第343話 鏡の中のわたし


 列に戻ってすぐ、開場時間が早まるというアナウンスが流れた。緊張が走る中、あまり待たずに入場が開始され、列が動き出す。既に、この時点からゲーム・ミュージックが遠くから鳴り響いていた。メーカーもジャンルもいろいろ混ざっているところが、ゲームショウらしさを出している。

 空港での搭乗ゲートのようなものをくぐると、広々としたホールに出た。くぐもって聞こえていた音が、開放された空間で広がっている。パッと見ただけでも、よく知られたゲームメーカーが多々看板を連ねていた。巨大なタペストリーが天井から下げられていたり、マスコットキャラクターの風船が浮いていたり、何十と準備された試遊台はもちろん、撮影スポットまで用意されていたりと、その素晴らしい光景は瞬時に結名を魅了した。

 そこかしこのブースにはゲームタイトルが巨大なスクリーンに映し出され、ゲームキャラクターを模したコスプレ姿のコンパニオンが待ち構えているようすに目を奪われた。誰もが見目麗しく微笑み、手を振っている。まさか手を振り返すこともできず、結名はついつい会釈を返しつつ通りすぎていく。

 次々と移り変わるブースの音楽の波の中、思う場所へと向かう参加者たちの群れ。自分たちもまたそのひとりとなりながら、先を行く柊子アシュアの後を追う。先行入場の恩恵により、まだそれほど客足は多くない。


「まずは幻界ヴェルト・ラーイだよね」

「集合は10分前って書いてあるしな。移動してたらそれくらいになるんじゃないか?」


 整理券本体はリストバンドだが、案内の用紙は別途プリントアウトしたものを渡されている。皓星はその案内をながめつつ、ブロックの名称の看板を確認しているようだ。案内を失くしてもその時間に向かえば問題ないのだが、チラシ的なものがなければ、やはり自分の順番を忘れてしまうのだろうなと、結名は容易に想像がついた。

 同じ建物の中でも、これほど広大なホールである、目的地に迷わずたどりつける自信もない。あちこち見たい気持ちもあるが、すべて後回しだ。


仮想現実VRじゃなくて複合現実MRだし、戦い方とかどうなるのかなあ」

「ユーナの場合、従魔シムレースを喚べたらいちばんいいよな」

「でも、フライヤーに載ってたの、召喚獣だよね」


 案内の用紙には、昨日スマホでも確認した、通路前での虹彩確認しか注意事項として書かれていなかった。親切なことに、自分のキャラクターを表示させたくない場合には、サングラスを貸与してくれるそうだ。


「今のあたしだと、ソルシエールの服装ってあんまり似合わないかも」


 芽衣ソルシエールは自身のツインテールの片方を指先で弄びつつ、小さく息をつく。

 白ベースのゴスロリ服を上品に着こなした姿に、結名ユーナ幻界ヴェルト・ラーイの彼女を重ねる。


「ツインテールに巫女装束……アリじゃない?」

「ソルシエールさんの結び方、かなり下のほうですからね。じゅうぶんアリだと思いますよ」


 にこやかに日和エスタトゥーアが同意すると、芽衣ソルシエールは照れたように笑った。


「そ、そうですか? あ、ユーナはそのまんまだったりするの?」

「ログアウトした時の格好らしいから……似てると言えば似てるかなあ。ここまで腕、出てないけど」


 コスプレの衣装の形は、初めてエスタトゥーアたちと出逢った時のものを模している。よって、時期的に涼しげなものになっていた。


「ペルソナさん、思いっきりバレバレですけど……いいんですか?」

「この面子なら今さらだろう?」


 紅蓮の仮面を被った時点で、幻界における何者なのかが、いちばんはっきりとわかる紅蓮の魔術師ペルソナである。拓海シャンレンはリアルばれではなく、現地にいるその他の観客ギャラリーへのキャラばれのほうを心配してたずねたのだが、本人は至って気にしていないようだった。


「何だかユーナとかエスタを見てるとさ、弓が肩にないのが不安になるんだよね」

「あー、わかる。術杖持ってないから丸腰だしな」


 日常生活では普通皆さん丸腰ですから、と自分のことは棚に上げて、拓海は苦笑した。


「あ、でも、ペルソナさん杖なくったって詠唱いけますよね?」

「魔術師ならみんなそうだろ……」


 聞こえた会話に魔蟻フォルミーカクエストを思い出しつつ結名ユーナが口を挟むと、さも当然と言わんばかりに真尋ペルソナが答えた。芽衣ソルシエールの表情がひきつった。


「……雷の矢グロム・ヴェロスなら、微調整までいけると思うんですけど」

「詠唱短縮が使えないってことはないと思うがな。魔術師が軒並み術式マギア・ラティオの詠唱失敗で不発なんて、バージョンアップ後のイベントにふさわしくないだろう?」


 むしろアンテステリオンにたどりつくまではそれが日常だったわけだが、今となっては術杖に術式刻印を彫る形式が一般的となっている。彫る際には見本が視界に表示されるため、詠唱としての術式マギア・ラティオをおぼえていないというプレイヤーがいても、まったくおかしくはない。


術式マギア・ラティオならまだいいじゃないの。私なんて、祈りよ? どうやって思考伝えるのよ……」


 両手で命の聖印を刻むようすは慣れたものだが、柊子アシュアの心配もごもっともだった。VRではシステムがすべてを読み取ってくれるが、MRでは別途センサーが必要となる。まして、外部に設置されたセンサーで思考などというものを読み取り即座に発動させることなどできるはずもない。

 それでもなおMRとして、このゲーム……ドゥジオン・エレイムが存在するのだから、何らかの工夫はあるはずだ。VRに代わる、代替的なもの。


 その答えは、もうすぐそこで待っていた。






「ようこそ、幻界ヴェルト・ラーイへ!」


 実際の大神殿の神官たちに比べると、愛想の良すぎる女神官コンパニオンが結名たちを出迎えた。転送門のオブジェがどーんと撮影スポット的に目立っていた。形的には王都のもののようだ。その背後に入らないように工夫したかのように巨大なスクリーンが複数枚設置され、PVが大音量で流されていた。見知った王都イウリオスの光景に、結名は目を細める。つい昨日も、そこにいたのだ。

 幻界ヴェルト・ラーイのブース正面で、さっそく彼女たちからノベルティを手渡された。何とおどろきの大銀貨一枚だ。とは言え、実際はそれを模した紙製のコースターである。記憶の中にある大銀貨よりも大きく、端に幻界のロゴとメーカー名が刻まれている。裏にはQRコードがついており、公式サイトにログインした状態でサイトを開くと、一人につき一回だけくじが引けるそうだ。当たれば大銀貨一枚が財布の中へ送付されるらしい。いきなり大金持ちになれるチャンスだが、確率は千分の一とかなり絞られているとのことだった。

 衛兵の姿をした男性コンパニオンは、本当にマールトに立っていた衛兵そっくりだった。

 その手には槍を持……っているわけではなく、精巧に作られた市民門の両側に描き加えられていた。その前で、さも槍を持っているかのように衛兵は立っているのだ。ただ、単なる絵柄だけではない。立体映像3Dとしてそこに投影させているのである。近づくごとにその精巧さがよく見えた。


長物ながものは持ち込み禁止ですからね」


 日和エスタトゥーアは一目でわざわざ立体映像化している理由を見破った。コスプレイヤーらしき観察眼である。


「あの槍があると、すっごく衛兵っぽいですよね」


 逆になければ、衛兵らしさが失われる気もする。

 結名がその立体映像へと目を凝らしていると、唐突に門の奥へと明かりが灯った。その色合いは、まさに魔力光セヘル・フォスそのもので、自身の鼓動が一際大きく感じられた。口元がゆるんでしまう。


「どうぞ、お進み下さい」


 イケメンすぎる衛兵コンパニオンが笑顔で奥へとうながす。

 結名は釣られて笑みを返した。その襟の裏がくっと持ち上げられる。


「ほら、行くぞ」


 アルタクスじゃあるまいし、と思いながら、皓星に釣られるままに結名は進んだ。おもむろに通路へと出される。

 闘技場の中の通路と思しき意匠モチーフが、なつかしい。

 その視界に、黒一色の人影が映る。腰に佩いた剣は見慣れたもので、ただ、その持ち主が……シリウスではなく、皓星だった。眼鏡を掛けた剣士は、見慣れた笑みを浮かべた。そして、先へと進む。


 ――両側がただの舞台背景セットではなく、スクリーンであると知っていたはずなのに。

 実際にその姿を目の当たりにすると、幻界ヴェルト・ラーイこの世界現実と重なって。

 興奮しすぎでくらくらしそう、と、既に興奮しまくっている頭を振ると、自分の姿もまた視野に入った。認識したとたん、影が、増える。


 黒い毛並み。

 銀糸の外套。

 朱金の鳥。


 の周囲へと、当然の如く付き従う従魔シムレースの姿に。

 その場で立ち止まり、結名ユーナは口元を手で覆い……その紫の瞳を、潤ませた。

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