第310話 それでもあなたは戦いますか


 戦いの序曲に耳を傾ける余裕はなかった。

 不死王フォルティスの命令インペリウムが効果を失い、下がっていた不死者アンデッドたちが一斉に牙を剥く。


轟火壁フロガ・ヴァント!」


 紅蓮の魔術師の術句ヴェルブムにより、炎の壁が築かれる。続いて、閃光と爆風が壁の向こうで打ち上がった。弓手セルヴァの仕掛けておいた炎地雷ホォヤン・ディーレイが複数、炸裂したのだ。

 炎の壁が消える直前に、弓手セルヴァは矢をつがえ、放った。初手で赤の光点エネミー・アイコンを幾つか減らすことができたが、爆発の中心にあった光点のひとつはまだこちらへと移動している。HPが削れた手負いだろうが、火に強いという点からどのような不死者アンデッドか想像しやすかった。

 缶に当たったような軽快な音を立て、彼の一矢は弾かれる。


「当たったな」

「当たっただけだよ」


 面白くなさげに弓手は紅蓮の魔術師へと返す。聖属性付与した矢であってもこれだ。金属製、となれば答えは出る。頭部のない全身鎧が金属音を立てながら、近づいていた。下火になっていた炎の壁も、その足元で消え失せる。抜き身の剣に盾まで持つ、馬なし首なし騎士デュラハンの登場に、が駆け出した。

 

「――聖なる光を帯びしものウルテノネェレ・ルゥツェンム!」


 青の神官アシュアの祈りにより、その手ににぎられた聖属性の術石が砕け散る。剣士と舞姫、そして交易商の全身に、神術の光が宿った。淡い光が剣の先にまで満たされた瞬間、剣士シリウスはその長剣を振るった。盾と長剣がぶつかり合い、重い音が通路に響く。

 少し間を置いて沸く食屍鬼グールの群れに、黄金の狩人フィニア・フィニスが爆矢を打ち込んだ。その直撃を受けなかったものが走る速度を増し、剣士を狙う。彼の背中を守るべく、舞姫メーアの双剣がひるがえる。その名のごとく舞うような足運びと短剣捌きで、死臭が撒き散らされた。しかし、すり抜けていく食屍鬼グールにまでその刃は届かない。交易商シャンレン戦斧ウォーアクスが、ひとつ、頭を刈り取る。だが、未だに衝撃から覚めない双子姫たちもいる後衛のほうへも、不死王が消えた側の通路の奥から何かが近づいていた。


風の防壁ヴェント・ジタール!」


 前に出た盾士セルウスの術式が、食屍鬼グールを弾いた。その両脇から不死伯爵アークエルド地狼アルタクスが現れ、攻撃を繰り出す。

 動きの遅い赤の光点エネミー・アイコンも、徐々にこちらへと近づいている。弓手セルヴァはそれが生ける死体ゾンビだろうと予測しながら、地図の光点を確認しつつ、状況を俯瞰した。


 不死王フォルティスが消えた場所から、双子姫は未だに動かない。

 そして、クランマスターエスタトゥーア従魔使いユーナ不死鳥幼生アデライールもまた、彼女たちに気を取られている。骸骨執事アズムは彼女たちの護衛に残っているようだ。

 本来であれば、神官アシュアも気になってしょうがない状態なのだろうが、それでも彼女の支援がなければ、前を支えきれない。だからこそ、割り切ってこちらに意識を向けているはずだ。


「こっちで何とかしないと」

「ああ……経験値が歩いてくるぞ」

「だね」


 首なし騎士硬いのはさておき、生ける死体やわらかいのはどうとでもなる。

 新たに聖なる力を宿す矢をつがえる弓手セルヴァを横目に、紅蓮の魔術師は炎の矢ケオ・ヴェロスを射出した。次々と撃ち出される炎の矢の合間を縫うように、弓手が追撃を行なう。剣士と舞姫は首なし騎士デュラハンと、交易商が首なしになった食屍鬼グールと戦闘を繰り広げているさなか、である。

 交易商シャンレン食屍鬼グールの腕を落とし、更に足をと狙って身を捩った瞬間、先ほどまで自分の頭があった場所を矢が飛んでいくのを見て息を呑んだ。ワンテンポ遅れていたら泉下に旅立つのはこちらである。

 それだけの攻撃を受けながらも、生ける死体ゾンビが舞姫のもとにまでたどり着いてしまう。舌打ちしながら、舞姫はそのツメの攻撃を避けた。


「援護お願い」


 濃紺の術衣が、横を通っていく。また一本矢をつがえていた弓手セルヴァは、一拍反応が遅れた。そしてその矢は、シャンレンが相手をしていた食屍鬼グールを貫く。腕を落とされてもなお身軽に攻撃を続けていた魔物は、一矢を喉元に受けて砕け散った。短く息を吐き、交易商シャンレンは感謝をと振り向いた。目前には、あでやかに微笑む神官の姿があった。


「姐さん!?」

「ちょっとつきあって」


 じゃらっと片手に術石をにぎり、アシュアはシャンレンをうながす。

 前衛のいる場所に出るという意図を汲み、既に歩き出している彼女のとなりへと急いだ。彼女の地図マップにもこれほど近づけば生ける死体ゾンビの群れが光点エネミー・アイコンとして表示されているはずだが、一向に下がる気はない。生ける死体ゾンビの先駆が、剣士たちを避けて神官アシュアを狙う。交易商は彼女の前に出た。

 アシュアの腕が勢い良く振るわれる。その瞬間、聖なる力を宿す無数の小さな術石が、宙を舞った。魔力光セヘル・フォスによってきらめきながら、それは剣士と舞姫すらも巻き込んで、バラバラと通路に落ちる。


「痛っ」

「ってぇな!」

「――留まれ聖域の加護サンクトゥアリウム!」


 小さくても石である。当たれば痛い。

 しかし、前衛の苦情に謝罪する間もなく、神官の聖句は神術陣を象る。自身を中心とした真円は術石によって固定された。聖域によって不死者アンデッドの動きは極端に鈍くなる……どころか、生ける死体ゾンビに至っては足先が綺麗に浄化され、消えてしまった。その身体もまた神術陣に触れた端から消え失せていく。その対価に、術石のいくつかが力を失っていった。


「とどめ、急いで」


 せっかくの聖域が、ゾンビのためだけに失われていくのは困る。

 アシュアの指示に、シャンレンは戦斧を無造作に振るった。それだけでも、簡単にゾンビは砕け散る。それほどまでに弱体化しているのだ。

 そして、それは首なし騎士も例外ではない。

 今まで散々攻撃を防いでいた盾が、シリウスの長剣によって籠手ごと落ちた。籠手のほうは消えたが、盾はそのまま床に転がる。舞姫の口元がゆるんだ。


「へぇ……だいぶやわらかくなったね」

「相乗効果だな」


 守りがなくなれば、攻撃が各段に通りやすくなる。

 更に踏み込まずに一度引いたシリウスと交代し、メーアは首なし騎士のふところへまで軽い足取りで飛び込んだ。


双華乱舞ラーミナ・フィオーレ!」


 生まれ変わったシンクエディアが舞う。その刃が鎧へと無数の傷を刻んだ。スキルの硬直のため、舞姫はその場に身を屈める。そこへ、シリウスの長剣が飛び込む。


獅子王剣リオン・エスパーダ!」


 その一刀により、首なし騎士は光となり、散る。

 未だに残る足元の神術陣を踏みしめ、剣士は残る生ける死体ゾンビへと剣を向けた。


「あとは雑魚だな」

「じゃあ、早いもの勝ちだね」


 楽しげに立ち上がる舞姫の足取りは軽い。

 神官アシュアはそのふたりへと回復神術を放ち、そして背後をちらっと見た。後衛にまで下がるのかと思っていたが、シャンレンのそばから歩き出そうとはしない。すぐにその青のまなざしは前衛へと戻された。


「戻らないんですか?」

「後ろだとカードル伯いるから、あんまり支援飛ばせないのよ」


 なるほど、とシャンレンがうなずくと、更に彼女は聖属性付与を前衛たちへと重ね掛けた。


「というわけで、がんばってね」

「……はい」


 護衛継続、と内心つぶやき、聖なる光を満たした戦斧を担ぎ、交易商は新たなる敵へと踏み込む。一指たりとも彼女へ触れさせないために、その刃は死者を泉下へと叩きこんでいった。




 エスタトゥーアは双子姫を抱きしめた。

 肩のやわらかな感触だけならば、彼女たちはまさに人と同じである。そこに温度としてのあたたかさはないが、心としてのぬくもりは宿っていた。


「あなたたちは、戦わずともよいのですよ」


 母のことばに、双子姫は今にも泣きだしそうな顔のまま、頭を上げた。

 さらさらと心地よい白銀の髪をなでながら、エスタトゥーアはことばを紡ぐ。


「大切な、お父様ですから。よいのですよ」


 双子姫は返事をしなかった。

 ただ、母にすがるように、その白の術衣へと顔を埋める。


「――その通りじゃ。ルーキスもオルトゥスも、ようがんばってくれたからの。あとは我らに任せるがいい」


 不死鳥幼生の声にも、彼女たちは反応を示さない。ただ、ぐりぐりと母に身を寄せていた。そのようすを見、ユーナは視線を奥へと向ける。フォルティス王の消えた方角は、霊廟の最奥へと続く通路だ。


「フォルティス王も、アークエルドと同じなのかな」


 ぽつりとユーナはつぶやいた。そのことばを聞きとがめ、骸骨執事は口を開く。


旦那様もわたくしも、永劫の闇に囚われ、ひたすら訪う者に死を与え続けておりました。こちらから戦いを望んだわけではございませんが、あちらにはわたくしどもが宝のように見えていたのでしょう。事実、旦那様の持つ印章を目的とする『命の神の祝福を受けし者』は多ぅございました」


 ユーナの脳裏に、カードルの印章を狙った6人の人影が浮かぶ。

 命よりも価値がある。

 彼らはそう言って、自分たちに襲い掛かってきた。


「……そっか。わたしたちも、そのひとたちといっしょなんですね」


 その記憶は苦く、鋭くユーナの胸をえぐる。

 不死鳥フェニーチェの宝珠という宝をめぐり、恩人ですらも刃に掛けるのであれば、あれよりもひどいのではないか。


「それはどうでしょう?」


 ユーナの内心を見通したかのように、骸骨執事アズムはしゃれこうべを鳴らした。楽しげにすら聞こえるその音に、ユーナは彼を見上げた。

 虚ろの眼窩には、何色も見い出せない。


「戦いを避けようとしたあなたがたの姿は、今もあの時も変わりません。それはわたくしたちにとっては、他の者との大きなちがいでした。ですから、あの時わたくしは旦那様のもとへあなたをお連れしたのです。

 フォルティス王に、そのお気持ちが通じていないとは思いません。ですが、その覚悟も認めて差し上げては如何でしょう? 自身の命を懸けてでも、あなたがたに気持ちを返したいと思われたのですよ」


 そのことばが途切れ、またもや、しゃれこうべが鳴る。


不死者アンデッドたる身が命を懸ける愚かさなら、よく存じております。ですが、旦那様の命がなくともあなたのおそばでお守りしたいと思うこの気持ちまでも、愚かと思われますか?」


 ユーナはかぶりを横に振った。

 静かに問いかける骸骨執事の腕が上がる。その白い手袋に包まれた手が、ユーナの頬に触れた。


「愚問でした。お許し下さい」

「いえ……っ」


 こぼれた涙声は、そのまま礼服の腕へと包まれる。小さな雫はその白いシャツに吸い込まれていった。


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