第202話 ここにいる
アシュアの神術の光が、シリウスの剣に、地狼の身体に、セルウスの盾に、フィニア・フィニスの
まるで父王を守るように、ソレアードの背が向けられている。
「殿下」
その呼びかけに、ソレアードは口元に笑みを佩く。先ほどまでとは異なるのは、アークエルドを見なかったことだった。
「この場に死が満ちるまで、聞けぬ」
死ね、と。
繰り返し口にする
だが、ソレアードには、まるで老女が見えていないようだった。墓室が開かれたあとも、ひとことも彼女について言及していない。アークエルドも、フォルティス王も、一目見ただけで判ったというのに。
「あのさー。ボク、アンタの妹の命、預かってるんだけど?」
無造作に。
話すだけ無駄かな、というフィニア・フィニスの気持ちがそのまま表れた声音は、一笑に伏された。
「――それが、父上がおいでになった理由か。死してなお安寧ではなく、よりにもよって
「フォルティス王は、あなたのために、ここへ来たのよ。
私は大神殿で頼まれたの。どうして、神官や聖騎士たちは
ふたりのことばは、ソレアードの心を揺らすことなく流された。
ただ哀しげに、
「――もうよい。貴様らもすぐ、同じ道を辿ることになる」
脳裏に駆け巡るすべてを呑み込み。
不死王ソレアードは、二つの剣を振るった。
「来たれ
闇の波濤が、
弱まった真空波により、身体に傷をつけながらも、剣士と地狼は駆けていく。ソレアードは、シリウスの長剣で、難なく片手剣を受け止めていた。
「
後衛の前に、風が舞う。真空波を打ち消した壁は、即座に消滅した。
「アシュアさん、これ」
その物陰で、フィニア・フィニスは
「預かってよ。で、ばあちゃんとさ、できたら逃げて」
「――フィニアちゃん?」
逃げる気ないけど?と言わんばかりに顔をしかめる青の神官に、あどけなく小さな狩人は笑ってみせた。
「ほら、子どもと年寄りは大事にしろって言うじゃん? あの扉、開けられるのアンタだけだしさ。誰も言わないなら、ボクが言うから、アンタたちだけでも逃げてよ」
どう見ても子どもにしか見えない容貌で、
「そりゃ……勝ちたいけど、無理でも、負けたくないからさ。だろ?」
「何で死亡フラグ立てるんですか、姫……」
同意を求める問いかけは、水筒とともに手渡された。深々とため息をつきながら、セルウスはことばを濁す。
その視線の先で、
不死伯爵と接するために、ユーナは聖属性を帯びていない。強化されているだけの
マルドギールの鉤爪が、聖属性の長剣に引っかかる。同時に、アークエルドのステッキが、黒剣へと打ち掛かった。異なる対処を要求され、しかし、ソレアードは揺らがない。跳ね上げようとするマルドギールの動きに対して、彼はためらいなく剣を突き入れた。短槍に沿った剣の動きは、手首を落とそうとするものだった。ユーナはとっさにマルドギールを手放す。一方、狙った通りに黒剣の腹でステッキを受け止められたアークエルドは、素手になったユーナに気を取られ過ぎた。その隙を逃さず、黒剣がステッキを払う。その一振りで、真空波が彼を襲った。
地狼が、ユーナをソレアードのそばから引き離す。マルドギールを拾い上げることすら許されず、ユーナは地狼の背に放られた。
「アルタクス!」
非難の声は、聞き入れられなかった。そのまま盾士の近くにユーナを下ろす。
空いた場所へ、片腕となったシリウスが入っていた。ソレアードの一撃は重いため、片腕では受け止められない。シリウスはひたすら受け流す形で、剣を交わす。
アシュアは
「――
真空波を、度重ねて受けている
「シリウスも、長くはもちません」
淡々と口にしたのは、ユーナだった。
本来前衛として、自身の攻撃によって相手の攻撃を受け止めたり受け流すスタイルの剣士である。片手剣では軽すぎ、すべて受け流していくしかない。まして、今は片手である。動きにくいどころではないだろう。攻撃に転じる余裕などない。すぐに、その歪みが生まれる。
ユーナは、そばに立つ地狼を見た。駆け出さない彼に、一応、訊いてみる。
「ねえ」
【――ここにいる】
最後まで訊かせてもくれなかった地狼を、ユーナは抱きしめた。抱き心地は最悪である。血塗れ、傷だらけ、毛並みもボロボロで。あとで、きれいにしてあげなくてはと、思った。
『もし、わたしたちでダメだったら――』
パーティーチャットで、ユーナの声が伝わっていく。
その静かな声音に、誰もが覚悟を決めた。息を呑む音が、重なっていたかもしれない。
少し、逡巡する間が空き……ユーナが、アルタクスから離れる。そして、アシュアへと振り向いた。
『――みんなで、逃げましょう!』
ユーナは微笑みさえ浮かべ、明るく弾んだ声を響かせた。
ことばを理解するような一瞬のあと、アシュアはただ、うなずく。泣きそうなほどに、青い目を潤ませて。
「くっ……」
「何がおかしい!?」
「いや、悪い。マジこっちの話」
シリウスには、つい、先ほどまで悲壮なまでの死の覚悟があった。今も覚悟している。だが、もう、悲壮とは言いがたい。
誰かが生き延びればいい、ではなく、みんなで生き延びればいいのだ。
死を求める者には、最大の反抗だろう。
片手剣は、使い勝手が悪かった。左手を支えにできないので、斬り込んでも簡単に弾かれる。まして、相手は二刀流状態だ。にわかだろうに、なかなかうまく使っている。そんなふうに今なら思えた。自分も負けてはいられない。両手剣の使い方では、通用するはずもない。動きを変えなければ――。
剣士の動きの変化に、となりで戦う不死伯爵もすぐ気づいた。
力ではなく、速さで戦う。軽さが売りの片手剣に相応しい手数に、またひとつ、不死王ソレアードに斬り傷が増える。疾風の加護が、良い方向に働いていた。あちらが一撃を受け流し、即、もう一撃、斬り込んでいく。力が過度に入らず、良い形で流れていた。
故なき恨みを受け、対価に命を求められて。
それでも彼女はまっすぐ生へと心を向けている。
刺し違えてでも、という自身の覚悟を嘲笑うように。
誰一人として失う気がない、その声音に……
少しずつ、不死王ソレアードのHPが削られていく。色が、赤に近づく。
『ほんっとさあ……何か、いろいろ台無しなんだけど』
『え、だ、ダメかな……?』
深々と息を吐いて文句を言うフィニア・フィニスに、ユーナは焦るように問う。いつものように、フィニア・フィニスは愛らしく微笑んだ。
『いや? いいじゃね?
んじゃ、一発ぶちかますか!』
フィニア・フィニスが
ユーナは地狼に向き合う。手首を交差させ、生まれた翼とともに誓句を紡ぐ。
「
彼女の瞳と同じ、紫光の召喚陣がふたりを包み込んだ。
そして、少女は目覚める。
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