第338話 ニセモノとホンモノ

「え、メーア……と、ユーナ?」


 芽衣ソルシエールが愕然としてつぶやく。日和エスタトゥーア舞姫メーアのように身体を折っておなかを抱え、笑ってみせた。


「あははははっ! やったぁっ! 私もなかなか捨てたものじゃないね!」

「さ……エスタトゥーア、悪戯にもほどがあるんじゃないか?」

「そうですよ、エスタさん。そんなところまで見たら、メーア、卒倒しちゃうかも」


 真尋ペルソナは思わず本名を口にし掛け、あわてて幻界ヴェルト・ラーイでのキャラクターネームで呼ぶ。

 いくら自身のほうが年上でも、職場では先輩にあたる日和に対してタメ口をきいたことはない。この名で呼び合うあいだだけ、この場でならと、エスタトゥーアを意識しながら真尋ペルソナは文句を言った。視界でも現実でも、平たく言えば、まぎらわしい。

 一方で、結名ユーナの指摘はいつもの彼女らしくどこかピントがずれていた。そもそもメーアのコスプレ、という時点で、いくら顔を知られているとは言え、縁もゆかりもない人物がコスプレするとは思わない。メーア自身を知る者ならば、まず「本人」だろうと憶測を立てるだろう。それは、結名ユーナに対しても同じことだった。


「メーアをおどろかせるというのが目的なら、大成功するだろうな。それにしても……」


 真尋ペルソナは肩をすくめ、次いでその紫に染まった瞳を見つめる。当然、カラーコンタクトだ。本来のユーナの紫水晶の瞳とは程遠く、作り物めいた色合いが恥ずかしそうに返された。

 それでも、やはり。

 自身に与えられた印象が、幻界の従魔使いユーナと重なる。髪の色、瞳の色、そして服装。ただ、異なる部分もあった。

 視線が落ちる。


「師匠?」


 冷たい声音に、びくりと肩がふるえた。

 ちょうどいい、と芽衣ソルシエールのほうへ向いたものの、声音だけでなく、そのまなざしまでも冷たい。


「……目に入ったんだから仕方ないだろ」

「ゴミですか?」


 首を傾げる結名ユーナの腕へ、くすくす笑いながら日和エスタトゥーアが自身の腕をからめた。


「まあ、仕方がありませんね。ところで……アシュアたちは? まだ戻っていないようですが」

「受付で待ってるそうです」

「受付で?」


 己の技術が男性にも通用していると確認できた日和エスタトゥーアは、にこやかに話を流した。そして、周囲を見回し、芽衣ソルシエールのことばをおうむ返しにする。

 芽衣ソルシエールはうなずいて、視線を真尋ペルソナに向けた。内容が内容だけに、真尋ペルソナもまたことばを濁す。


「とにかく、急いだほうがいい。もう行けるのか?」

「あれ? エスタさん、お荷物は?」


 荷物持ちの報酬として招待チケットを一枚融通してもらった芽衣ソルシエールである。しかし、あの一般列からコスプレ受付までしかキャリーを運んでいないのだ。今日は一日、大事に大事に日和エスタトゥーアのキャリーケースを守るつもりだった。

 その当の本人は、手ぶらの両手を広げ、微笑む。


「クロークに預けました♪」

「――えええっ!?」

「あ、チケットはそのまま使って下さいね。他に使う予定もありませんし」


 驚愕の声を上げる芽衣ソルシエールの耳元に手を近づけ筒を作り、そっとささやく。横流しの横流しなので、大きな声では言えない。その背中を見て、真尋ペルソナは納得した。カラフルな帯の下に、舞姫メーアと同じく道具袋インベントリならぬウェストポーチを仕込んでいるのを見つけたのだ。これならパッと見は手ぶらに見える。


「さて、急ぎましょうか。思ったよりも時間がかかってしまいましたし」

「すごく早かった気がしますけど」

「わたくしは10分くらいで仕上げるつもりだったんですけどね」


 結名ユーナをうながすと、紫色の目は意外そうに見開いた。日和エスタトゥーアが鈴の裏に隠した腕時計で実際の時間を見せると、さすがの結名ユーナも血相が変わった。思ったよりも更衣室で長居していたようだ。


「で、受付はどちらでしょうか?」

「あっちだ」


 真尋ペルソナが先に立って歩き出す。その後ろから、すぐに芽衣ソルシエールが追い付いてとなりに並んだ。ふたりで芽衣ソルシエールの持つスマホに視線を落とし、指先で画面をスワイプしながら進む。


「雨降って地固まる、でしょうか」

「雨降らせたの、エスタさんですよね?」


 うれしそうに、小声で日和エスタトゥーア結名ユーナにささやいた。批判でも非難でもなく、ただ彼女ユーナはありのままの事実を口にする。その時、舞姫メーア然としていた顔つきが、本来の日和エスタトゥーアのものに戻った。


「麗しい師弟愛が、幻界ヴェルト・ラーイのみで帰結するものでしたら、わたくしもおせっかいはしなかったんですが……見ていられなかったので」


 そのことばの深さを察することなく、結名ユーナは破顔した。

 自身が皓星シリウスと、拓海シャンレンと、柊子アシュアと、幻界ヴェルト・ラーイ現実リアルで話をした時に、どんな気持ちになったのかを改めて思い出して。


「やっぱり、黙っていられないですよね。だって――そこにいるんだし……」


 土屋グランドと対峙した時は、ゲームの中での人間関係が、現実に続くことが怖かった。

 自身の誤った選択が元凶で、自分が傷ついただけではなく、多くのひとたちに迷惑や心配をかけた。

 どちらも、同じ心が行動を起こさせるのだ。

 現実に、幻界ゲームのプレイヤーがいる。知ってしまえば、見て見ぬふりはできない……。

 うれしくなるような絆でも、紡ぎたくない縁であっても。


「ふふ。わたくしは、敢えて関わらないという選択肢があってもいいと思っていますよ」

「それは……そうですけど」


 黄金の狩人フィニア・フィニス風の盾士セルウスがニアミスした話など、聞いているだけでも恐ろしかった。結名ユーナは前提条件を変更してみる。


「お互いが会いたいって思うのなら、いいのかな……」

「いずれにせよ、現実リアル幻界ゲームの区別がついているのが大前提ではありますね」

「行きますよー?」

「はいはい」


 急ぐということばに反しておしゃべりに熱中しかかっていたふたりである。芽衣ソルシエールの声に、素直に足を早めた。

 案内された先は、それほど遠くなかった。広大な皇海国際展示場の敷地を思えば、同じ建物であるだけ近いというべき距離である。招待券受付と書かれた看板のそばには受付嬢がおり、その脇に設置されたソファに座り、柊子アシュアたちは受付のほうを見つめていた。今は受付嬢の前に二人の女性が立っている。


「来たー! 来ました!」


 はしゃいだ柊子アシュアの声が響き、三人いる受付嬢のうち一人がソファのほうへ歩み寄ってきた。足早に結名ユーナたちもそちらに向かう。


「おまたせ」

「おまたせしましたー!」


 にこやかに手を振る日和エスタトゥーア結名ユーナの姿に、皆口々に声を上げる。


「――え、あれ? エスタトゥーアさん、ですか?」

「うわー……メーア来たら、天命来たとか言い出すんじゃないか?」

「ユーナ、そのまんまだね!」


 ふたりのコスプレに目をみはる男性陣を完全に放置し、柊子アシュアは両手を差し出した。


「はい、招待券回収~!」

「お話中のところ、失礼いたします。あちらのお客様も名次なつぎ奏多かなたさんのイベント整理券をご所望でした。皆さまの順番に変動はございません。お急ぎにならなくても構いませんので、ごゆっくりどうぞ」


 受付嬢が気遣ってくれたようで、やわらかく柊子アシュアの音頭の前に斬り込んでいた。しかし、「ありがとうございます」と笑顔で言う柊子アシュアの目は、まったく笑っていない。

 結名ユーナは自身のチケットをバッグから取り出し、あわてて手渡す。次々と重なる招待券の枚数を確認し、柊子アシュアはその受付嬢へと手渡した。


「これで、お願いします!」

「かしこまりました。皆さま、幻界ヴェルト・ラーイのドゥジオン・エレイム参加整理券でよろしいでしょうか?」


 一斉に、大きくメンバーはうなずく。

 その一致団結ぶりに受付嬢は、一瞬、反応を遅らせた。


「――では、皆さまの受付手続きを開始いたします。どうぞこちらへ」


 女性の二人組が嬉々として受付を離れ、招待券専用控室と書かれた部屋へと消えていくのを横目に、受付嬢の案内によって結名ユーナたちは受付前へと移動する。

 そこで、あらためて説明を聞き……結名ユーナもまた、歓声を上げるのだった。

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