第48話 従魔使い

「え、わたし、まだ従魔使いテイマーじゃないんですか?」

「厳密に言うと、従魔使いテイマーであるとも言えるし、従魔使いテイマーではないとも言えるということだな」


 アニマリートのことばに質問を返すユーナに、イグニスは肩をすくめてみせた。

 職業で言う従魔使いテイマーと、スキルを有しているのみの従魔使いテイマーには、大きな隔たりがあるという。

 それは、スキルの有無が職業に直接結びつかない、幻界ヴェルト・ラーイのシステムの話だった。アシュアが神官であり、ペルソナが魔術師であるように、当該スキルを持った上に職に就いた者は、義務を負う代わりに所属している機関から支援を受けることができる。その機関はもちろん、神官の場合は神殿であり、魔術師の場合は魔術師ギルドであり、従魔使いテイマーの場合はテイマーズギルドである。

 アニマリートが望むのはもちろん、テイマーズギルド所属の従魔使いテイマーとなることだった。


「テイマーズギルドに所属する従魔使いテイマー従魔シムレースは、無条件で従魔の印章シグヌムが得られるの。どの町や村にも、従魔使いテイマーと一緒なら入れるようになるのよ。まあ、宿代は従魔シムレース分、余計に取られることもあるかも」


 所属していない従魔使いテイマーが、自身の従魔シムレース従魔の印章シグヌムを得る場合には、1体につき大銀貨1枚が必要だという。

 他の利点メリットと言えば、従魔シムレースについて相談しやすかったり、各地のテイマーズギルドで訓練を受けて熟練度を上げたり、銀5枚を支払うことで相性の良さそうな従魔シムレース候補と顔合わせをさせてくれることなどが挙げられるそうだ。ただ、従魔使いテイマーの数が少ないため、各地のテイマーズギルドで駐在する従魔使いテイマーも一人か二人程度なので、実際に訓練場所が無料で借りられる程度だったり、銀5枚も支払うのにあくまで顔合わせだけで、テイムできるかどうかは不明だったりする……との説明に、ユーナは判断に迷った。

 最初の従魔の印章シグヌムだけでは、動機として弱すぎる気がしなくもない。

 それにしても、フィニア・フィニスの言っていた話はどこにいったのだろう。当然小金貨2枚という大金が財布には入っていないユーナは、恐る恐るたずねた。


「あの、小金貨2枚でっていうのは……?」

「それは、『テイム』スキルを持っていない子の場合ね。最初だけは従魔シムレースを得られるまで付き合うから、そのお値段なの」


 アニマリートのあまりのひどい説明っぷりに、イグニスは片手で顔を覆い、声もなく嘆いていた。深い深い溜息をついたあと、ようやく口を開く。


「アニマ……その話だと、従魔シムレースは外で待たせておけばいいし、他のギルドでも訓練場程度貸すだろうし、これ以上従魔シムレースがほしくない場合にはもうメリットがないぞ……」

「あ」


 何となく、テイマーズギルド所属の従魔使いテイマーが少ない理由がわかった。

 ユーナは指摘しないように、そっと視線を泳がせる。アルタクスが冷たくこちらを見ていたが、そこは視線を合わせないのが大事である。


「だって、誘魔香ラズーズ・アラマートとか幻魔香ヴィッド・アラマートとかあんまり売りたくないし……あ、野宿でのごはんづくりならグラースが教えられるかも! アルタクスと一緒に食べたらなかよくなれるんじゃない?」


 ごはんづくりも気になるが、ユーナは「アラマートって?」と首をかしげた。

 イグニスが丁寧に教えてくれる。

 テイムしたい魔物を引き寄せるための薬香が誘魔香ラズーズ・アラマートで、幻魔香ヴィッド・アラマートは魔物の本性を失わせることで無理やり従魔シムレースにする確率を高める薬香である。誘魔香のほうは複数の魔物をおびき寄せてしまう危険性があり、幻魔香を用いて賢い魔物をテイムしてしまった場合、切らすと従魔シムレースが主に牙を剥くこともあるという。確かに、聞くからに欲しくない代物である。

 その他にも、魔除けの薬香などは格安で譲ることができるそうだが、商店でも普通に買えると付け加えていた。正直なひとたちだ。


「えーっと、デメリットって、どういうものがあるんですか?」


 メリットについて言及するのはこれ以上避けておいて、あきらかにデメリットであると言うものが何なのかをユーナは問うた。


「どこの所属でも同じなんだけど、加入する際、銀1枚が必要ね。あと、所属先からの緊急依頼とか、長からの指名依頼を断り続けたり、加入後、所属先の依頼を一定数こなさないでいると除名になるのも同じ。テイマーズギルドうちの場合、もう一つ義務があって……従魔シムレースの生態記録を、従魔使いテイマーの能力記録ごと報告しなくちゃいけないの」


 報告自体は記録水晶という宝珠に手を翳すだけだが、テイマーズギルドのある町村に立ち寄る度に行う必要がある。また、その情報はテイマーズギルド間で共有される。「悪用することはない」という契約にはなっているが、記録を取られることに忌避がある人には向かない。


「あと、従魔使いテイマーが行方不明になったはぐれ従魔シムレースや、不要と判断された従魔シムレースはテイマーズギルドのあずかりとなる。主が引き取りに来れば、手数料として銀1枚と引き換えに従魔シムレースは戻される。身内に後継者がいる場合、そのまま引き継がれることも多いが……新たな主を探したり、従魔シムレースの研究機関が引き取ることもある」

「私がいる間はぜーったい研究機関あんなとこには渡さない!」

「期待しよう。

 さて、大まかな説明ではあるが、以上だ。何か質問は?」


 イグニスに問い返され、ユーナは首を振った。

 アニマリートは身を乗り出して言いつのる。


「私がギルドマスターを引き受けているのは、従魔使いテイマー従魔シムレースとより良い関係を築ける、お手伝いがしたいっていうのがひとつと……従魔使いテイマー従魔シムレースが不遇な扱いを受けないで済むように、緩衝材になりたいって思っているの。

 ユーナみたいに、自分でテイムを身につける従魔使いテイマーは、本当に希少で……従魔使いテイマーとしての適性としては素晴らしいと思う。これから、多くの従魔シムレースがあなたと行動を共にしたいと願うでしょう。

 その力を、貸してもらえないかな?」


 正直、ギルドに所属することの重さがよくわからなかった。

 従魔シムレースに対する愛情も、アニマリートを見ていると、自分にはまだまだ欠けていると思う。

 ただ、間違いなくはっきりしていることもあった。


 見下ろせば、漆黒の仔狼はユーナの足元で寝そべっている。

 今はまだ、その毛並みは足に触れてはいなくて、微妙な距離を保っていた。


 アルタクスと、良い関係を築いていきたい。

 その道しるべを示してくれた、アニマリート彼女の求めに応えたい。


 ユーナは頷いた。


「はい、よろしくお願いします」

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