27話--特定とお泊り会--



 通常コースとして運ばれてきた懐石料理は非常に美味しかった。

 私に"美味しい"という言葉以外に良い味を表現する語録が無いことが悔やまれる。

 トイレに行ってくる。と言って部屋を抜け出してついでに会計も済ませてしまおう。

 自身の財布からこっそりとカードを引き抜いてきたので問題はない。

 

 支払いと用を足し終え部屋に戻ると3人が談笑していた。何の話をしているか気になるところだが盛り上がっているところに割って入るほど無粋ではない。

 自分の座布団に座って暖かい茶を啜る。ほろ苦い緑茶と和菓子の甘さが何ともいい塩梅だ。

 

「そうだ、小森さんも私の家来る?」

「いっ、いいんですか……?」

「お姉ちゃん、いいよね?」

「いいんじゃない?」


 晴れて沙耶の友人となった小森ちゃんを家に招待することに抵抗はない。七海が「ウチもいいっすか!? あざす!」と言っているが七海に関しては何も許可など出していない。

 皆でワイワイと話し合うのも存外楽しく、悪いものではないのがわかった。

 

「じゃあ、そろそろ帰ろうか。会計は済んでるからさ」


 全員が返事をしたのを確認して部屋を出て車に向かう。特に何事もなく自宅の駐車場まで着いた。

 階段を上っていくと私の部屋の玄関ドア前に黒いスーツを着た体格の良い男が3人立っていた。

 スーツを着ていること自体に違和感を感じさせる体格……。そのまま近づいて横に立つ。

 

「何か用?」

「……ほう」


 返事をした一人は片方眉を上げて私を見た。年齢で言えば60は過ぎていそうだが頬に大きな傷跡があり、どことなく歴戦の猛者のような感じを漂わせていた。

 3人の中で一番背の高い男は明らかに嫌悪を示して私を見ている。特に特徴のないもう1人は……あれ? どこかで見たことがあるような……。

 特徴のない男を凝視していると急に直角に礼をした。

 

「あの節は!! ありがとうございました!!!」

「……あ、あの時の自衛官か」


 声を聞いて思い出した。ゲートの前で立っていて最後に私に敬礼をした自衛官だ。

 ってことは猛者みたいな人は上司だろうか。

 階段のほうにいる沙耶たちが私を遠目で見守っている。沙耶に向かって手招きをして先に中に入っていることを伝える。

 

「お姉ちゃん、大丈夫そう?」

「うん、大丈夫だよ。皆で中で遊んでな」

「エロ本探すっすよ! 成人してるなら誰しも1冊は持ってるっす!」

「えっ……そうなの? 私持ってないよ……?」


 物々しい雰囲気を和ませようと七海が変なことを言って部屋に入っていった。残念ながらエロ本は無い。

 ドアを閉めて、そのまま寄り掛かって男3人に向き直る。

 家の中に入れないのは長話をするつもりは無い。という意味だ。

 

「……本当に間違いないんだな?」

「はい、佐藤2佐。間違いないです。私はこの方に助けてもらいました」

「こんな見るからに非力そうな女に助けてもらうとはな……我が隊も落ちぶれたものだ」

「そこのノッポ。何のアポもなく人の家に来て侮辱しに来たの?」


 長身の男を睨みつける。実際やりはしないが、何があってもいいように鞄を開けてアイテム袋に手を突っ込んでおく。

 ――いつでも剣を抜けるように。

 臨戦態勢に入ると猛者みたいな人が笑った。

 

「ほっほっほっ……佐藤。謝罪せい。この嬢ちゃんを悪し様に言ったことを」

「相田陸将まで信じておられるのですか? 情報部の間違いではないで――――」


 ……呆れた。回帰前のダンジョン内でこんなのが居たら即座に追放しているぞ。

 脅してお帰り願おうかな。と思って剣をアイテム袋から取り出そうとした瞬間、猛者みたいな人の拳が長身の男の腹部に炸裂した。

 どす、と鈍い音がすると長身の男は腹を抑えて前屈みになった。猛者みたいな人はそのまま長身の男のネクタイを下に引いて顔面に一撃お見舞いした。骨の折れる音と肉がつぶれる音が聞こえる。

 長身の男の鼻が変な方向を向いて鼻血が大量に出ている……確実に骨が折れているだろう。

 

「すまなかった、嬢ちゃん。うちの若いのが無礼を働いた。これで嬢ちゃんの気が済むか分からんが赦してはくれないだろうか」

「別に、そこまでしてくれるなら私は気にしないでおくよ」

「助かった。流石の儂も部下の首が物理的に飛ぶのは見たくなかったのでなぁ」

「はははっ、首は飛ばすつもりはなかったよ」


 服を掠るぐらいに留めようと思っていた。もしかして猛者みたいな人は私から出た殺気のようなものを察知して長身の男を守るために今の行動を……?

 もしそうだとしたら猛者みたいな人ではなく普通に歴戦の猛者だ。

 

「この場で大人しく話をすることは出来そうにないのう……今度はちゃんとした場所を設けても良いかの?」

「いいけど……名前とか教えてもらえる?」

「儂としたことが失念しておったわ……儂は異次元亀裂対策本部の長をしておる相田あいだじゃ。無礼を働いた奴は佐藤さとう。嬢ちゃんに助けてもらったのは北島きたじまじゃ」


 そう言いながら私に名刺を渡してきた。いろいろと肩書が書かれており、とても偉い人なのだと一目で分かった。

 相田さんに殴られて伸びてしまった奴は北島さんに担がれて下に降りて行った。多分、自分たちが乗ってきた車で治療しているのだろう。

 

「今日は本当に申し訳なかった。明日に話し合いの場を別の場所で設けさせてくれまいか?」

「特に予定はないから大丈夫だけど、さっきの人は外してほしいかな」

「もちろん、配慮しよう。では、明日の午前10時に迎えを出すからそれで来てくれんか」

「分かったよ。10時ね」


 相田さんを見送り、玄関に入る。

 見つからないと思っていたのだけれども、どうやって見つけたんだろう……。疑問は尽きないが明日聞けばいいか。

 靴を脱いでリビングに向かうと3人が駆け寄ってきた。

 

「すごい音したけど大丈夫だった?」

「おじいちゃんが暴れてたぐらいだから大丈夫だよ」

「どういうこと……?」


 沙耶が聞いてきたので雑に答える。間違ってはいない。

 手を洗ってうがいをし、冷蔵庫の中身を物色する。飲み物を取り出して飲んでいると七海が私の目の前に立った。

 

「どういうことっすか!? エロ本もAVもないじゃないっすか!!」

「人の家で何探してるの……私はそういう類のものは持ってないよ」

「嘘っすよ! 発散しないでどうやって生きてるんすか!?」


 七海が頭を抱えて発狂している。

 まるで発散しないと生きていけないかのように言っているが……記憶を思い返しても私はそういうことをしたことがないみたいだ。

 そういうものなのか? と小森ちゃんへ視線を移すと首を傾げていた。

 

「七海さん、お姉ちゃんと小森さんは大丈夫な人種なんだよ……」

「七海ちゃん……よく分からないけど落ち込まないで……?」


 沙耶と小森ちゃんが崩れ落ちた七海の肩に手を置いた。

 そういえば小森ちゃんのコンビニは大丈夫なのだろうか。


「小森ちゃん、今日はコンビニ大丈夫なの?」

「あっ、はい! 食料品が無くなっちゃいまして……発注しても届かないみたいで、本部に連絡したら夜は休みでいいって……」

「そうなんだ」


 どうやらダンジョン出現の影響で食料品を買う人が増えているようだ。

 小森ちゃんを見ると嬉しそうにしている。確かに仕事が休みになったら嬉しいよな。


「あ、お姉ちゃん。今日みんな泊めてもいい?」

「……布団ないの知ってるよね?」

「皆で寝ればいいんじゃないかな……」

「狭くない……?」


 広いところで寝るのが好きだからベッドはキングサイズだけれど、4人は流石に狭いのではないだろうか。

 上目遣いで皆が私を見ている。

 沙耶が誰かを泊めたいなんて言い出すことは今までに無かったから……応えてあげるか。


「分かったよ。寝苦しくても知らないからね?」

「やったぁ!」


 喜ぶ沙耶と小さくガッツポーズをする七海。小森ちゃんに関しては両手をあげて喜びを表現している。

 皆感情豊かだなぁ、と心の中でぽつり呟いた。


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