第2話 よみがえった前世の記憶

 くそっ……なんで……っ。

 前世のぼくは、何か米に呪われるようなことでもしたのか?


 米農家から一生逃れられそうにないスキルに、思わず涙がにじむ。

 しかしこれは、神様からの授かりものだ。

 ただの人間であるぼくにはどうすることもできない。


「……ありがとう、ございます」


 そう言って目を開けようとした瞬間、『あっ、待って! それから――』と何か声が聞こえたような気がするが。

 神様がスキル以外の話をしてくるなんて聞いたことがない。

 恐らく気のせいだろう。


 ……はあ。母さんも父さんも、がっかりするだろうな。

 まさかここまでの外れスキルを引き当てちゃうなんて。

 WEB小説なら追放ルート確定案件だ。


 ――うん? WEB小説? 追放ルート?

 なんだそれ???


 ため息をつき、椅子から立ち上がって部屋を出ようとしたそのとき。

 強い立ちくらみがして、目の前が真っ暗になった。そして。


 ――な、なんだ、これ?


 突然、脳内にものすごい勢いで知らない記憶がなだれ込んできた。

 知らない……いや、違う。

 これはすべて、ぼくが経験してきたことだ。

 僕の、前世の記憶だ。


 ◆◆◆


 なだれ込んできた記憶の僕は、米原秋人(まいばら あきと)という、30歳の会社員だった。

 秋人は結婚どころか彼女すら無縁のぼっち生活を送っている男だったが、彼はそれを不幸だと感じることなく過ごしていた。


 なぜなら――米があったから。ごはんがあったから。


 秋人は無類の料理好きで、特に米が大好きだった。

 程よく水分を含んだもっちり感、白く輝く艶やかさ、噛んだ瞬間にじんわり広がる甘みとうまみは、秋人を圧倒的に魅了していた。


「そうだ、僕は米屋で米を買った帰り道に――」


 その日は、行きつけの米屋にお気に入りの銘柄の新米が入る日で。

 会社を早退し、無事その新米10キロをゲットした。

 そして米を自転車に積み、帰宅している最中――曲がり角からスピードを落とさずに飛び出してきたトラックに跳ねられたのだ。


 視界の先には歪んだ自転車。

 そして、破れた米袋から溢れた米が大量に散らばっていた――。

 ああ、あの新米、食いたかったな……。


 ◆◆◆


「――ライス! フェリク・クライスっ!」

「――っ!?」


 ふと気がつくと、僕は床に倒れていて。

 父と母、神父様、そしてアリアまでもが心配そうに顔を覗き込んでいた。


「フェリク! よかった目を覚ましたのねっ」

「か、母さん……」


 僕が起き上がると、母がぎゅっと抱きしめてくれた。温かい。

 が、30歳会社員だったころの記憶を取り戻してしまったが故に、柔らかい感触と甘い香りが妙に気にな――いやいや、相手は母親だぞ!


「フェリク、可哀想に。スキルの件よほどショックだったのね。大丈夫よ。あなたのスキルがどんなものでも、私の大切な息子であることに代わりはないわ」

「そうだぞ。まあ残念――というか【品種改良・米】って……ふ、はは」

「ちょっとあなた! 何笑ってるのよ!」

「……ま、まあ、スキルがなくても生きてはいけます。それに、もしかしたらおいしいお米と出会えるかもしれませんよ」


 神父様は、どうするべきかと言った感じで視線を彷徨わせ、苦し紛れの慰めの言葉を必死で紡ぎ出す。

 その横では、アリアが何とも言えない表情を浮かべていた。


「米……そうだ米だ! こんな大事なことを忘れていたなんて!!!」

「え、ふ、フェリク? どうしたのよ突然……」

「……スキルの授与で、少し頭が混乱しているのでしょう。今日は帰ってゆっくりお休みください」

「ご心配をおかけしてすみません。フェリク、帰ろう」


 こうして僕は、スキル【品種改良・米】を授かり、両親とともに帰宅したのだった。

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