第18話 生まれ育った村との別れの日

「それで、話というのは……」

「率直に言うと、うちで、住み込みで働かないかい?というお誘いだ」


 領主様の話によると、本格的に白米を売り出す場合、うちの田んぼで収穫できる量ではとても足りそうにないらしく。

 アリスティア家が用意した広大な田んぼをまるっと任せたい、とのことだった。

 すべてを失ったクライス家にとっては、願ってもない話だ。


「もちろん、衣食住と足りない人手はこちらで用意しよう。使用料は収穫量の10%、残りの米はこちらが買い取るという形でどうかな? 買取価格は、最初はこれでどうだろう?」

「!? こ、こんなにいただけません! いくらフェリクが改良して精米してるとはいえ、米ですよ!?」


 提示された金額がいくらだったのかは分からないが。

 父は領主様が差し出した書類を見て、慌てて首を横に振る。

 が、それで引く領主様ではない。

 父にとってはとんでもない金額でも、領主様にとってはそれ以上の収益が見込めると思っての提示額なのだろう。


「クライスさんたちは、うちの大事なビジネスパートナーということになる。これくらいは当然だろう。フェリク君の能力は、恐らく唯一無二だからね。もちろん、売上が上がれば上乗せも可能だ」

「ビジ――助けていただく身でそのような……。身分も立場も違いすぎます」

「うーん、クライスさんも頑固だなあ。私も一応、貴族なんだ。身分が違うと弁えているなら、あまり私を困らせるものじゃないよ。ここは素直に頷きたまえ」


 領主様に笑顔で圧をかけられ何も言えなくなった父は、大人しく「承知しました」と頭を下げた。

 その様子を見て、領主様は満足気にうんうんと頷きながら微笑む。

 この人めちゃくちゃいい人だな!?


「それじゃあ、交渉成立だね。エイダンも、フェリク君も、それでいいね?」

「ええ、もちろんです」

「僕も問題ありません」

「それじゃあ、馬車を用意してあるから、君たちも準備をするといい。しばらくは慣れない生活で大変かもしれないが、私もできるだけフォローするよ」


 そう、領主様が席を立とうとしたその時。


「ま、待って。それじゃあ、フェリクは遠くに引っ越しちゃうってこと?」

「アリア、やめないか。仕方がないだろう。彼らの家は、火事でもう……」

「で、でも、うちに置いておくことだって――! 私フェリクと離れたくない……」

「我儘を言うんじゃない。まったく……すみません、気にしないでください」


 涙をにじませ反論するアリアをたしなめ、アリア父はそう準備を促す。

 アリアは、僕みたいな貧乏人ともずっと仲良くしてくれていた大事な友達だ。

 僕だって、離れるのは正直つらい。


「アリア、遠くっていっても、会えない距離じゃないよ。たまには遊びに来るし、おじさんが領主様に用がある時ついて来たらいいんじゃないかな」

「だってパパ、お仕事だからって連れてってくれないのよ。次、いつ会えるの……」

「うーん。――あ、そうだ、アリアのスキルは【転移】だったよね? だったらそれを使いこなせば、きっと一瞬だよ!」

「フェリクの意地悪……そんなのいつになるのよ……。同年代で既にスキルを使いこなしてるの、フェリクだけなのよ!? ……でも、分かった。私頑張って練習する。だからフェリクも、たまには会いに来てね」

「もちろん。約束するよ」


 こうして僕たちクライス一家は、生まれ育った村・ファルムを離れ、領主様の屋敷へ向かうこととなった。

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