻り……聞きおぼえのある馬蹄の音が金属音とセットで近づいていることに気づく。未だに、プレイヤーでも騎馬を得ているものは少ない。こちらに戻ることまで予測しているのは、『命の神の祝福を受けし者』が
――
自分としたことが、とシャンレンは自嘲しつつ、それでも路地は続いているので奥へと進んだ。今更引き返すほうが、目立つ。行き止まりであれば
確かに、この路地は建物の一角だったらしい。行き止まりのそこには、比較的大きめの扉が半ば開かれた状態になっていた。家、ならば、これほど不用心なことはあり得ない。
「――あのー? こんにちはー……?」
半開きの扉をノックしながら、シャンレンは中へと声を掛けた。広々とした食堂だ。いくつもの丸テーブルの上には、背もたれのない椅子が乗っていた。掃除をしたばかりなのか、床はまだ水気を帯びている。入ってきた扉の反対側にも大きな扉があり、そこも開いていた。むしろ、そちらが正規の出入り口のようだった。街中の食堂にしてはめずらしく窓があり、外の喧騒が遠く聞こえてくる。複数の空気の通り道のおかげで、心地よい風が吹いていた。窓と反対側に二階へ続く階段があり、食堂の天井は一部吹き抜けになっていた。その上にいくつか扉が見えるので、ここは大方の食堂と同じく、宿も兼ねているのだろう。シャンレンの入ってきた扉のすぐとなりに、カウンターがあった。その上にも椅子が乗っている。壁一面に棚があるが、そちらには何も並べられていない。
足を踏み入れると、応えがあった。
「客かー? ここはもう店じまいだよ」
ちょうど線対称の場所にも扉があり、中は厨房のようだった。声の主は初老の男で、前掛けを外しながら姿を見せた。
宿の主人、というには、体格のいい男だった。中肉中背のシャンレンより、長身のシリウスに近い。掃除のモップよりも大剣を振り回しているのが似合いそうな、精悍な顔をしているのもそっくりだった。
「店じまい、ですか?」
「ああ、東の大通りに新しく店を出したんだ。ありがたいことに、客が増えてね。もう宿まで手が回らないから、そっちで飯だけ出すことにしたのさ。だから、ここじゃあもうやってないよ」
目尻のしわを深めて、男は言う。その誇らしげでありながら寂しげなようすと、食堂の状況が合致した。シャンレンはもう一度、食堂を見回した。ギルド通りから、直接入れる扉。裏通りに面した正面入り口。階段の下に、ある程度舞台が作れそうだ。テーブル数も、カウンターも申し分ない。窓の向こうの土地は、この店のものだろうか。上の部屋数が気になるが、足りなければ増やせばいい……。
「――素敵な、お店ですね」
シャンレンは、にっこりと営業スマイルを浮かべた。彼の
「なあんだ、やっぱり客じゃねえか」
男は、マールテイト、と名乗った。
カウンターの椅子を二つ下ろし、シャンレンに座るように勧めてくれる。白髪交じりの焦げ茶色の髪の男は、シャンレンの問いかけに豪快に笑ってみせた。
「この店をどうするのかって、そりゃあなあ……わかるだろう?」
「お弟子さんに譲ったりはなさらないんですか?」
「どいつもこいつも、腕はいっぱしになったが、頭の中身が生まれたての雛状態でなあ。くっついて離れたがらねえ。まあ、使える連中だから、こっちは助かってるんだがな。手数は多いほうがいいし、何つっても頭数が多いと休みやすいのがいいよなあ」
マールテイトの頭上に、IDはない。緑色の名はNPCを示している。
とりあえず、売却意思がある、というのはありがたいことだった。既に新しい店があるということは、この店を売却した代金がそちらの支払いに充てられる予定もない。要するに、この男は大成功した料理人、なのである。
「で、何で交易商人なんかが宿を欲しがるんだ? 連れ込み宿にするってえならお断りだぜ」
「――ち、違います!」
一瞬の間を置き、シャンレンは頬を赤らめて否定した。さすがにその手の商売は考えていなかった。むしろ、アシュアあたりに聞かれたら激怒されるだろう。いや、この男のように、笑い飛ばすのだろうか……。
商人にしては
「よし、じゃあ話してみろ。使い方次第なら、売ってやってもいい」
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