第310話 それでもあなたは戦いますか
戦いの序曲に耳を傾ける余裕はなかった。
不死王フォルティスの
「
紅蓮の魔術師の
炎の壁が消える直前に、
缶に当たったような軽快な音を立て、彼の一矢は弾かれる。
「当たったな」
「当たっただけだよ」
面白くなさげに弓手は紅蓮の魔術師へと返す。聖属性付与した矢であってもこれだ。金属製、となれば答えは出る。頭部のない全身鎧が金属音を立てながら、近づいていた。下火になっていた炎の壁も、その足元で消え失せる。抜き身の剣に盾まで持つ、馬なし
「――
少し間を置いて沸く
「
前に出た
動きの遅い
不死王フォルティスが消えた場所から、双子姫は未だに動かない。
そして、
本来であれば、
「こっちで何とかしないと」
「ああ……経験値が歩いてくるぞ」
「だね」
新たに聖なる力を宿す矢をつがえる
それだけの攻撃を受けながらも、
「援護お願い」
濃紺の術衣が、横を通っていく。また一本矢をつがえていた
「姐さん!?」
「ちょっとつきあって」
じゃらっと片手に術石をにぎり、アシュアはシャンレンをうながす。
アシュアの腕が勢い良く振るわれる。その瞬間、聖なる力を宿す無数の小さな術石が、宙を舞った。
「痛っ」
「ってぇな!」
「――留まれ
小さくても石である。当たれば痛い。
しかし、前衛の苦情に謝罪する間もなく、神官の聖句は神術陣を象る。自身を中心とした真円は術石によって固定された。聖域によって
「とどめ、急いで」
せっかくの聖域が、ゾンビのためだけに失われていくのは困る。
アシュアの指示に、シャンレンは戦斧を無造作に振るった。それだけでも、簡単にゾンビは砕け散る。それほどまでに弱体化しているのだ。
そして、それは首なし騎士も例外ではない。
今まで散々攻撃を防いでいた盾が、シリウスの長剣によって籠手ごと落ちた。籠手のほうは消えたが、盾はそのまま床に転がる。舞姫の口元がゆるんだ。
「へぇ……だいぶやわらかくなったね」
「相乗効果だな」
守りがなくなれば、攻撃が各段に通りやすくなる。
更に踏み込まずに一度引いたシリウスと交代し、メーアは首なし騎士のふところへまで軽い足取りで飛び込んだ。
「
生まれ変わったシンクエディアが舞う。その刃が鎧へと無数の傷を刻んだ。スキルの硬直のため、舞姫はその場に身を屈める。そこへ、シリウスの長剣が飛び込む。
「
その一刀により、首なし騎士は光となり、散る。
未だに残る足元の神術陣を踏みしめ、剣士は残る
「あとは雑魚だな」
「じゃあ、早いもの勝ちだね」
楽しげに立ち上がる舞姫の足取りは軽い。
「戻らないんですか?」
「後ろだとカードル伯いるから、あんまり支援飛ばせないのよ」
なるほど、とシャンレンがうなずくと、更に彼女は聖属性付与を前衛たちへと重ね掛けた。
「というわけで、がんばってね」
「……はい」
護衛継続、と内心つぶやき、聖なる光を満たした戦斧を担ぎ、交易商は新たなる敵へと踏み込む。一指たりとも彼女へ触れさせないために、その刃は死者を泉下へと叩きこんでいった。
エスタトゥーアは双子姫を抱きしめた。
肩のやわらかな感触だけならば、彼女たちはまさに人と同じである。そこに温度としてのあたたかさはないが、心としてのぬくもりは宿っていた。
「あなたたちは、戦わずともよいのですよ」
母のことばに、双子姫は今にも泣きだしそうな顔のまま、頭を上げた。
さらさらと心地よい白銀の髪をなでながら、エスタトゥーアはことばを紡ぐ。
「大切な、お父様ですから。よいのですよ」
双子姫は返事をしなかった。
ただ、母にすがるように、その白の術衣へと顔を埋める。
「――その通りじゃ。ルーキスもオルトゥスも、ようがんばってくれたからの。あとは我らに任せるがいい」
不死鳥幼生の声にも、彼女たちは反応を示さない。ただ、ぐりぐりと母に身を寄せていた。そのようすを見、ユーナは視線を奥へと向ける。フォルティス王の消えた方角は、霊廟の最奥へと続く通路だ。
「フォルティス王も、アークエルドと同じなのかな」
ぽつりとユーナはつぶやいた。そのことばを聞きとがめ、骸骨執事は口を開く。
「かつての旦那様もわたくしも、永劫の闇に囚われ、ひたすら訪う者に死を与え続けておりました。こちらから戦いを望んだわけではございませんが、あちらにはわたくしどもが宝のように見えていたのでしょう。事実、旦那様の持つ印章を目的とする『命の神の祝福を受けし者』は多ぅございました」
ユーナの脳裏に、カードルの印章を狙った6人の人影が浮かぶ。
命よりも価値がある。
彼らはそう言って、自分たちに襲い掛かってきた。
「……そっか。わたしたちも、そのひとたちといっしょなんですね」
その記憶は苦く、鋭くユーナの胸をえぐる。
「それはどうでしょう?」
ユーナの内心を見通したかのように、
虚ろの眼窩には、何色も見い出せない。
「戦いを避けようとしたあなたがたの姿は、今もあの時も変わりません。それはわたくしたちにとっては、他の者との大きなちがいでした。ですから、あの時わたくしは旦那様のもとへあなたをお連れしたのです。
フォルティス王に、そのお気持ちが通じていないとは思いません。ですが、その覚悟も認めて差し上げては如何でしょう? 自身の命を懸けてでも、あなたがたに気持ちを返したいと思われたのですよ」
そのことばが途切れ、またもや、しゃれこうべが鳴る。
「
ユーナはかぶりを横に振った。
静かに問いかける骸骨執事の腕が上がる。その白い手袋に包まれた手が、ユーナの頬に触れた。
「愚問でした。お許し下さい」
「いえ……っ」
こぼれた涙声は、そのまま礼服の腕へと包まれる。小さな雫はその白いシャツに吸い込まれていった。
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