第361話 すばらしい出逢いに感謝を
「――停電?」
その場に立ち止まり、結名は周囲を見回した。明かりの落ちたアリーナには、
不意に、
視界は明るさを取り戻したが、やはり従魔たちはいない。双子姫の姿も見えなかった。夢が覚めてしまったことを寂しく感じる。
まだ、身体はこんなに熱いのに。
少し離れたあたりで、皓星が立ち上がったのが見えた。
結名は自身の放り投げた魔術具を拾い上げ、少し小走りに駆け寄る。
「だいじょうぶ?」
「もう何だか筋肉痛っぽいけど……まあ、何とか」
そう言って手首から魔術具をぶらさげ、身体のあちこちをストレッチのように伸ばしている。「いたた」と腰に手をやるあたりで、現実と幻界のギャップがすごい。やはり、VRで楽しむほうが身のためのようだ。
「運動不足がたたるわね」
「如何にステータスが動きに影響しているかがわかったな」
「ヒールで来るんじゃなかったって思いました」
「右腕だけ筋肉痛になりそう……」
「私もきつかったよー。全然動かなかったよね、身体!」
「魔術具ですから、やっぱりVRとはちがいますしね」
「あなた、どう見ても商人の動きじゃなかったですよ?」
「あはは」
九人が、今また、そろう。
――attention
なぜか、
結名は、彼女を知っていた。
全員が目を大きく見開く中、耳元から音声が流れる。
『――あなたたちの戦いぶり、すばらしいものでした。命の神の祝福を受けし者よ』
その、頭上にはID表示も名前もない。
『
――今、迎えが来ます。さあ、急いで荷物をまとめて下さい。時間がありません』
その少女はやわらかな笑みを浮かべ、白い指先を控室側へと向けた。あの重苦しい扉も何もなく、テーブルやロッカーが見え、あの鎖もすべてが映像だったと知る。
「迎え?」
おうむ返しにたずねた拓海へと、より一層笑みを深めてセリアはうなずいた。そして、あの時のように、優雅に一礼する。
『それではみなさま、ごきげんよう』
この場で彼女は名乗らなかった。その姿は声音が消えるのと同時に融けてしまう。あっけにとられる一同へと、颯一郎が最初に口を開いた。
「急ごう。只事じゃなさそうだ」
真っ先に身をひるがえす彼に続き、皆、歩き出す。
結名は一拍遅れた。もう一度アリーナを……今となってはただの衝立で仕切られた空間をながめ、寂しさを跳ねのけるように控室に急いだ。
「うぉっほん!」
迎え、とやらなのだろう。
「まずは、クエストクリアおめでとう、諸君!」
「あー、そうですね! おめでとうございます、みなさん」
満面の笑みで祝辞を述べるみっちーPに対して、今井ディレクターは少し迷ってから祝福した。確かに、彼らにとっては真っ暗闇の中での祝福だ。うれしいのだが複雑な心境になるのは誰も同じである。
「いや、まあ、気持ちはわかる。確かにこれは本物の停電だ。だが、皇海国際展示場は非常用電源がある。心配いらない。十分もすれば切り替わるだろう」
「あ、ほら、アナウンスですよ」
――皇海ゲームショウ主催運営よりお知らせします。現在、皇海国際展示場全館において、停電が発生しています。十分後、非常用電源に切り替わります。落ちついて、今しばらくそのままお待ち下さい。なお、怪我人等が発生した場合、お近くのスタッフまでお声がけ下さい。繰り返します――
電源が落ちているにも関わらず、館内の非常用放送は使えるらしい。
そのアナウンスに、ざわめきが少しだけ、やわらいだように感じた。
「――お待たせしました」
聞きおぼえのある声と。
みっちーPたちの後ろ、スタッフ専用出入口から現れたそのひとに、結名は息を呑む。
「たいへんご不自由、ご迷惑をおかけしております。本ゲームショウでは
早速ですが、スタッフ専用通路にてミニコンサート会場までご案内いたします。どうぞ、こちらへ」
スマホのライトを片手に、スタッフ専用出入口を示す。
その意図がつかめず、結名たちは困惑した。みっちーPは再度「うぉっほん」と咳払いをし、注目を集める。
「実は、このあと11時から奏多くんのミニコンサートでね。10時30分までにはコンサート会場のほうに戻ってもらわないといけないんだが、諸君の多大なる活躍により、今ドゥジオンはたいへんたいへんたいへん混雑しておるのだよ。
まあ、もともと私たちが彼をスタッフ専用通路からお連れする話になってたんだが、停電していると運営側のスタッフ証でないと開かない非常扉がいくつかあってね……」
「表もダメ、裏もダメ、というわけで、運営の方にお任せすることにしたそうです。いやあ、偶然ドゥジオンのホールにいて下さってよかった!」
結名たちは何となく、そこに恭隆がいたことはまったく偶然ではないのだろうなと思うわけだが、ここは言わぬが花である。
恭隆だけでなく、運営のふたりもスマホのライトを灯していた。結名たちは
それを足元に向けたまま、恭隆は奏多へと視線を向けた。
「ご案内しなければならないのは、名次奏多さんとその同行者の方と伺っていますが……」
「おお、そうだった。奏多くんのマネージャーの戸田さんは、外のようすが気になったらしくてホールに出てしまわれてね。今は現状のまま待機指示なので、こちら側に戻れなくなっているはずだ。戸田さんはこちら側で見つけ次第、スタッフの方に頼んで会場へ移動してもらうとしよう。
それでなんだが……本来なら、
取材陣ではなく、自分たちと聞き……結名は絶句した。いろいろついていけない。
みっちーPが胸を張ってとんでもないことを言い出したところで、今井ディレクターが説明した。名次奏多の存在が熱狂の対象であるのはもちろんだが、今回の試合を見てホールの熱気は最高潮に達していたこと。それにより、控室出入口には既に来場者が多数待ちかまえており、現時点でそちらから退場させることは危険だと判断したそうだ。
もともと今回、名次奏多と同じ試合に参加したプレイヤーには、お礼としてコンサートへ招待する手はずになっていたこともあり、そのまま名次奏多に同行してもらうことになったという。
そして、ミニコンサートはこの騒ぎを別の方向性へ向けるためにも、契約のためにも、必ず実施しなければならない。時間は予定より十分遅らせるそうだが、あまりゆとりはなさそうだ。
安全のために、
荷物をすべて持ち、スタッフ専用通路へと向かう。その際、みっちーPたちとは別れた。
「命の神の祝福を受けし勇士たちよ、また
「ご来場、ありがとうございました。引き続き、
笑顔と、向けられたことばに、
遠くて、近くて、どちらも自分が生きている場所。
それは「まぼろしの中で、生きよう」という、
結名は、幻界のロゴの入った紙バッグを、胸元に抱きしめた。中にはあの森狼のぬいぐるみがほんの少し、顔を出している。
「……ありがとうございます。わたし、
みっちーPは親指を立てて応え、一角獣の面々を見送った。
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