第28話 辺境伯アリスティアの裁き

「どれも本当に素晴らしい。それにバリエーションもつけやすく、各店で工夫ができそうなところも差別化できそうでいいな」

「ありがとうございます」

「フェリク君、この基本のレシピを厨房のシェフたちに教えてやってくれないか? 君だけに任せていては、君が倒れてしまうからね。報酬は弾むよ」

「もちろんです。喜んでお教えしますよ」


 元々の生活を考えれば、衣食住に困らず暮らせるだけでありがたいこと。

 そのうえ城内に部屋をもらえて、報酬をもらいながら米のことだけ考えて生きられるなんて!

 しかも領主様も驚くほど優しいし、恵まれすぎて怖いくらいだ。


「アリスティア様、失礼します。――お、フェリク君じゃないか」

「おお、エイダンか。入りたまえ。ちょうどよかった。君も試食してみるといい」

「屋台メニュー、ついに決まったんですね。では失礼して、私も」


 エイダンが席につくと、控えていたメイドが皿から取り分けて彼の前へ置く。

 エイダンは並べられたおにぎりとぬか漬け、おこげサンド、甘酒を味わい、度々目を見開いたり、じっくりと眺めたりしながら堪能した。


「どれも素晴らしいですね。この変わった漬け物、酒のつまみに合いそうだ」

「はっはっは。やはり私も君も、酒が好きというわけだな」


 まったくこれだから大人は!

 まあ僕も前世でやってたし分かるけど!


「そうだフェリク君、今後に備えて、クライス家の米の種籾を至急量産してもらえるかい? 領主様も期待してくださってるし、これから忙しくなるぞ」

「う、うん。……でも僕、ファルムの人たちのこと、どうしても」


 僕はどうしても、うちに火をつけたファルムの人々を許すことができなかった。

 家を燃やされたことも、一家揃って殺されかけた事実ももちろん悔しいが、あの家にはクライス家が代々受け継いできた大事な農具がたくさんあったのだ。

 それに、米だって収穫目前だった。

 あの火事のせいで、それらすべてが一夜にして灰になってしまった。


 ――汚れた手でうちの米に触らないでほしい。

 でもおじさんが取り仕切ってるんだし、きっとファルムの農家さんにもうちの種籾がいくんだろうな……。

 あいつらのことだ、金になるなら、迫害していたクライス家の米だって平気で使うに決まっている。


 そうやりきれない気持ちに支配されかけたその時。


「ファルム? そんな村、このアリスティア領内に存在しないよ」


 領主様は、笑顔でさらっととんでもない発言をした。


「…………え?」


 え、今なんて言ったんだこの人……。

 ファルムが存在しない???


「エイダン、そんな村、あったかな?」

「……いいえ。アリスティア領内に、そのような村はありません」


 その言葉にゾッとして、思わずアリア父の方を見る。

 アリア父はそれ以上は何も言わず、いつものように笑みを浮かべていたが。

 その笑みは、何か恐ろしいものを見たかのように引きつっていた。


「で、でも、それなら……」

「そういえば噂だけどね。とある村の村民が、奴隷落ちして全権利をはく奪されたそうだ。今は施設で厳しい奴隷教育を受けているらしい。いったい何をやらかしたんだろうね? まったく、世の中何があるか分からないな。はっはっは」


 満足げに笑う領主様のその言葉に。

 僕は言葉が出ず、気づけばアリア父と同じ顔をしていた。

 さ、さすがほぼ全ての権限を認められているらしい辺境伯。こええええええ。

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