第340話 みんなで待つのなら
「
壁に貼られたポスターをながめつつ、
聞いたことはある名前だがよく知らない、という根っからゲーマーで他に興味も趣味もない
「何かのゲームで主題歌を歌っているようですね。11時からですから、アトラクションが終わったあとでも間に合いますし、見に行きましょう」
「え、でも、入れますか?」
「チケットがないとステージ前の席には座れないでしょうが、遠目から見るくらいならできるでしょうし」
ミニコンサートの場所はメインステージだ。その正面にはイベント参加者用の座席が確保されているのだが、メインステージは展示ブースの居並ぶホールにある。展示会場すべてが一体のホールになっているため、ある程度近くにいれば音もステージの状況も筒抜けである。特別なイベントホールで実施されないと知り、
「うわ、あたし、今回の新曲、DLしたくらい気に入ってて! うれしいかも……」
「わたしの友達も昨日カラオケで歌いまくっていましたよ! コンサートとか、知ってるのかな……?」
振り向いた
「ユーナ、カラオケ好きなの?」
「昨日5時間耐久しました!」
手を開いて耐久時間を告げる
「マジか……ありえん……」
「ペルソナは飲み会でも歌いませんからねー。ソルシエールさんは上手ですよ」
「え、さ……じゃなくて、エスタトゥーアさんだって上手じゃないですかー!」
律儀に本名ではなくキャラクターネームで言い直す。
「そうですよね。
「そんなことあったんですね」
「あ、シャンレンさんだって歌上手いですよね!?」
「うわ、そこで振る?」
自分のエスプレッソのカップを片手に、
「決まりね」
フッと
「二次会はカラオケで!」
「行きます!」
「行きましょう!」
「久しぶりだなあ、カラオケ」
結名は皓星を見た。彼は空っぽになった結名の紙コップと自分のを重ねつつ、取り上げた。
「遅くならないんならいいと思うけど、一応こっちで連絡入れとく」
「ありがとう、皓くん!」
つい本名で呼んでいる結名に苦笑を洩らしつつも、そのまま「ちょっと捨ててくる」と列から離れていく。
「保護者がついてるなら安心だね」
「あの
軽く唇を舐めて、
「無理して来なくていいわよ?」
「――行く」
小さく息を吐きながら嫌そうに言われた。協調性というべきかどうか、悩ましいところである。強制はしていないし、今回は人が多いので、ソロコンサートは避けられそうだ。むしろ、マイクの奪い合いかもしれない。
「うわー、あたしホント来てよかった……!」
「レンくん、どんなの歌うの?」
「それがですねー」
「ユーナさん、リアルトークはほどほどにですよ!?」
「あ、はい……」
「その顔でバラード歌ったら、クラスの女子がオチまくったとかだろ?」
「シリウスさんー!?」
血相を変えた
「わ、わたし言ってません!」
「うん、聞いてないけど、まあ……見ればわかるよなあ」
「ああ、わかるかも」
「レンくん、その実力をぜひ後ほど!」
わたし悪くない、と他人事のように
迷わず、彼はまっすぐ待機列のほうへ歩み寄った。
「おはよう、皓星君。本当に早く来たね。
皆さんもおはようございます。ご来場ありがとうございます」
父、
「――結名は?」
気づいてもらえない娘は、眉間にしわを寄せて困惑したまま皓星を見た。絶望的にマズイという顔をした従兄の姿に、そういえばコスプレの許可を得ていなかったと思い至る。
一方、「ユーナは?」とたずねるスタッフ男性の出現に、真っ先に状況を察したのは
そのまなざしが、すべてを物語る。
驚愕のままに結名の父は目をみはり……すっかり印象を変えた娘の姿を、上から下までことばなく見つめた。
沈黙が走る。
結名は居たたまれなくなり、視線を床に落とした。目を逸らされたことで、恭隆もようやく正気に戻る。瞬きを繰り返したあと、やや苦笑ぎみに、結名の父は娘を呼んだ。
「結名、ちょっとおいで」
「はい……」
「叔父さん、これはその」
「皓星君もだよ」
ちょっと失礼、と断りを入れ、ふたりを連れて受付側へと出ていく。
その後ろ姿を見送り、
「うわ、悪いことしちゃったかも……」
「アーシュ、知ってたな?」
目を細めた
「ゆうな、ってアレ」
「うーん……」
「ナイショ、ってことで」
返されたのは、深いため息と……同意のうなずきだった。
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