第59話 おこげサンドは、奥様には背徳の味らしい
僕のスキル【品種改良・米】の力が発覚して以降、奥様とフィーユは度々工房を訪ねてくるようになった。
奥様の実家があるファルマス領までは、アリスティア領からだいぶ距離がある。
そのため白米を使用した料理は一切伝わっておらず、今でも「米=カユーの原料」でしかないらしい。
「――お米にこんなおいしい食べ方があったなんて、衝撃だわ。わたくし、お粥と甘酒を知るまで、お米を食べる生活なんて絶対に嫌って思ってたのに」
「こらフィーユ、そんな言い方をしてはだめよ。ごめんなさいね、フェリク君」
「あはは。気にしないでください。カユーしか知らない中で、あれを食べたいと思って食べる人なんてほとんどいませんよ」
フィーユは、鶏肉をにんにくとトマトソースで炒めたものを挟んだおこげサンドを頬張り、ご満悦だ。
奥様も手で持って食べるおこげサンドに最初は戸惑いを見せていたが、今は満更でもない様子で食べてくれる。
「そうそう、解析の結果だけれど……」
「は、はい」
「フェリク君が手を加えたものには、かなりの率で何かしらの効果が付与されているみたい。ただ、体力回復を少し促進させる程度のものだから、うちの領内で消費する分にはそこまで問題ないかしらね」
な、なるほど。でもまあ、問題ないならよかった。
「一応すべて解析し終わったから、夫に報告して検討してもらうわね」
「お願いします。何度も足を運んでいただき、ありがとうございました」
「いいえ。こちらこそ、いつもおいしい食事をありがとう」
奥様とフィーユを工房前まで見送り、部屋へ戻ろうとしたその時。
「――ね、ねえフェリク」
「はい、何でしょう?」
「その……今後もたまに来てもいいかしら?」
フィーユは少し恥ずかしそうに、もじもじしながらそんなことを聞いてくる。
居候の僕相手にそんな遠慮がちに言わなくてもいいのに。
まあ、可愛いけど。
「ええ、もちろんです。いつでも」
「本当!? おいしいごはん、期待してるわね!」
「ちょっとフィーユ! まったく、あなたって子は……」
「なによ、本当はお母さまだって食べたいんでしょう? いつも直接かぶりつく背徳感がたまらないって絶賛してるじゃない!」
フィーユの指摘が図星だったのか、マリィは真っ赤になって黙り込んでしまった。
――というか背徳感。
いやまあ分かるけど!!
でも、奥様もそんなふうに思うのか。
「奥様もぜひ。いつでもお待ちしております」
「え、ええ。ではまた」
屋敷へ戻っていく2人を見ながら、僕は「次はどんな料理で驚かせよう」「2人の好みも聞いてみたい」と楽しみが湧きあがってくるのを感じていた。
グラムスや契約農家を中心に、少しずつ白米文化も根づきつつあるが。
しかし貴族の中には、おいしいと食べておきながら、それがお米でできていると分かるや否や怒って帰ってしまう人もいるという。
先日レストランの料理長が、貧乏人の食べ物を食べさせられ、しかもそれをおいしいと思ってしまった自分に耐えられないのでしょう、とため息をついていた。
辺境伯としてこの辺一帯を管理しているアリスティア家は、そんな貴族の中でも最上位の貴族であるはずだ。
にも関わらず、領主様も奥様もフィーユ様も、皆偏見なくお米を愛してくれる。
――本当に、僕はなんて恵まれてるんだろう。
いろんなことがありながらも確かに感じる手ごたえと、米を愛し応援してくれる領主様や仲間たち。
前世でだって、米活に関してはここまで恵まれてなかった。
おいしい米は豊富にあったけど、でもごはんがおいしいことが当たり前すぎて、多くの人が米に無頓着だった。感動を共有できる仲間がいなかったのだ。
1人で楽しむのもそれはそれでよかったけど、仲間がいるっていいな。
アリアも仕事頑張ってるみたいだし、アリア用の回復飯も考えたい。
甘酒のバリエーションも増やしたいな。
本当は日本酒と組み合わせると最高にうまいけど、今は子どもだし。無念。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます