第117話 米農家の息子から貴族へ

「――息子と私たちを引き離さないと、本当に約束していただけますか?」

「もちろんだ。不安ならば、魔導具を用いた正式な魔導契約書を用意しよう」


 正式な魔導契約書というのは、特殊な用紙とインク、ペン、それから契約者の血判を用いて行なうもので。

 たとえ貴族と平民であっても、契約が完了すればその内容を違えることはできない。

 一方の都合で勝手に反故にすることもできない。


 その契約は王族の管理下にある「魔導契約管理局」が管理する仕組みらしく、つまりは「王に誓った」ということになる、と、僕とアリアの勉強を見てくれている家庭教師・ラヴァル先生が教えてくれた。


「……しかし、なぜ領主様はここまでしてくださるので?」

「フェリク君との養子縁組は、うちにとってもプラスが大きい。もちろん、将来有望なフェリク君を愚かな貴族に潰されたくない、というのもあるけれどね」


 ――な、なるほど。

 たしかに、今やお米ビジネスはアリスティア領の一大産業だもんな。

 よそに取られる前に対処しておこうってことか。


「……フェリクはどうしたいんだ?」

「僕は……僕の力が役に立つなら、お米を役立ててくれるなら、できるところまでやってみたい。でも、父さんと母さんが悲しむのは――」


 不安そうに涙ぐむ母親を見て、思わず決意が揺らぐ。が。

 母は何やら覚悟を決めた様子で前を向く。


「お母さんはフェリクの意思を尊重するわ。この子の可能性を、親である私たちが潰すことはできないもの」

「か、母さん……」

「領主様、どうかフェリクをお願いします」


 母はそう、深く頭を下げた。

 それに続いて、父も同じように頭を下げる。


「もちろんだ。フェリク君のことは、私が全力で守ると約束しよう。手続きを終えれば、フェリク君は正式にうちの息子――つまりアリスティア辺境伯の息子となる。そこらの貴族には手出しさせないさ。うちなら、王族との交渉力もある」


 ――なんかとんでもないことになってきたな。

 いや、今更だけど。

 前世の記憶が戻って、「米農家の息子なんて、これで米活し放題だぜ☆」くらいに思ってたあの頃が懐かしい……。


 領主様に話を聞きながら、僕は思わず心の中でため息をつく。

 でも、前世の日本で親しまれていた「お米」のポテンシャルを知ってるのは、この世界では僕だけだ。

 なら、何としてでも僕が広めなければ――。


「フェリク君に会いたくなったら、いつでも遠慮なくうちへ来るといい。使用人にも話を通しておくよ。もちろんクライス農場の管理は、これまでどおり君たちに任せよう。これからも、エイダンとともに仕事に励んでくれると助かる」


 こうして僕は両親の承諾を得て、アリスティア家とクライス家で正式な魔導契約を交わし、アリスティア家の養子として貴族へと転身したのだった。

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