第44話 道は違えど

 行く先の魔物は見かけるたびにアルタクスが殲滅したので、ふたりは思ったよりも早くアンファングの街壁を見ることができた。

 まさに、何の障害もない。

 何故か、アンファングからこちらへ向かう旅行者プレイヤーの姿もなく、アルタクスが通常の魔物と間違われて襲われるということもなかった。

 門が見えた時、その理由がはっきりした。


 閉まっている。


 まだ明るいにも関わらず、大門と小門で構成されている街壁の門はどちらも閉ざされていたのだ。門番すらいない。


「何だよ。入れないじゃんかよ……」


 未だに息切れしているフィニア・フィニスが毒づいた。

 先ほどまで前を進んでいたアルタクスだったが、門には近づかず、後退して背後をうろついている。ユーナとフィニア・フィニスは小門へと向かった。夜であっても、手数料はかかるが、入れるはずの門である。

 フィニア・フィニスが動くほうの手でノッカーのような金属の金具を打ち付ける。バンバンという音に、すぐ応えがあった。小門の上部にある木戸が薄く開かれたのだ。


「旅の者か?」

「怪我をしてて……逃げてきたんだ」


 門番だろう。男の声が問う。フィニア・フィニスはよわよわしく答えた。先ほどまでのただ疲れているだけの様子とは違って、ユーナはおどろく。フィニア・フィニスの左腕が見えたのか、すぐに小門が開かれた。


「例の魔獣だな!? 入れ! 誰か、神殿へ連れて行ってやれ!」


 すぐさま中へと促し、大声で指示を出している。

 フィニア・フィニスが門をくぐると、すぐに小門が閉まりかける。あわてて、フィニア・フィニスは声を上げた。


「つ、連れがいるんだけど!」

「連れだと?」


 木戸からは見えなかったようだ。閉まりかかった小門が一旦動きを止め、中から門番が姿を見せる。少し離れたところにいるユーナのほうを見て、息を呑んだ。


「お、おまえ、それはいったい……!?」


 視線はユーナの後方、黒い仔狼に向けられていた。

 黒い毛並みは、暑さの中で、よりべったりしているように見える。蒼い双眸は理知的というか敵対的に門番を見つめているようだった。そこ、うならない。

 頭の上には青い文字で名が記されているため、見てもらえばわかると思ったが、そう安易でもないようだ。


「えーっと……従魔シムレースです。街道でテイムしました」


 一応、と内心で付け加える。


「うなってるじゃないか!」

「うならないの、アルタクス!」


 至極当然の指摘に、ユーナも注意をする。が、アルタクスはうなるのをやめない。

 門番は首を振った。


「ダメだな。躾のなってない従魔シムレースは町へ入れられない。今のアンファングで黒い魔獣が徘徊するなんて、町中が大混乱しかねんしな。おまえだけならかまわんが、どうする?」


 従魔シムレースを外に置いておいていいものかどうかが、そもそもわからない。

 迷う様子を見せるユーナを見て、フィニア・フィニスが門番に尋ねた。


「どうして、門が閉まってるんだ? まだ明るいのに」

「エネロまでの街道に魔獣が出るのは知ってるだろう?」

「ああ、それにやられたから」

「助かったのか……運がいいな。アンファングから出たばかりの旅の者が、多く神殿帰りしている。この一月で両手ではきかない。討伐依頼は多く出していたが誰も完遂できなかったために、いよいよ聖騎士が大神殿から派遣され、討伐隊が組まれることになったんだ。被害をこれ以上増やさぬよう、門を閉じて待てという通達が出ている」


 それじゃないの……?

 フィニア・フィニスとユーナの視線がアルタクスに注がれる。

 仔狼アルタクスは、うなるのはやめていたが、小門のことなどおかまいなしに、近くにいた小さなグラス・ラビットを仕留めていた。


「出入り禁止措置は十日を予定している。レベル十五以上であれば、討伐隊に同行を許されるらしいが、参加しない者に対してはその間、アンファングの各ギルドが様々な特殊依頼を発しているはずだ」


 で、どうするんだ?と門番に問われ、ユーナは顔色が悪くなっているように見えるフィニア・フィニスをうながした。


「わたしのことはいいから、早く神殿へ行かないと。その怪我、かなり酷いし」

「うん……あのさ、テイマーズギルドに行くといいよ。あれは街壁の外側にも入口があるって言ってたから、きっと対応してくれる」


 てっきり、町の中にあるとばかり思っていた。

 フィニア・フィニスの提案に、ありがたくうなずく。


「ありがとう。行ってみるね」

「じゃあ、閉めるぞ」


 小門が閉まり、閂が掛かる音が響いた。

 日が傾いている。時間に余裕がなさそうだと察して、ユーナは戦利品ドロップを拾い上げてから街壁に沿って歩き出す。早足の彼女をあっさり追い抜いて、アルタクスが走り出した。今度はグラス・ワームを叩いている。


「アルタクス、急ぐから」


 その瞬間、画面端、自分の名前のとなりの数値が一つ上がった。

 17。

 何もしていないのにレベルアップしてしまい、ユーナの顔がひきつる。こちらを見るアルタクスのまなざしが、もの言いたげに感じた。


「……急ぐからね!」


 念押ししたら、少しはわかったのだろうか。

 その後、アルタクスは戦闘はせず、ただ、ユーナの前を歩くのみだった。




 町を囲う街壁は石造りだったが、高さはエネロの塀と変わらなかった。

 ただ、始まりの町なだけあって、相当大きい。街壁に沿って歩いていたが、東門に辿りつくまでにかなりの時間を要した。今度は素通りして、更に北へと向かう。北に向かうにつれて、石組が古めかしく見えてくる。南のほうへ拡張していったのかもしれない。ところどころヒビの入っている石も見かけた。

 その街壁の途中、木製の柵との切り替わる位置に、小門と建物があった。柵は建物の向こうにも続いているように見える。小門には獅子の紋章が描かれていて、テイマーズギルドらしさが見えた。

 金具を手に取り、打ちつける。



 ……返事がない。



 ユーナの顔色が変わった。このまま夜明かしは危険すぎる。

 再度、金具を打ちつける。



 ……しかし、やはり返事はなかった。



 北東のテイマーズギルドの辺りはもう薄暗い。まもなく閉門の鐘が鳴るだろう。

 暑さでべとついていた身体が、急激に日が陰ってきたことと動きを止めたことで冷えてくる。


 このまま、夜明かし?


 野宿の準備など何もしていない。

 気持ちも体も冷えてきて、ユーナは小さく身震いした。


 その時。


 ――ゥオォォォォォォン……!


 すぐ隣で。

 アルタクスは、その小さな体躯からは想像もつかない大きな遠吠えを辺り一面に響かせた。

 小門が即、開かれる。


「えっ、何!?」


 一房だけ下ろした赤毛が揺れる。

 薄闇にも見事な色合いに目を奪われていると、相手の紅玉がユーナを捉えた。


「お客さん?」

「あ、すみません。ちょっと相談したいことがあって……」

「やだ、森狼フォレスト・ウルフの幼生じゃないのー!!!!!」


 小門から飛び出し、仔狼に向けて両手を広げる。対して、アルタクスは後ろへと跳躍し、飛びかかろうとしてきた彼女を難なく避けた。


「アルタクスっていうの? かわいー!!!!!」


 まったく懲りずに、女性は更に飛びかかっていく。その度に仔狼は華麗に避けていた。

 しばしの追いかけっこをユーナはながめていたが、そこで閉門の鐘が鳴り響いた。


「あ、あの!」

「やだー! 閉門しなくちゃ! ほら入って入って!」


 赤毛の女性はユーナを小門の中へ追い立てる。しかし、アルタクスは門の外で動かない。


「まだ従魔シムレースになったばかりっぽいわねえ。なら仕方ないかな。あなたの主は預かったから、ちゃんとその辺にいなさい。いーい?」


 赤毛の女性の言い放ったことばに、アルタクスはうなりを上げた。反応があるということは、ことばの意味はわかっているようだ。

 彼女はぱたぱたと手を振った。


「取って食ったりしないからだいじょーぶ。返してほしいならいい子でね」


 そして無情に小門を閉める。閂までしっかりと掛けられた。

 ユーナと向き合い、にっこり笑い、彼女は名乗った。


「テイマーズギルド、アンファング支部へようこそ! 私はアニマリート、気軽にアニマって呼んでね」

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