第101話 王都への出発の日

 この日から、僕はいつもの授業に加え、貴族としての立ち居振る舞いやマナー、知識を徹底して詰め込まれた。

 今やクライス工房の従業員もだいぶ育っていて、通常業務のほとんどは僕なしでも進められる状態になっている。

 が、相変わらず僕に会って話をしたい、相談したいと願う料理人やオーナーが後を絶たず、それに関しては自分で対応しなければならない。

 正直、めちゃくちゃ忙しかった。


 ――うん。

 こんなの9歳の生活じゃないだろ絶対!


 おまけに今は、大量に持ち帰った塩漬け中の梅、ロカルの玄米茶、カントルの五平餅イベントの件など、気になることが山積みなのだ。


「フェリク様、先日注文していた精米機が届いたそうです」

「あ、ああ、うん。えっと……とりあえずテスト契約してる村や集落に手配してもらえるかな。これ、場所と数のリスト」

「かしこまりました。……大丈夫ですか?」

「あんまり大丈夫じゃないかも……」


 今の僕は、自室の机にノートを開いたままつっぷし、眠気というよりもはや気絶との戦いに必死で挑んでいる状態だ。


「少し休まれた方がいいのでは?」

「うーん、でもまだ課題が……それに明日はテストもあるし……」


 なんて考えていると、ふいに体を抱きかかえられた。

 目の前には、シャロの顔、そして柔らかい2つの膨らみがある。


「えっ? ちょ――シャロ!?」

「ベッドに行きましょう。そんな働き方をしていると、体調を崩しますよっ」

「いや、ちょ、待っておろして……」

「ダメです」


 こんな美少女にお姫様だっこされるなんて、恥ずかしくて死にたいし一体僕はどうしたら……。


 ベッドにそっとおろされ、布団をかけられる。

 そしてベッドの横に椅子を持ってきたと思ったら、そこに座って、そっと僕の頭を撫でだした。


「いやいや待って! そういうのいいから!」

「ええ、何ですか、添い寝がいいんですか? でもアリスティア家のメイドという立場で、フェリク様のベッドに入り込むのはさすがに……」

「言ってないからね!? わ、分かった休むよ。だからシャロは仕事に戻って」

「…………本当に?」

「本当に!!!」

「……ふふっ、分かりました。なら私はこれで失礼しますねっ」


 シャロは満足げに笑って、一礼して部屋を出ていった。

 まったく、見た目が子どもなのも考えものだな!


 ◆◆◆


 こうして僕は、シャロとミアを初めとしたメイドさんや従業員、それからアリアの監視――もとい協力のもと、どうにか仕事をしながら授業をこなして。

 ついに王都の学校へ向かう日を迎えた。


「それじゃあフェリク君、気をつけて。大丈夫、エイダンも一緒に行ってくれることになったから、分からないことは彼に任せなさい。私も行ければよかったんだが……何かと立て込んでいてね。エイダン、フェリク君とうちの娘を頼んだよ」

「かしこまりました。――それじゃあ行こうか。もう迎えが待ってる」


 アリア父にそう促され、馬車に乗り込もうとしたそのとき。


「フェリクっ! その……ち、ちゃんと帰ってきてよね! ほかの女の子に誘惑されたら許さないからっ」

「ええ……。会うのはフィーユ様と王女様だよ? 何も起こらないよ」

「だ、だって……お嬢様はその、フェリクのこと……」

「こらアリア、黙りなさい! こんな場でそんなこと――」

「はっはっは。まあフィーユだって馬鹿じゃない。フェリク君にその気がないことくらい、分かってるだろうさ」


 青ざめるアリア父をフォローするかのように、領主様が笑う。


「……ま、まあとにかく行ってくるよ」

「――ん。いってらっしゃい」


 名残惜しそうなアリアを残し、僕とアリア父は王城から迎えにきた馬車に乗り込む。もちろん、スキル【転移】持ちの従者も一緒だ。


 ――よし、帰ったら梅干し作りに励むぞおおおお!

 待ってろ梅とごはんのコラボレーション!!!

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