2話--未知と妹--
無機質な音声が私にそう告げた。
事実を飲み込むことができずに呆けていると全知が再度私に告げた。
『回答します。覚醒後にスキルを取得する方法は存在します』
「それは……本当なのか?」
『事実です。ダンジョン内にある隠された宝箱から出現、或いはモンスター等の魔石を喰らうことで取得することが可能です』
ダンジョンから出現するモンスターには魔石と呼ばれる石が体の中央に埋め込まれている。
その魔石は膨大なエネルギーを秘めており、そのことを知った人々は魔石の力――通称、魔力と呼んだ。
最初期は覚醒用の石としか認識されていなかった魔石だが有用性が見出されると一気に取引価格が上昇し、ハンターたちの主な収入源になる。
魔力は地球上に存在するエネルギーの全てに互換を持っており、その真価が分かってからは世界の主力となっているエネルギーが電力から魔力へと変わってゆく。
他の用途としてモンスターの素材から作られた武具に魔石を嵌め込むとモンスターが使用していたスキルの一部が使えるようになる……らしい。
……なるほど。魔石を食らうという事は体内に吸収するという事。魔石をはめ込む対象が武具ではなく人になったというだけなのか。
「はははっ……誰が石を食おうだなんて思うんだ……」
武具に関して私は剣1本で戦い続けていたため、その辺の知識については曖昧だ。
金属製の鎧などのガチャガチャしたものは好かない。
最低限の皮鎧は付けていたが、魔石を使用した鎧は付けたことがなかった。
一呼吸置いて全知に再度問う。
「つまり、魔石を食えばいいんだな?」
魔石……と言われるが所以は石のように硬い。若い肉体だが――歯が石より頑丈な訳ではないだろう……。
いったいどうすれば……? と頭を悩ませていると全知が答えた。
『魔石は所有者の肉体から取り出された30分以内であれば唾液に反応し、融解します。体内に入った後は喰らった者の魔石へと還元されます』
覚醒することで人間にも魔石が生成される。30分以内……そのような仕組みが存在していたのか……。
30分以内となるとダンジョンの途中かボスを倒して帰還している最中だ。死と隣り合わせのダンジョン内では魔石を食おうなんて突拍子もない考えが生まれなかったのだ。
時間制限が無ければ試す者も居て回帰前では普及していただろうな……。
「ううむ……盲点だな。魔石を食ってスキルを得たらその分もレベルアップの能力値上昇に反映されるのか?」
『スキル習得以降のレベルアップ時に反映されます』
なるほど。と、なると如何に低レベルのうちにスキルを取得するかで能力値の伸びが変わってくるのか。
剣術しかなかった私のスキル欄を華やかにすることが可能となるはずだ。
今からダンジョンの出現が楽しみになってきた。
「最後にもう一つ質問だ。その魔石でスキルを得る対象は――人間も含まれるのか?」
『例外なく魔石を持つ生物の死後30分まで得ることができます』
「"モンスター等"とはそういう事か……。わかった」
このことは誰にも話さず伏せた方が良いかもしれないな……。人に話すと因果が生まれてどこかの誰かがダンジョン内で試して事が公になる可能性がある。近い言葉で言うと――バタフライエフェクトのようなものだ。
人類の相手はモンスターで、決して同じ人類ではない。人と人が争う未来を引き起こしてしまうぐらいなら私はこの事実を誰にも話さず口を塞ぐとしよう……。
【全知】に対する質問も、ひと段落して冷めそうにない興奮もようやく収まってきた。
小さく息を吐いて気を緩めた瞬間――ソレはやってきた。
「――ッッッ!」
『心拍数の上昇を確認。焦燥感と戸惑いを検知しました』
【全知】が何か言っている。
――簡単な問題なのだ。そう、誰しもが寝て起きた後に感じるであろう生理現象。
生まれたての赤子ではないのだから普通に分かるでしょ、と言われてしまうだろうが私は……私がこの肉体で、その行為が初である。
「オーケー、全知。用の足し方を教えてくれ」
情けなく尿意を我慢し内股で全知に教えを請う。男の時とは違って尿意を感じてからの限界が早い……。
私はダムを決壊させまいと下唇を嚙みながら必死に我慢した。
『便器に座って現在力を入れている部分の力を緩めてください』
なるほど、と頷きトイレへ駆け込む。
緩いゴムで止まっている寝間着のズボンを下ろし、便座に跨る。
「これでいいのか……?」
『問題ありません。トイレのドアを開けておく必要は感じられません』
誰かが見ているという訳ではないだろうに……。
渋々トイレのドアを閉め、力を弱めた。
すると男の時とは全然違って、音の響き具合が気になってしまう。
――コンビニのトイレに座ると音楽が流れるのはコレを緩和するためだったのか!?
世の中の真理に気が付いてしまったような気がする。
『……』
「ふう、危うく決壊してしまいそうだった」
ひとしきり出し終えてすっきりした。
いつも通り、用を足し終えた後にズボンを上げようとしたら全知に止められた。
『お待ちください。拭きましたか?』
「拭く? 何をだ?」
『女性の体には男性と違い、直接尿道を振って尿を切ることはできません。そのため排出部を紙等で抑えるように拭くことが必要となります』
「……やらないとどうなる?」
『雑菌の繁殖や臭いの原因となる可能性があります』
「ううむ……」
自分の体なのだから雑に扱っても良いだろう。と言う悪魔と清潔を保て、と言う天使が言い争っているかのようであった。
仕方ない。今回はやむを得ず拭くとしよう……。
今、私の目の前に鏡があれば苦虫を噛み潰したような表情をしているのが見て取れるだろう……。
「拭き終えたぞ。これで良いのか……?」
『問題ありません。大変よくできました』
……大変よくできました、か。
昔、学生時代であったころに押されていたスタンプを彷彿させる。
あの当時はテストに花丸のスタンプを見るだけで気分が上がったものだ。
【全能の神があなたを微笑ましそうに見ています】
「のわっ!?」
そう書かれた青いメッセージウィンドウのようなものが目の前に浮かんだ。
神……私を過去に戻した存在か。
「何が微笑ましそうに、だ……。保護者にでもなったつもりか……?」
『――創造主よりスキルが付与されました。スキル【小さな加護】を獲得しました』
「そんな簡単にスキルを人に与えて良いのか……?」
疑問に思うが、もらえるのであれば貰っておこう。
メッセージウィンドウの右下に「たいへんよくできました」の花丸スタンプが押してあることは気に食わないが……。
能力値を思い浮かべて【小さな加護】の詳細を確認する。
スキル名:【小さな加護】
効果:全能の神の加護。他の人と比べて少しだけ良いことに恵まれる
少しばかり幸運になったということか?
ついでに【全知】も確認しておこう。
スキル名:【全知】
効果:雋エ螂ウ縺ッ蜈ィ縺ヲ繧堤衍繧九%縺ィ縺ォ縺ェ繧
……確認不可のようだ。
文字が化けてしまって読むことができない。
「【全知】よ。この青いのは他人のも見えるのか?」
『見えません』
なら良いが……いつになったら消えるんだ? あ、消えた。
消えろと願えば消えるのだろうか。
『青いメッセージウィンドウはスキル:【全知】を介して神が接触する場合に表示されるものになります』
「つまり、【全知】の一部ということか?」
『そういうことになります』
いつまでもトイレにいるわけにはいかないので部屋に戻るとしよう。
ズボンを上げてトイレを流す。
ベッドに腰掛けて座る。
ダンジョンが出現するまでに何をするかスケジュールを組むとしよう。
残り12日か……ダンジョンからモンスターが溢れ出した後、人々は食料を買い求めた。
近所のスーパーなどは人が大勢来すぎて入店すら抽選で食料は5000円まで、などの制限が設けられていた記憶がある。
「食料調達が先か……」
『服を買うのが先決かと思われます』
服? そんなものクローゼットに入っているだろうに。
立ち上がりクローゼットに向かって扉を開けて服があるのを確認した。
「な? あるだろう?」
『現状の体では男性用の服はサイズが合っていません。適したサイズの服を買い求めることを推奨します』
――――失念していた。
そうだ、クローゼットに入っている服は男物。柱の横に立って頭の頂点を爪で記す。
今の私の身長は……160センチぐらいだろうか?
男の頃の私の身長は180センチ前後。通りで寝間着の袖が余っているわけだ。
「服を買いに行くにしても着ていく服がない……あ、アレがあるか?」
正直な事を言うと思い出したくなかった。2つ下の妹が泊ったり遊びに来た時に置いていった服だ。
ダンジョンが出現する前はよく私の家に泊まりに来ていたものだ。
身長は……今の私より少し低いぐらいだが着ることはできるだろう、着ることはな。
ただ、何の躊躇いもなく着れるかと聞かれたら答えはノーだ。
「まさか還暦を過ぎてから妹の服を着ざるを得ない時が来るとはな……」
『つべこべ言わずに着るのが得策かと思います』
【あなたが女物の服を着るかどうか、神々が賭けをしています】
一体この仕打ちは何なのだ!??
何故! 何故、私がこのような辱めを受けねばならないのだ……。
それに"神々"だと!? まるで複数居るかのような表記ではないか!!!
【全能の神が着るにBetしました】
【愛の神が着るにBetしました】
【戦の神が着るにBetしました】
【芸術の神が着ないにBetしました】
【鍛冶の神が着ないにBetしました】
目の前に鬱陶しい青い画面が出てくる。
着るかどうかを悩んでいると人の気配を玄関ドアの方から感じた。
「おねぇーちゃーーん!! 可愛い妹が来たよーー!!」
玄関ドアから大きな声が聞こえてきた。
もう何十年も聞いていない妹の声だとすぐに理解できた。
思わず涙が零れそうになった……が、感情を押し殺す。
「そういえば……【全知】、女になって過去に戻った私は皆にどう認識されている?」
『生まれた時から女性だった認識になってます。家族からはサイズの大きい男物の服しか買わない変人と認識されています』
……そういう認識になるのか。
ドアノブがガチャガチャと音を立てている。
「あれ? 寝てるのかな……? こういう時には……この前買ったピッキングツールを……」
「
「うぇっえ? お姉ちゃん、起きてたの?? なっ、何でもないよ!」
驚いた妹――沙耶は慌てて何かを自身の背後に隠した。
尻すぼみになって何を買ったかは聞こえてこなかったが、どうせ碌なものではないだろう。
「……本当に?」
「本当だってば!」
目を逸らしながら吹けていない口笛をする素振りを見せる。
沙耶は瞳の色と髪色は私と同じではあるが髪の長さは肩にかかる程度だ。
私と違い、ちゃんとした女の子の服を着ている。
「今日こそお姉ちゃんにちゃんとした服を買ってもらうんだからね!」
「沙耶の?」
「お姉ちゃんのだよ……? 二十歳になったのにいつまでもそんな服着てたらコンキ? を逃すってお母さんが言ってたよ!」
「はははっ、母さんは相変わらずだなぁ。立ち話もなんだから中に入りな、沙耶」
「ただいまー!」
そこは、お邪魔します。だろうに。
家族が住んでいる家だからあながち間違いでも無いのか……?
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