第13章 アリアと令嬢フィーユ
第61話 ご令嬢にやたら懐かれてしまった
翌日、フィーユは再び工房のキッチンへとやってきた。
「き、今日はあのメイドはいないの?」
「え? はい。今は仕事中だと思います」
「そ、そう。昨日はここで何を?」
「あー、昼ごはんを食べさせてただけですよ」
「そう、なのね」
アリア専用食堂をオープンしていた、という事実は、客観的に見ると恥ずかしすぎるので伏せておくことにした。
「フィーユ様も何か召し上がりますか? なんて、フィーユ様にはお屋敷のシェフがもっといいものを――」
「いいの!? わたしくにもぜひ何か作ってほしいわ!」
フィーユはキラキラとした目でこちらに迫ってくる。近い。
12歳のフィーユは、9歳になりたての僕より15㎝は身長が高い。
そのため大人ほどではないといえ、アリアに比べて何とも言えない圧を感じる。
アリスティア家の令嬢である点も大きく関係してそうだけど。
「どんなものがお好きですか?」
「……昨日メイドが食べていたのは何?」
「あれは、ほうれん草とベーコンを炒めたものと目玉焼きを乗っけただけの簡単な丼料理ですよ」
「なら、それをいただくわ」
えっ。
「え、いやでもさすがにそんな……。貴族のお嬢様が召し上がるようなものでは」
「……だめ、なの?」
「いえ、ダメではないですけど……。本当にそれでいいんですか?」
「ええ、それがいいわ。……き、昨日この部屋に入ったとき、とてもおいしそうな匂いがしたのよ」
あー、まあバター×醤油の誘惑は強烈だからな……。
「……分かりました。すぐできますので、そちらでお待ちいただけますか」
「分かったわ」
僕は昨日アリアに作ったのと同じ「ほうれん草ときのこ、ベーコンのバター炒め丼」を作り、フィーユの前に置く。
「わあっ……彩りもいいわね!」
「好みでこちらの醤油をかけてお召し上がりください。味の濃い調味料ですので、かけすぎに気をつけてくださいね」
「……昨日の香りの正体は、バターとこれだったのね! 量が分からないから、あなたがかけてちょうだい」
「分かりました」
醤油をかけると、フィーユはスプーンで目玉焼きの端を崩し、ほうれん草やベーコン、ごはんとともに口へと運んだ。
「――っ! お、おいしい……。この醤油という調味料、とても手間のかかっている味がするわ。きっととても高級なものなんでしょう?」
「今はまあ、量がないので比較的高級な部類です。でもあと1年もすれば、もう少し安く卸せますよ」
醤油の熟成は、最低でも半年以上――本当は1年以上が理想だ。
今出しているものは、まだ8ヶ月程度。完成形とは言えない代物である。
それでも「醤油らしき味」があるのとないのでは、料理の幅が全然違う。
「そうなのね。……もしかして、この醤油もあなたが?」
「ええ、まあ」
「……あなたは本当に、まるで魔法使いみたいね」
フィーユは頬を染め、少し大人びた柔らかな笑みを浮かべる。
こんな庶民的な丼料理を出して良かったのかという疑問はあるが、これだけ喜んでくれれば作った甲斐があるというものだ。
一応、フィーユの食の好みとしてシェフたちに報告しておこう。
「――そういえば、昨日のあのメイド、あなたの幼なじみと言ったわね」
「へ? ああ、はい」
「メイドは普通、メイド同士で食事をとるのが普通じゃなくて? あなたは普通の使用人とは違うのでしょう?」
ええと。
僕の立ち位置については、僕も分からないから突っ込まないでほしい。
「……僕とアリアは家族みたいなもので、週に3日の授業も一緒に受けています。工房へ来ていることは領主様もご存じだと思いますが……」
「……お父さまも知ってるのね。――って、授業を一緒に!?」
僕がアリアとの状況を説明すると、フィーユは複雑そうな表情で黙り込み、何かを考え始めた。そして。
「その授業、わたくしも一緒に受けたいわ」
突然、とんでもないことを言い出した。
この子、自分が貴族だって自覚はありそうなのに、たまに発言が突拍子もない!
「……それは僕に言われても困ります」
「お父さまが良いって言ったらいいのね?」
「それはもちろん」
「分かったわ。お父さまにお願いしてくるっ!」
「えっ? ちょ――」
フィーユは席を立ち、そのまま工房から走り去ってしまった。
――はあ。
アリアといいフィーユ様といい、女の子ってのは本当に理解できないな……。
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