第12章 アリスティア夫人とご令嬢

第56話 アリスティア夫人とご令嬢の帰還

 朝、いつもどおり工房の自室で目を覚ました。

 窓から入るカーテン越しの光が、柔らかく部屋を照らしてくれる。


「……ふあ。今日も天気良さそうだな」


 そんなことを考えながら起き上がり、ふと違和感に気づく。

 シャロとミアがいない……。

 2人はいつも、温かいお湯と着替えを持って僕を起こしにくる。

 しかし今、その時間を30分ほど過ぎていた。

 それに、何やら外が騒がしい。


 ――何かあったのかな。


 正直、朝の支度は1人の方が気楽でいい。

 僕は前世でも現世でもただの平民で庶民だし、自分の半分くらいしか生きていない女の子に毎朝世話を焼かれる現状には未だ慣れられない。

 だから、いないことはどうでもいいんだけど(ごめん)。


 ――でも、着替えがないな。どうしよう。


 普段生活面のほとんどを世話してもらっているため、自分の服がどこにどう管理されているのか分からない。それに、勝手に探しに行っていいものなのかも……。

 窓から外を覗くと、外ではメイドたちが慌ただしく行き来していた。

 そしてその中に、シャロを発見する。


「おーい! あの、申し訳ないんだけど、着替えを持ってきてもらえる?」

「!? ふ、フェリク様! 申し訳ありませんすぐに!」

「あ、いや、ゆっくりでいいよ! べつに急いでるわけじゃないから」


 しばらく待っていると、シャロが慌てた様子で部屋へ入ってきた。


「フェリク様、申し訳ありませんっ!」

「いや、こっちこそ忙しい中ごめん。服の位置が分からなくて。ありがとう。それより外が騒がしいけど、何かあったの?」

「実は昨夜、急遽奥様とお嬢様がご帰還されるとの連絡があったそうで」


 アリスティア夫人と娘のフィーユは、王都近くにあるご夫人の実家で療養中だと聞いている。

 帰還するということは、体調が良くなったということだろうか?


「そっか。僕は自分で支度できるから、戻っていいよ」

「い、いえ、でもそんな」


 そんなやり取りをしているうちに馬車の音が近づき、そして屋敷の前に止まった。

 自室の窓から外の様子を見ると、ご夫人、それからフィーユらしき2人が馬車から降りているところだった。

 そこには領主様の姿もあり、何やら2人と話している。


「ここにいてよかったの? お出迎えとか」

「へ? い、いえ、私のようなただのメイドが、奥様とお嬢様をお出迎えだなんて」

「あれ? そ、そうなんだ」

「旦那様は、そうした無駄は好みません。アリスティア家の皆さまをお出迎えするのは、使用人では執事のバトラさんやメイド長くらいですよ」


 ま、まじか……。

 僕はてっきり、使用人たち全員がずらっと並んで「おかえりなさいませ」って言うものだとばかり……。

 しかしそれは、どうやらアニメやマンガの見すぎだったらしい。


 ――僕も挨拶に行くべきかと思ったけど、シャロですら外野なのか。

 なら僕が出る幕ではないな。仕事しよう。


「そっか。あ、服ありがとう」

「本当に申し訳ありませんでした」

「気にしなくていいって。仕事が落ち着いたら、また味見係頼むよ」

「! はいっ、かしこまりました」


 こうしてそれぞれ仕事に戻ろうとしたそのとき。


「フェリク様」

「――ミア。おはよう。どうかした?」

「旦那様がお呼びです。奥様とお嬢様が、ぜひともフェリク様にお会いしたいと」

「――――へ!?」


 な、なんだろう?

 甘酒やお粥が口に合わなかった、とか?


 会ったことがないだけに性格もまったく分からないし、状況が読めなさすぎる!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る