第126話 おいしい梅干しのために
アリスティア領を巡る旅の途中で梅を手に入れて約一ヶ月。
塩漬けにしていた梅は、水分が出てすっかり柔らかくなっている。
色も、薄い黄色から見慣れた琥珀色へ移り変わっていた。
「いい香り~! 梅の色、けっこう変わりましたね。いよいよ完成ですか?」
「すごいよね。あとは3日間くらい天日干ししたら完成かな」
梅酢を軽く拭き、平べったい形状のザルの上へと並べていく。
異世界で梅仕事なんて、なんか不思議な気分だな。
でもあと少しで! ついに! 梅干しが食べられる!!!
梅を干す場所は、風通しを考えて工房の前にした。
1日に1~2回梅をひっくり返すと、より均一に仕上がる。
「この梅から出た水分はどうするんですか?」
「それもこれからまだ使うから、最終日に一緒に天日干しするよ」
工房の前に簡易的なテーブルを出し、その上にザルを並べていく。
梅はけっこうな量ある。
多分、最低でも100個以上はあるんじゃないかな?
こんなに一気に作るのは初めてだし、なんかテンション上がる!
「――ほう? これは何をしているところだい?」
「わあ、すごい光景ね! いいなー、私もやりたかった!」
「あ、おじさん、アリア、おはよう。これから三日間くらい天日干しするんだ。それが終わったら完成だよ。本当は、半年から一年くらい置くとベストなんだけどね。でもできたらとりあえず食べてみようかなって」
工房前に並べられた大量の梅に、みんなの視線が集まる。
まるで梅の日向ぼっこだな。
おいしく育ってくれますように!
◇◇◇
こうして迎えた3日後。
濡れていた梅の表面が程よく乾き、いよいよ最終仕上げの段階となった。
「これをこの天日干しした梅酢に戻して、軽くまとわせれば完成だよ」
「えっ、せっかく干したのに戻すんですか!?」
「……フェリク君は、こんな独特な調理方法どこで学んだんだい? これはもはや、お米とは関係ないと思うんだが」
「フェリクのお母さんも、梅のこと自体知らなかったよね?」
「本当に、9歳とは思えない知識量です」
「え……っと……それは……」
しまった、おいしいごはんが食べられると思って気を抜いてしまった……。
シャロとミア、アリア父、アリアにじっと見つめられ、思わず言葉に詰まる。
「い、いやー、なんだろうね? 夢に出てきた……ような気がしたんだ。そんなことよりほら、梅をこの梅酢が入ったビンに戻すのを手伝ってよ」
「……はあ。まったく。分かった、手伝おう」
僕は強制的にその話題を終了させ、みんなに煮沸消毒したビンを手渡す。
アリア父は、これ以上聞いても僕が口を割らないと察したのか、ため息をついてビンを受け取った。
すべてをビンに詰め終わったら、工房のキッチンへ戻って梅の試食会だ。
ビンを振って梅酢を纏わせたら、そのうちの1つからいくつかの梅干しを取り出す。
「今日はあくまで試食だから、1人2つまででお願いします。あんまり食べても塩分の摂りすぎになるしね。あとは、よりおいしくなるように半年ほど寝かせておこう」
鍋に洗ったお米と水を入れ、スキル【炊飯】でごはんを生成。
お茶碗に盛ってみんなに配った。
ああ、ようやく炊き立てごはんと梅干しのコラボレーションが味わえる……!
「梅は味が強いからそれだけでもいいんだけど、いろんなものと組み合わせてもおいしいんだ。例えば、バター、鰹節、甘い味噌、あとは青じそも!」
僕は、事前に準備していた梅干しごはんのお供をテーブルへ出した。
なんか、おにぎり試食会やごはんパーティーのことを思い出すな。
「すごい、フェリクこんなのいつの間に準備したの!?」
「さすがですフェリク様! おいしそう!」
「これは期待が膨らみますね」
全員席に着き、梅干しと気になる具材を各自で取り分ける。
「梅干しは塩気が強いし酸っぱいから、少しずつ食べてね」
僕の言葉を受けて各自フォークで梅を崩し、その欠片を口へと運ぶ。
そして、一同声にならない声を上げた。もちろん僕も。
いや、分かってたけどね? でも酸っぱいものは酸っぱい!
「フェリク、これすっごくすっぱいわ! く、口の中が……」
「これはなかなかに……。でもお酒と合いそうな味だな……」
「あははは、すっぱーい! すごい味ですね! クセになりそうです!」
「……し、刺激的です」
みんないい反応するな、相変わらず!
梅干しの刺激驚き、それを緩和しようと後追いでごはんを頬張った。
「――! これは驚いた。ごはんの甘さと梅干しの酸味が合わさると、こうも深い味わいになるのか……」
「ねえ、バターも一緒に食べるとすっごくおいしくなる!」
アリアは早速、バターと組み合わせて楽しんでいる。
もうちょっと梅単体で味わってほしかったけど、まあ食べ方はそれぞれだしな。
――にしても、うまい。本当にうまい。
「あー、幸せ……。体に沁みる……!」
「ちょっとフェリク、なんかおじいちゃんみたい!」
「もう、おじいちゃんでも何でもいいよ。僕はこの幸せを存分に噛みしめる!」
ごはんと梅干し。
その食べ慣れた味に、心が溶かされていく。
「梅干し、お味噌と青じそを掛け合わせても合いますね!」
「――本当だ、うまい。ああ、ここに酒がないことが悔やまれるよ」
「お持ちしましょうか?」
「ああ、いや、今は大人しくごはんで梅干しを味わうよ。ありがとう。――フェリク君、この梅と味噌、あと青じそを少しだけ分けてもらっても? ぜひとも領主様にも食べさせてあげたくてね」
この人、絶対一緒にお酒が飲みたいだけだな!!!
まったくどうしようもない大人だ。
「しょうがないな、じゃあ5つだけあとで渡すよ。これ以上はダメだからね! 本当においしくなるのはまだ先なんだから」
「はは、分かってるよ。ありがとう」
こうして梅干しのお披露目会は大好評となり、あっという間に過ぎていった。
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