第30話 麹の力はすごいんだぞ!

 初出店の日の早朝。

 僕とアリア父は、最終確認をするため、白米料理を出す屋台の出店者に少し早めに集まってもらった。

 今いるのは、白米料理専門屋台「ムスビ」の前だ。


「みんなおはよう。今日からよろしく頼むよ。フェリク君、君も何か一言」

「お、おはようございます。今日からよろしくお願いします」


 周囲にいるのは大人たちばかり。

 一番年下でも、僕以外は売り子として雇われた10代半ばの男女だった。


 ――8歳の背丈で大人サイズの人間に囲まれると、なかなかに威圧感を感じるな。

 しかも今、僕この中でアリア父の次に偉い立場にいるのか。


「え、ええと……屋台の運営については、僕より皆さまの方が詳しいことと思いますので省略します。今日は、開店前に皆さまにご試食いただきたいものがあります。……シャロ、ミア、よろしく頼むよ」

「かしこまりました」


 シャロとミアは、事前に用意していた試食用の小さな焼きおにぎりを出店者へ配って回る。


「……先生。失礼ですが、これは少し焦げすぎでは?」

「せ、先生はやめてって言ってるのに……。大丈夫ですよ、これは醤油と砂糖を混ぜたものをほんの少し混ぜ込んで、あと塗って焼いたんです」

「し、しょうゆ、とは?」


 ちなみになぜ「先生」と呼ばれているのかというと。

 僕と彼らが最初に会ったのが、ご飯の炊き方とおにぎりの作り方をレクチャーする講習会だったためだ。

 そこで白米に感銘を受けた彼らは、僕を先生と呼ぶようになってしまった。


 そして。そう、醤油だ。

 僕が研究期間中に一番神経を使ったと言っても過言ではない醤油が、ついに完成したのだ。麹の力バンザイ!


「とりあえず食べてみてください」


 出展者たちは、みな頭に?を浮かべながらも焼きおにぎりを口にする。

 僕もアリア父も、彼らの反応への期待で口元が緩みそうになった。

 アリア父は、昨日醤油のすばらしさを堪能済みだ。

 最初は試食用に小さく作ったのだが、もっとほしいと要求され、領主様と2人、追加で6つも平らげてしまった。どう考えても食べ過ぎだろう。


 ――まあ、醤油×白米×おこげという最高の組み合わせを始めて味わったんだし、無理もないけど!

 さて、出展者たちはどんな反応をするか……。


 焼きおにぎりを食べた出展者たちは、みな驚いた様子で一瞬固まり、興奮を抑えきれない様子で僕を見る。


「す、素晴らしい味だ。まるで互いが互いのために存在しているかのような相性の良さ……。先生、このしょうゆ?というものをぜひうちにも分けていただきたい!」

「おいずるいぞ! 先生、うちにもぜひ!」

「フローレス様、うちでもぜひ扱わせてください!」

「うちもお願いしますっ」


 やった! 食いついたああああああ!!!

 苦労した甲斐があった……醤油を1人で作ったのなんて初めてだったよ。

 まだまだ改良の余地はあるけど、とりあえず醤油っぽくはなったし、今回はこれでいこう。


「落ち着いてください。ちゃんと全店分用意してますから。念のために、単一にはなってしまいますが、今食べていただいた焼きおにぎりのレシピも配布しますね。今回は特別に無償でプレゼントします。塗りすぎると辛くなるので分量を見て使用してください」

「なんと! こんな素晴らしいものを無償で!?」


 シャロとミアが、あらかじめ砂糖と醤油を混ぜた「砂糖醤油」の入ったボトル1本、それからレシピをそれぞれに配布していく。

 醤油を受け取る嬉しそうな出店者たちを見て、僕とアリア父は思わず顔を見合わせ頷いた。


「あとのことは、昨日までの打ち合わせどおりだ。私とフェリク君、それからうちの社員も屋台通りにいるから、困ったことがあればいつでも声をかけてくれ。それじゃあ各自、開店準備を。……フェリク君、私たちも準備を始めようか」

「はいっ」


 開店まであと僅か。

 甘酒はもう用意してあるし、おにぎりはレクチャーしたアシスタントが握ってくれる。

 あと僕がすることは、「おこげサンド」を完成させることだ。

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