第13話 後方支援
腰にはセルヴァ譲りの
アシュア譲りのローブは袖口が広かったため、手首の動きを邪魔しないように革紐で留めている。足元も当初の装備の靴がもうボロボロになりかかっていたため、柔らかな革のブーツに新調していた。
手にも、つい先ほどまでは手袋をつけて、戦闘準備を整えていた。
が。
今、ユーナは手袋を外し、竹筒のようなものと、それから突き出た棒を握っている。
「あの……これ……」
「ぴったりでしょう?」
シャンレンの会心の笑みには、まったく悪意が感じられない。むしろ誇らしげですらある。
マールトの雑貨屋で見つけたという
前衛にはシャンレンが立ち、アシュアが援護を行うと役割分担を確認した時、本来なら前衛に含まれるはずのユーナには別の役割が与えられた。即ち、聖水係だ。
「私は確信していました。この水鉄砲はこのクエストのために販売されているのだと……!」
熱く語る彼の手で、大きな斧が木漏れ日によって刃を煌めかせていた。その姿は重戦士ばりに鈍色に光る金属製の全身鎧を身に着けているが、兜はかぶっていない。
いつか買い替えようと心に誓う。なお、いつか要るかもーと、ユーナはモノを捨てられない派である。
「えーっと……がんばります……」
意気消沈した声で呟くユーナの肩を、アシュアは優しく叩く。
「
廃墟ではなかろうかと思えるほど、蔦が無秩序に這い回った洋館の正面玄関前。
本来はこの玄関先の前庭も、馬車を回せるほどの広さがあったのだろう。今となっては木々が生い茂り、どこまでが庭なのかわからない。辛うじて石畳が見え、正面玄関の扉の前へと続いているのが、名残とも言えるだろうか。
重そうな木製の大扉にシャンレンが手を掛け、こちらを見る。
アシュアが頷くと、同じように頷きを返し、彼は扉を開いた。重苦しい音が周囲に響く。扉自体は朽ちていなかったようで、外れることもなかった。
「
聖句が神術を発動させ、行く先を柔らかく照らす。
頭上よりやや高めの位置に掲げられた光と共に、シャンレンは足を進めた。アシュアに促され、先にユーナが入る。後方を確認してから、アシュアはゆるやかに扉を閉めた。
ユーナとしては開きっぱなしにしておいてほしいのだが、少し傾斜がついているようで、扉から手を離せば勝手に閉まるようだった。
玄関の扉を入ると、すぐ吹き抜けのホールになっていた。多少埃っぽいのと古めかしいのは否めないが、ひどく老朽化しているのは一部のようだ。
かすかに、光が差し込んでいる。
見上げると、明かり取りの窓から陽光をホールに入れられるようになっていることがわかった。今は蔦で覆われており、ほとんど役目を果たしていない。広々としたホールを照らすアシュアの光の下には、魔物の姿も見えなかった。
正面の二階へ上がる階段は、恐らく演出の都合上だろう、朽ち果てて踏板が完全に抜けていて、上がることはできなさそうだった。
「……!?」
遠く、悲鳴か奇声が聞こえた。
三人は身を固くして、方位を探る。
「――上ね。どうやら、先客がいるみたい」
おそらく、ボス部屋周辺で歓迎を受けているのだろうとアシュアが予測をつける。そして、ウィンドウを操作し、同じパーティーの二人にマップデータを転送した。赤いアイコンがついている、二階最奥の寝室がボス部屋と説明する。
「ただ、直接お部屋に行っても、
執事は別荘のどこかに、ランダムに出現するらしい。最悪、全部見て回らなければならないと覚悟を決める。しかし、アシュアはとある一角を指し、二人を促した。
「たぶん、食事の準備をしてくれてると思うのよねー。いちばん出現率高いの」
別荘で最も広い場所、それは一階の中央に位置する食堂だった。
その予測をあてにして、上がれない階段の裏側へと進む。楽に三人が横一列になって歩けるほど幅の広い廊下になっており、壁に沿って絵画や美術品が並んでいた。壁に沿って小窓がいくつか空いているが、蔦で光がほぼ届かない。アシュアの光が少し前に進み、先を照らしたが、そこにも魔物の姿は見えなかった。
シャンレンが先鋒を務め、先に歩く。鎧の接続部が擦れ、金属音が響いた。足元の古びた絨毯のおかげで、ユーナやアシュアの足音は吸収されて聞こえない。うすぼんやりと見える美術品の数々を見回して、ユーナは一番近くにあった果物の絵画に手を伸ばしてみた。
アイコンは出ない。
アイテムとは認識されず、取り外すこともできないようだ。
「
硬い、初めて聞くアシュアの聖句に、ユーナは水鉄砲を構えた。
薄闇の中、シャンレンの斧と鎧が白い光に包まれていく。一際大きく、金属音が響く。重戦士のような商人が身構えた、その奥で。
目を凝らすより早く、アシュアの光が廊下の天井へ上がっていく。
照らし出されたものは……剣と盾を持った、全身鎧だった。シャンレンと違い、兜どころか頭もなかったが。
「デュラハン……?」
美術品として陳列されていたのだろうか、全身鎧の傍には、台座だけが残されていた。まさに飛び降りたままの姿の
簡単に聖水を掛けられそう、とユーナが身を乗り出した時、シャンレンは鋭く注意した。
「下がって!」
一瞬、盾を構え、剣を胸の前に掲げるしぐさをした全身鎧は、鎧の重さをまるっきり無視した動きで剣を振りかざし、ユーナへと突撃してきた。
驚きで身動きできなかったユーナの前に、シャンレンが立ちふさがる。
重い金属音がぶつかり、剣と斧が交差した。
シャンレンは斧を振り上げ、剣が跳ね上がる動きに合わせて、重さを使って振り下ろす。ざっくりと全身鎧の胸元に、風穴が空いた。
しかし、全身鎧はダメージを受けた様子も見せず、同じようにシャンレンへと剣を振り下ろした。
「来たれ
計ったかのように、アシュアの聖域がシャンレンを護る。甲高い音を立てて、全身鎧の剣は跳ね返された。
仰け反るその勢いを見て、ユーナは水鉄砲を撃った。
当たった。
派手な水音と共に、周囲に水しぶきが散る。
重なったシャンレンの胴を薙ぐ攻撃に、全身鎧は砕けて消えた。
「……ユーナさん……」
底を這うようなシャンレンの声に、ユーナは
聖水は見事、シャンレンごと全身鎧にぶっかかり、特にシャンレンは頭に聖水をかぶる形になった。ぽたぽたと滴っている。
ユーナが途方に暮れた時、アシュアは
「水も滴るイイ男じゃない」
「そ、そうですか?」
完全に営業スマイルが外れて、白い光の下で頬を赤らめている様子にユーナは安堵する。アシュアが誤魔化してくれているあいだに、ユーナはこそこそと聖水を補充した。
本当に、アシュアさんに当てなくてよかった。たぶん、わたし、生きて戻れない。
ユーナは教訓をひとつ、胸に刻んだ。
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