第340話 みんなで待つのなら

名次なつぎ奏多かなた、ミニコンサートするんですね」


 壁に貼られたポスターをながめつつ、芽衣ソルシエールは紅茶を傾けた。ティーバッグにはかなりの種類があったが、今回はオーソドックスにダージリンである。まだ時間があるので、次はフレーバーティーも試したいと考えていた。

 聞いたことはある名前だがよく知らない、という根っからゲーマーで他に興味も趣味もない真尋ペルソナである。特に反応を返すこともできず、聞き流した。聞き流さなかったのは、日和エスタトゥーアのほうである。


「何かのゲームで主題歌を歌っているようですね。11時からですから、アトラクションが終わったあとでも間に合いますし、見に行きましょう」

「え、でも、入れますか?」

「チケットがないとステージ前の席には座れないでしょうが、遠目から見るくらいならできるでしょうし」


 ミニコンサートの場所はメインステージだ。その正面にはイベント参加者用の座席が確保されているのだが、メインステージは展示ブースの居並ぶホールにある。展示会場すべてが一体のホールになっているため、ある程度近くにいれば音もステージの状況も筒抜けである。特別なイベントホールで実施されないと知り、芽衣ソルシエールの目が輝いた。


「うわ、あたし、今回の新曲、DLしたくらい気に入ってて! うれしいかも……」

「わたしの友達も昨日カラオケで歌いまくっていましたよ! コンサートとか、知ってるのかな……?」


 振り向いた結名ユーナのことばに、芽衣ソルシエールは身を乗り出した。


「ユーナ、カラオケ好きなの?」

「昨日5時間耐久しました!」


 手を開いて耐久時間を告げる結名ユーナに、真尋ペルソナが心底嫌そうな顔で口を開いた。


「マジか……ありえん……」

「ペルソナは飲み会でも歌いませんからねー。ソルシエールさんは上手ですよ」

「え、さ……じゃなくて、エスタトゥーアさんだって上手じゃないですかー!」


 律儀に本名ではなくキャラクターネームで言い直す。

 結名ユーナは繰り返しうなずいた。


「そうですよね。幻界ヴェルト・ラーイでも、メーアとエスタさんのハーモニーで魅了されまくったし……」

「そんなことあったんですね」

「あ、シャンレンさんだって歌上手いですよね!?」

「うわ、そこで振る?」


 自分のエスプレッソのカップを片手に、拓海シャンレンは思わず地が出た。つい先日の音楽の授業を思い出し、そのあとの騒動まで記憶から引っ張り出され、営業スマイルから一気に苦笑へ変貌した。


「決まりね」


 フッと柊子アシュアが微笑む。未だに熱くて飲めないカフェラテを片手に。

 皓星シリウスはこの後の展開を予想して、深々とため息をついた。


「二次会はカラオケで!」

「行きます!」

「行きましょう!」

「久しぶりだなあ、カラオケ」


 柊子アシュアの宣言に勢いよく手を挙げる芽衣ソルシエールと、拳をにぎる日和エスタトゥーアだった。のんびりと楽しそうなのは颯一郎セルヴァである。

 結名は皓星を見た。彼は空っぽになった結名の紙コップと自分のを重ねつつ、取り上げた。


「遅くならないんならいいと思うけど、一応こっちで連絡入れとく」

「ありがとう、皓くん!」


 つい本名で呼んでいる結名に苦笑を洩らしつつも、そのまま「ちょっと捨ててくる」と列から離れていく。


「保護者がついてるなら安心だね」

「あの前衛フォワードは抜けられないでしょうよ」


 颯一郎セルヴァのことばに笑みを零しながら、柊子アシュアはようやく紙コップに口をつけて傾けた。その視線が、同じくエスプレッソを苦々しい顔で傾けている真尋ペルソナをとらえる。

 軽く唇を舐めて、柊子アシュアは首を傾げた。一度、カラオケに誘ったことがあるのだが、「俺は歌わないから、延々ソロコンサートしろよ」と言われたっきり行っていないのである。今の話からも、真尋ペルソナはカラオケ嫌いと悟れるわけだが。


「無理して来なくていいわよ?」

「――行く」


 小さく息を吐きながら嫌そうに言われた。協調性というべきかどうか、悩ましいところである。強制はしていないし、今回は人が多いので、ソロコンサートは避けられそうだ。むしろ、マイクの奪い合いかもしれない。


「うわー、あたしホント来てよかった……!」

「レンくん、どんなの歌うの?」

「それがですねー」


 芽衣ソルシエールが感激しているのに口元をほころばせつつ、柊子アシュア拓海シャンレンにたずねた。すると、結名ユーナが楽しげに説明しようと口を開き、あわてて拓海シャンレンがその身体で間を遮る。


「ユーナさん、リアルトークはほどほどにですよ!?」

「あ、はい……」

「その顔でバラード歌ったら、クラスの女子がオチまくったとかだろ?」

「シリウスさんー!?」


 血相を変えた拓海シャンレンのようすに、叱られたと結名ユーナは気を沈ませた。が、戻ってきた皓星シリウスが100%想像で言い放つと、拓海シャンレンはいよいよ頬を紅潮させて声を荒げる。結名ユーナは全力でかぶりを横に振った。


「わ、わたし言ってません!」

「うん、聞いてないけど、まあ……見ればわかるよなあ」

「ああ、わかるかも」


 皓星シリウスが同意を求めると、颯一郎セルヴァまでが納得してうなずいた。柊子アシュア拓海シャンレンの肩をぽんと叩く。


「レンくん、その実力をぜひ後ほど!」


 拓海シャンレンは、ようやくこの時、年長組にからかわれたと気づいたのだった。

 わたし悪くない、と他人事のように結名ユーナは視線を逸らし……招待券受付側の扉から、新たに入ってきた人影を見て、凍りつく。

 迷わず、彼はまっすぐ待機列のほうへ歩み寄った。


「おはよう、皓星君。本当に早く来たね。

 皆さんもおはようございます。ご来場ありがとうございます」


 父、藤峰ふじみね恭隆やすたかはスタッフ証を首から下げ、まず皓星に気づいた。そして、愛想よく皓星の周囲にいる一角獣アインホルンへとあいさつをし、次いで、不思議そうに周囲を見回す。


「――結名は?」


 気づいてもらえない娘は、眉間にしわを寄せて困惑したまま皓星を見た。絶望的にマズイという顔をした従兄の姿に、そういえばコスプレの許可を得ていなかったと思い至る。

 一方、「ユーナは?」とたずねるスタッフ男性の出現に、真っ先に状況を察したのは柊子アシュアだった。しかし、二人の顔色が変わっていることに気づいたものの、答えようもない。そして、「ユーナ」の名前に反応して、周りは素直に彼女を見た。

 そのまなざしが、すべてを物語る。

 驚愕のままに結名の父は目をみはり……すっかり印象を変えた娘の姿を、上から下までことばなく見つめた。

 沈黙が走る。

 結名は居たたまれなくなり、視線を床に落とした。目を逸らされたことで、恭隆もようやく正気に戻る。瞬きを繰り返したあと、やや苦笑ぎみに、結名の父は娘を呼んだ。


「結名、ちょっとおいで」

「はい……」

「叔父さん、これはその」

「皓星君もだよ」


 ちょっと失礼、と断りを入れ、ふたりを連れて受付側へと出ていく。

 その後ろ姿を見送り、柊子アシュアは紙コップをにぎったまま合掌した。


「うわ、悪いことしちゃったかも……」

「アーシュ、知ってたな?」


 目を細めた真尋ペルソナが、柊子アシュアを呼ぶ。弱り切ったように目を向けると、あきれかえっていた真尋ペルソナもまた、少し矛先を弱めた。


「ゆうな、ってアレ」

「うーん……」


 拓海シャンレンはクラスメイトなので既に知っているとしても、この場にいる他の一角獣アインホルンのメンバーもまた気づかずにはいられないだろう。よって、柊子アシュアは片手の人差し指を立てて、口元に寄せた。


「ナイショ、ってことで」


 返されたのは、深いため息と……同意のうなずきだった。

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