第355話 我が主に、すべてを
視界にショートカットを呼び出し、そのタイミングを待つ。今、またホルドルディールは大きく
一人佇む彼女の傍に、交易商が近づく。その立ち位置には、
柊子は視線をホルドルディールから外さず、言い放つ。
「――身を挺して守ったら、怒るわよ」
「あなたを守らないと、この次勝てませんから」
ただ事実を告げることばには、条件が含まれていなかった。
「
「お褒めに与り光栄です」
見えないと知りながらも、
彼が立つ位置からも、遠くで、仮面の魔術師が軽く頭を振り、術杖をかまえたのが見えた。一角獣の要とも言うべき双璧は、お互いにどう在るべきかをよくわかっている。その一瞬をつかむために、交易商もまた静かに
心底嬉しそうな声音に、言うだけ無駄だと柊子は悟った。
自分が望む結果を得るためなら、何でもする……そういう相手だと、現実でも思い知ったではないか。
そして、よく似た行動パターンを思い出した。
身近にいる。あの。
――似た者同士じゃない?
戦闘とはまったく関係のない思考の中へと、銀色の閃光が疾った。
「来たれ
砕け散る聖域結界から、その銀色の球は跳ねていく。その勢いは大きく柊子の、拓海の頭上を越えた。行先を悟り、
光の神術陣は、双子姫の眼前に構築された。しかし、それすらも打ち砕いてホルドルディールは迫る。
回転するホルドルディールに対し、その滑り込んだ刃は鱗甲板を抉り取るように動いた。割るように赤の線が引かれ、金属音が散る。
双子姫の力が、刃を強く前へと押し出した。それは彼女たちの足元近くへと投げ出され、大地を穿つ。凹んだ地面の中央で、獣形態へと球はほどかれていく。
その双子姫の腕も、無事とは言い難かった。鱗甲板とこすれ合った両手の甲や腕は傷だらけとなり、一際大きな裂傷からは内部の構成物が見え始めている。彼女たちに痛覚はない。それでも「いつもとちがう」感覚が、その感触が、ふたりに嫌悪感を抱かせる材料としては十分だった。
それでも戦意を失うことなく、双子姫は互いに武器をかまえる。
その傷が、光を帯びた。
だが……そんな光景を、例え夢だとしても、見たくない。
言えないことばが胸にわだかまる。彼女の心の音は届かない。この
「戦え」と。
だから、彼女はそっと
「ルーキス、オルトゥス、よくがんばった!」
いつもよりも低い声音で、誇らしげに彼は双子姫を褒め称えた。
陥没しているように見えるだけの床へと、迷わず走り込む。ホルドルディールの背後に回った奏多は、その手首を返して叫んだ。
「――
最強の、剣士へと。
ホルドルディールのターゲットを受け渡すために。
黒い靄が形を成す。
深いため息を吐きながら、不死伯爵は主の下へと還った。ダメージは大きく、彼であってもその数値をやや黄色に染めるほどだ。その身体を支えようと、
だいじょうぶだよ、と口にしながら、本当にだいじょうぶかなんてわからなかった。
成否を問うより前に、試しようもないことだったからだ。
今まで、自分にその選択肢はなかった。ただ、いつも委ねてきた。
信頼できる
この手が、この足が、どんなふうに動いて敵を屠ってきたのかを知っていても、それが自分の意思によるものではなく。
本能で戦いに挑む魔狼や、経験によって剣を振るう
レベルが足りない、という制限が、今回は存在しない。
それは、彼らに自分を預けることができない事実を意味していた。
嘆きの音が聞こえる。崩壊の兆しがわかる。それを敗北で終わらせないために、戦わなければならない。
不安だった。
それは、唇から零れ落ちた。
「いいのかな……」
その声音に、深紅のまなざしは笑みを浮かべた。
「以前、お伝えしなかったか?」
心配げな紫色のまなざしを受け、彼は跪く。
触れられない指先にではなく、更に、深く頭を下げて。
「――私のすべては、貴女のものだ」
その唇が、爪先へと落ちる――。
結名は黙って彼の成そうとすることを見守れなかった。即座に両手で翼を形作り、視界に浮かぶスキルの選択表示をなぞるように……彼女はその誓句を口にした。
「
召喚陣が広がる。不死伯爵が光に融けた。いつもなら自分がバラバラになるような感覚があるが、今回は何もない。ただ、手が、服が、流れる髪の色合いが、変化していく。
装備の変更を、ウィンドウが問う。
結名は紅のまなざしで選んだ。今、この身体が必要としているものは炎ではなく――一振りの魔剣、だった。
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