第214話 新たなる一歩
王家の霊廟から生還した神官、と、『聖なる炎の御使い』と意思疎通できる存在。
この二つを掛け合わせて出来上がった代物が、聖女である。
『聖なる炎の御使い』の寿命はまもなく尽きる。そう言われてかれこれ数十年以上経っているらしいが、王城から出て大神殿に入ってからは二十年弱である。王城と大神殿の間柄は今も良好だが、今回の案件を是非大神殿の手柄としたい幹部神官によって、「聖女計画」が打ち上がったそうだ。大神殿側としては『命の神の祝福を受けし者』に対するご褒美らしいが、アシュアにしてみると「そんなものは物品で寄越しなさいよ」である。
『聖なる炎の御使い』が泉下へ旅立つ時、『聖女』が降臨する。
そういう手筈にするらしく、幹部曰く、「おばあちゃんが亡くなるまで大神殿へ篭っていろ」(アシュア意訳)らしい。冗談ではない。丁寧な言葉遣いで全力で拒否したのだが、「神託である」の一点張りで、監視生活が始まった。
目覚めても監視、食べても監視、歩いても監視、祈っても監視、寝ても監視……。
しかも、女神官ならともかく、朝食から夕食までは聖騎士マリスと一緒である。そんな好感度アップ、イラナイから。
アシュアはこれを「オリジナルクエスト」と見做した。となれば、おそらく、何らかのクリア要素がある。それさえ見つけることができれば、自力でも何とかなるはずだ。探すしかない。よって徹底的に探した。
「なぜ、逃げ出したいんだ? 聖女になれるのに」
「誰もが聖女になりたいわけじゃないってことよ」
最初、出入口はどこ?とたずねたアシュアに、聖騎士マリスは不思議そうに問い返した。他の神官がいないせいか、ごく普通の口調である。他者の目があると、アシュアを聖女候補と扱い、非常にへりくだった物言いをする。事あるごとに勘に触る聖騎士である。しかし、頭上の名前表示は緑のままで、決してこの聖騎士は敵ではないのだ。赤になった瞬間、誰かに燃やしてほしい気がするのは否めない。
大聖堂の端から端まで歩いた、と言っても過言ではないだろう。三本ある尖塔の最上階まで登ったり下りたりはさすがに一日一往復しかできなかったが、聖騎士マリスを辟易させることに成功した。
五日ほどの探索の結果、出口は本当になかった。
厳密に言えば、大聖堂の正面入口と、勝手口のような裏口は存在するのだが、当然「じゃあ帰るわね」では通してくれないのである。他の出入口をと探してみたのだが、聖騎士マリスも「他にはないぞ」と公言するほど、出入口はなかった。
この時点で、アシュアは相当凹んだ。思わず
八方塞がり、とはこのことだった。
『もっと早く言えよ……!』
ログインしてすぐ、アシュアはクランチャットで現状を語った。目の前に神官や聖騎士がいたが、おかまいなしである。どうせ聞こえない。クランメンバー全員がログインし、時折息を呑むような声が聞こえたが、それでも口を挟むことなく、皆最後まで聞いてくれた。ようやく沈黙が降りた後、怒りに満ちた声音で言い放ったのは、紅蓮の魔術師だった。
『あー……ごめんね』
マジ怒ってるわー、と他人事のように思えるのは、すぐそばにいないからである。あの朱殷の目も、紅蓮の仮面もなつかしい気がするので、自分はかなり参っているようだ。
『状況はわかりました。こちら側でもアプローチしてみますので、もうしばらくお時間いただけますか?』
硬い声でたずねるのは、
『とりあえず、大聖堂でアシュアの位置を確認する。最悪、ぶち壊そう』
『そうだな』
『わたくしは少し、手が離せなくて……』
『いいのいいの。できることから頑張るつもりだから。忙しいのに話し込んでゴメンね』
『できるだけ早く合流しますから、大聖堂を全壊して王都を追い出されるようなことはやめてくださいね。せっかく改装工事が終わって、マールテイトさんにもおいでいただけているのですし』
『それはもちろんよ。私だって、もめごとにしたくなくって今まで我慢してたんだから』
エスタトゥーアのやんわりとした釘刺しに、男性陣が黙る。本気だったの!?
大聖堂が爆破され、大神殿が火の海になる光景が脳裏に浮かぶ。やめて~。
『でも、いざとなればわたくしもブルークエストくらい、こなしますからね?』
『そうなる前に止めてよ!?』
ふふ、と笑い声を響かせながら、我らがクランマスターはそうのたまわった。これはたぶん、止めないやつだ。
『あの、アシュアさん……おばあちゃんとお話ってできないんでしょうか?』
おそるおそる問いかけたのは、
そういえば、閉じ込められた初日に会って以来、『聖なる炎の御使い』とは接触していない。腹の立つ幹部神官とのやり取りのあと、食事をして別れた。大聖堂の一室に案内され、「こちらがあなたのお部屋です」と悠長な説明を受けたが、さすがに同室ではなかったのだ。
少なくとも、大聖堂のあの場所で、『聖なる炎の御使い』は何も語らなかった。
だが、ふたりきりならどうだろう。パーティーチャットに誘ってみるのもいいかもしれない。
『そうね。会えるかどうかはわからないけど、やってみるわ。おばあちゃんなら、味方してくれそうだし』
自力で逃げることはあきらめたのだ。
この際、すがれるものは何にでもすがってみよう。
幻界時間では午後を少し回ったくらいである。また連絡を入れる、と打ち合わせて、クランチャットを終了した。
「――で、長話は終わったのか?」
「ええ、お待たせ。というわけで『聖なる炎の御使い』に
聖騎士マリスが待ちわびたように言う。どうやら、アシュアが数日間眠り続けているのが気になったようで、身の回りの世話をしてくれている女神官だけではなく、聖騎士マリスも寝室へ入れていたようだ。だからプライバシーどこ。『命の神の祝福を受けし者』がログアウト中は眠り続けることなど、よく知られた内容だと思うのだが。宿屋の客室とは異なり、大聖堂に与えられた私室は、実質アシュアのものではない扱いらしく、内側から鍵すら掛けられないのである。
寝起きでいきなり口をパクパクし始めたことに、聖騎士マリスは特におどろかなかった。王家の霊廟で見知っているせいだと思う。目をみはる女神官をよそに、彼はアシュアの願いを聞き入れるべく、寝室を出ていった。
「そうね、ごはんも食べたいかも」
腹が減っては戦ができぬ。
愛想よく食事を要求したアシュアに、あわてて一礼して、女神官も寝室を出る。
そして、彼女は久々に濃紺の術衣をまとった。大聖堂では、白い神官服に青い帯を佩くようにと、女神官に頼まれていたからだ。洗濯も何もかも任せられるので、素直に聞き入れていたが、もうここに用事はない。
帰るために。
アシュアは白銀の法杖をにぎった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます