第40話 アリスティア家の奥様とご令嬢

 七草粥を作り、領主様に認められた日から数日後。

 僕は一人、領主様の自室へと呼び出された。

 ノックをしてドアを開けると、領主様が神妙な面持ちで待っていた。


 ――なんだろう?

 僕、何かしたっけ……?


 最近調子に乗りすぎてるから死刑、とか言われたらどうしよう。

 僕みたいな米農家の息子なんて、領主様の一声でどうにでもなってしまうのがこの世界だ。怖い。


「お、お待たせしてすみません。何かご用でしょうか」

「ああ、突然呼び出してすまない。実はフェリク君に頼みがあるんだ」

「……は、はい。何でしょう」

「あの七草粥という料理、それから甘酒を食べさせたい相手がいるんだ」


 ――――へ? 


「も、もちろんそれは構いませんが、どこかお体でも悪いんですか?」


 いつになく真剣な表情で切実そうに頼み込んでくる領主様に、思わずそんな質問が口をついて出る。

 レシピなら、今までにもたくさん伝授してるのに。何を今さら……。


「…………実は、私の妻と娘の体調が良くなくてね。こんな辺境の治癒師では埒が明かないから、何かあった時のためにと王都に近い妻の実家で療養させているんだ。でもどうにも食が進まないらしく、何を出してもあまり食べないらしくて」

「それは……大変ですね……」


 ――な、なるほど。そういうことだったのか。

 領主様と出会った当初、彼は娘がいるような発言をしていた。

 しかしこの屋敷に来て半年以上経つが、僕はそのご令嬢を見たことがない。

 それどころか奥様の姿も見当たらず、てっきり相手がいないことを知られたくなくて見栄を張ってしまったのだと思っていた。

 が、奥さまもご令嬢も、ちゃんと実在してたらしい。ごめんなさい領主様。


「けど、もしかしたら七草粥や甘酒なら喉を通るんじゃないかと思ってね」

「……現状、精米が僕のスキル頼りなので、お米の受け渡しが必要です。甘酒を作るには米麹も必要ですし」

「今、君にアリスティア領を離れられると困る。妻の実家までは、往復だけで半月近くかかるからね。だから、エイダンに頼んで遣いの者をこちらへ呼び寄せている」


 まあ、フローレス商会と取引している米農家から買い取った米の品種改良、それから白米への精米は、僕が一手に引き受けてるし。

 新しいレシピの開発もあちこちから依頼されている。

 だから、今アリスティア領を離れられちゃ困るってのは分かる。

 王都へも行ってみたかったけど……仕方ないか。


「そういうことなら。では、僕も早速準備します!」

「ありがとう。いつも悪いね」

「いえ、お気になさらず。領主様には多大な恩がありますから。力になれるのなら光栄です」


 ……それにしても、食事が喉を通らないのは心配だな。

 栄養をしっかりと摂らないと、治る病気も治らないし。

 七草粥だけじゃ飽きるだろうから、遣いの人には消化によさそうなお粥レシピ、それから甘酒のアレンジレシピもいくつかレクチャーしておこう。

 何の病気か知らないけど、早く回復して元気になりますように!

 そしてあわよくば、お米を好きになってもらえますように!!!

 僕はそう願いながら、スキル【品種改良・米】と【精米】でお粥に合う米を量産していった。

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