第67話 先輩メイドの嫌がらせ【side:アリア】

「――アリア、ちょっと」

「? はいっ!」


 フェリクと街へ行った翌日、いつものようにお屋敷を掃除していると、先輩メイドの1人・メイジーに呼びつけられた。

 向かった先は、洗濯をするための小屋。

 この小屋には私の背丈よりも大きな洗浄機が置かれていて、洗濯物はそれで洗って、小屋の前の物干しに干して乾かすことになっている。

 いつもは5人くらいでする作業なんだけど……。


「これ、洗っておいてね」

「――――へ? あの、ほかの子たちは……」

「いないわ。そろそろ仕事にも慣れてきた頃でしょう? ――ああ、それから。魔導具師様が来られるまで、洗浄機が使えないの。手洗いでよろしくね」

「こ、こんな量、手洗いでなんて無理ですっ」

「はあ? 何甘えたこと言ってるのよ。平民に無理なんて言葉は許されないのよ。やるの。終わるまで戻って来ちゃだめよ」

「そ、そんな……」


 メイジーは、私を1人残して去ってしまった。

 洗浄機を使って5人でする仕事を、1人で手洗いでなんてどうかしてる。

 昨日まで、こんな意地悪されることなんてなかったのに。

 いったいどうして……。


 急に1人ぼっちになった気がして、涙がこぼれそうになった。

 このまま放り出して、パパに泣いて縋ってしまおうか、なんて考えが頭をよぎる。


 ――ううん、だめ。

 家族と領主様の反対を押し切ってメイドになったのは私。

 それにきっと、こんなことが発覚したら、寮に入って学校に通えって言われるわ。

 そしたらフェリクと一緒にいられなくなっちゃう……。


 必死で涙をこらえ、洗濯物が山積みになった籠の1つを持って流し台へと向かう。

 その籠の重さと冷たい水が、一層不安な気持ちを強くしていく。


 1日かけてどうにか洗濯物を洗い終え、脱水して干し終わるころには、外はもう真っ暗になっていた。

 私はふらふらになりながらも、どうにかメイド用の休憩室へとたどり着く。


「も、戻りました……」

「遅いわよ。明日までに洗濯物乾くんでしょうね?」

「え――」

「え、じゃないわよ。平民の見習いメイドの分際で遊び歩いてるから、仕事ができないんじゃないの?」


 メイジーがそうため息をつくと、取り巻きたちがクスクスと笑う。

 メイジーは伯爵家の娘で、行儀見習いの中でも圧倒的な力を持っている。

 だからメイドの中では、彼女の言葉は絶対だ。


 ――そういうことか。


 これはきっと、私がフェリクと街に行ったことへの嫌がらせだ。

 でも、どうしてそれを知ってるの?

 それに、上位貴族で18歳のメイジーが、フェリクと私の関係を気にする意味って何?

 これまでまったく興味を示さなかったじゃない。


 つまりこれには、フェリクのことを気に入っているお嬢様が関係しているのだろう。

 そしてその事実は、救いがないことを意味している。


 こんなことになるなら、もっとちゃんと積極的に気に入られておくんだった。

 言うこと聞いて受け身でいるだけなんて、そんなの甘かったんだわ。


「ちょっと、何ぼーっとしてるの? 何か言いなさいよ」

「……ごめんなさい」


 パパならきっと、こんな状況も笑顔で切り抜けるんだ。

 でもどうしよう、私、笑えない……。

 せめて、せめて泣かないようにしなくちゃ。


 部屋の隅では、昨日まで仲良くしていた同い年くらいのメイドたちがおろおろしている。

 彼女たちを巻き込んじゃいけない。

 あの子たちの中には、帰る家がない、生きるのに精一杯の子もいる。


「ああ、ちなみに、今日はあなたのごはんはないから」

「――え? そ、そんなっ」

「当然でしょ? あなた今日洗濯しかしてないじゃない」

「――――っ」


 何なのこいつ! あまりにひどいわ!

 ……でも言い返しちゃだめ。

 相手は貴族、しかも伯爵家の娘なんだから。

 私が何かトラブルを起こせば、パパやママにも迷惑をかけるかもしれない。


「用がないならさっさと部屋に戻りなさい。明日も仕事は山ほどあるわよ」


 メイジーが意地悪く笑うと、周囲のメイドたちもそれに倣って笑い出す。

 それが悔しくて、不安で心細くて、私は逃げるように部屋へと走った。

 ドアを閉めた途端、こらえていた涙が一気に溢れ出る。


 どうしよう? どうしたらいいの?

 こんなのが続いたら体が持たない。

 フェリクに相談する?

 でも、もしそれをメイジーかお嬢様に見られたら?

 そしたら、今くらいじゃ済まなくなるかも。


 ――ああ、私はやっぱり、フェリクとは違うんだ。

 無力なただの子どもなんだ……。


 こうして、私の慌ただしくも楽しいメイド生活は一変してしまった。

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