第80話 クライス工場って何なんだああああ

「ほら、あそこがフェリク君の工場『クライス工場』だよ」


 高台になっているアリスティア家から馬車で工場へ向かう道のりで、アリア父は窓の外を指さしてそう言った。


「え、いや、あの……ええええええええ」


 その先には、転生前の都内某所にあった国際展示場並みの敷地が整備され、大きくて立派な建物がいくつも建てられていた。


「当時のクライス家には支払い能力がなかったし、アリスティア家とフローレス商会の出資金で建てたというのが正直なところだから、純粋に100%君のものというわけではないんだけど……まあそこはね、案外そういうものだから」

「いや、問題はそこじゃないよね!?」


 僕が工房でお米に没頭している間に、こんなことになってたなんて……。


 クライスカンパニーのお金は、現在うちの親が管理していることになっている。

 が、正直2人にこんな大金を管理する能力があるとは思えないし、恐らくは実質アリア父が運用している、といったところだろう。


 会社の経営に関して、社長であるはずの僕は完全に蚊帳の外で。

 日々、どこそこにお店がオープンしただの、取り扱い店が何店舗を超えただのという情報を、アリア父によって聞かされるくらいだ。

 まあ僕は正直経営には興味がないし、そもそも9歳だし、アリア父が率先してやってくれるに越したことはないんだけど。


 ――でもなんか、米活をエンジョイしているだけでこんな、いいんだろうか、という気持ちにはなるよな。うん。


 クライス工場へ着くと、もはや数えきれない従業員が中央の庭のような場所に集まっていた。

 正直帰りたい!!!


「皆さまお集まりいただきありがとうございます。このクライス工場もようやく完成ということで、社長をお連れしました。……社長、ご挨拶を」

「え、いや、あの……。ふ、フェリク・クライスと申します……」

「この通り、社長はまだ9歳の子どもです。しかしカユーの原料として社会の片隅に追いやられていた米に可能性を見出し、こうしてアリスティア領の大きな産業として発展させたという功績を持ちます。そして――」


 アリア父が何やら説明しているが、緊張でもはやまったく頭に入ってこない。

 僕はこんな、こんな表に立って目立ちたいタイプじゃないんだ……。

 それこそ社会の片隅でひっそりと、うまい米を満喫したいだけなのに。

 前世でだって、ずっとそうやって生きてきたのに。

 どうしてこうなった……。


 そもそも、こんな大きな工場の大元であるクライスカンパニーの社長が子どもで、しかも9歳って。

 そんなの、工場の人たちだって納得できないに決まってる。

 ……そう思っていたのだが。


「可愛い!」

「なんだあの謙虚な少年は。妖精の類か?」

「あの歳でスキル3つ持ちだなんて天使に決まってる。尊い」

「すべてを失って家族のために身一つで……。もう推すしかないのでは!?」


 なぜか拍手と笑顔で迎えられ、変な方向に大絶賛されてしまった。

 僕が緊張で呆然としている間に何を話したんだアリア父。


「社長は基本的には、アリスティア家にある工房にいらっしゃいます。が、定期的にこの工場へも視察に来られる予定ですので、みんなでお米業界を盛り上げていきましょう!」

「「「おー!!」」」

「……というわけで、彼らはクライスカンパニーの従業員ということになる。定期的にここにも顔を出して、彼らの士気を高めてやってくれ」

「は、はあ……」


 ここに来て改めて、僕はとんでもない世界に巻き込まれてしまったのだと自覚した。

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