26話--解放--

 正座をし始めて30分が経とうとしていた。途中から足が痺れそうな予感がしていたが時すでに遅し。

 この正座から解放されたら私の足は間違いなく痺れているだろう。

 音楽が大音量のせいで全く何も状況が分からないなぁ、と思っていたらイヤホンが外された。

 

「もう大丈夫だよ、お姉ちゃん」

「やっとか……」


 沙耶から許しが出て振り向くと七海と小森ちゃんが仲良く話していた。

 よかった、打ち解けられたようだ。どんなことを話しているか聞き耳を立ててみよう。

 どうやら七海が小森ちゃんにスマホを見せて盛り上がっているようだ。

 

「次は……これっすね! 年間成績一位で表彰されて表彰状を持たされてる先輩っす」

「なんかすごい渋い顔してない……?」

「注目されるのが好きじゃないっすからね、慰労会が終わったらウチに表彰状押し付けて帰ってったっす……捨てていいか分からなかったんで額縁に入れて飾ってあるんすけど……」


 そういえばそんなこともあったなぁ。持っててもゴミになるだけだから当時入社したての七海に押し付けたんだっけ。

 ……って、何でそんなときの写真を持ってるのだろう。

 

「七海。ちょっとスマホ貸して?」

「うげっ、ちょっと沙耶ちゃん! 先輩を解き放ったんだったら言ってほしいっすよ!」

「解放したよ~」

「遅いっすよ!! って、あれれ? 先輩……もしかして足が痺れて動けないんすかぁ?」

「……うるさい」


 七海のスマホを回収しようと足を崩したら痺れが一気にやってきた。

 少し動かすだけでも電流が走ったかのように痺れている感覚が足を支配した。

 乙女のような姿勢で固まってしまった。対処法を知っていればこんなことにはならなかったのだろうが……七海と沙耶がニヤッと笑って小森ちゃんを私の前に連れてきた。

 

「小森さん。お姉ちゃんが辛そうだから痺れを早く治してあげようよ」

「叩いたり揉んだりすると治るらしいっすよ。早く治さないと悪化するらしいっす」

「そうなの!? じゃ、じゃあ……治さないとっ」


 適当なことを言う七海。スマホを構える沙耶。じりじりと詰め寄る小森ちゃん。

 足が思うように動かない私は逃げられないという事は理解した。これから起きるであろう拷問に近い何かは頭が理解を拒んだ。

 ――いや、まだ策はある。

 

「小森ちゃん……? 時間が経てば治るからさ? 叩かなくても大丈夫だから……ね?」

「でも、さっき七海ちゃんが悪化するって……。私に任せてくださいっ!」

「ちょっ、やめっ……あっっ」


 小森ちゃんを宥める策が失敗に終わり、ふくらはぎが掴まれる。それと同時に私の口から自身のものとは思えない艶やかな声が漏れた。

 揉まれたり叩かれたりする度に零れ出る声を抑えるために服の袖口を噛んだ。

 ――どうして私が……私が何をしたって言うんだ!!

 心の中で囀った慟哭は当然、誰にも聞かれることなく消えていった。

 

 次第に痺れが収まり、漏れ出ていた声も出なくなった。

 

「小森ちゃん、もう大丈夫だよ。ありがとう」


 そう伝えても一向に私の足を揉むのを止めない小森ちゃん。慣れないことをしたから混乱状態に陥って周りの音が聞こえていないのかな……?

 起き上がって両手で小森ちゃんの頬を抑えて私の方を向かせる。


「もう、大丈夫だから」

「ひゃっ……ひゃい……」


 手が止まったのを確認して頬から手を離す。小森ちゃんはその場で自身の頬に手を当てていた。

 強くしすぎた……? いや、全く力は入れていなかったから問題ないはずだ。

 次は……沙耶か。

 どうやら先ほどの出来事をスマホで録画していたらしく、固まっているうちにスマホを没収して録画データを削除した。


「あっ……」

「撮るのはいいけど……さっきのは恥ずかしいから消させてもらったよ」

「お姉ちゃん、ごめんね……?」

「分かればいいよ」


 沙耶の頭をくしゃりと撫でて七海の方へ歩み寄る。

 特に七海は何もしていない気がするけれど、小森ちゃんに嘘を吹き込んで扇動したから拳骨を落としておく。

 

「いったぁ!? パワハラっすよ!?」

「七海のせいで大変な目にあったからその意見は通用しないよ」

「なっ、何の事っすかねぇ……」


 わざとらしく目を逸らした。拳骨と言っても、ほんの軽く押しただけなので痛みは全くないはずだ。

 とりあえず、私の名誉は守られた――はず。皆も仲良くできているみたいだから食事にしよう。

 手をテーブルの上に置いてあったベルを鳴らすと1分もしないうちに女将さんがやってきた。

 

「失礼します。ご注文ですか?」

「おまかせ通常コース4人前お願いします」

「かしこまりました。ご用意でき次第お持ちいたします」


 そう言って一礼して女将さんは戻っていった。

 七海が慌ててメニューを見て沙耶と小森ちゃんに見せていた。何か食べれないものがあるのかな……?

 

「先輩……? 通常コースって今言ったっすか?」

「言ったよ。何か食べれないものあった?」

「違うっすよ! 通常コースの値段見て言ったんすか!?」


 七海がメニュー表を私の顔に押し付けるのでは、と思えるほどの勢いで詰め寄ってくる。値段ぐらい知っているさ……現金は使えるうちに使っておかないと後々損するからね!

 小森ちゃんと七海が鞄のから財布を出して確認しようとしている。

 

「あ、私が出すから大丈夫だよ」

「……流石成績一位っすね! ごちっす!」

「小森さんも気にしなくて大丈夫だよー、お姉ちゃんアホみたいに稼いでるから」

「すみません……後で必ず……」

「大丈夫だって。皆に払ってもらうなら元よりこんな高い店来ないから……」

「お言葉に甘えさせてもらいます……」


 皆に分かってもらえたようだ。

 人数分の座布団を敷いて奥側に座る。何やら3人は集まって話しているようだ。

 沙耶が七海と小森ちゃんに色々と説明してくれてるのだろうか、聞き耳は立てずに3人を眺める。なんて気の利く妹なんだ。


「本当に大丈夫なんすか?」

「うん、何かお金使いたい気分なんだって。この前も私に大量の服買ってくれたし……」

「立派な社会人ってすごいんだね……!」

「小森ちゃん。先輩を基準にして考えちゃダメっすよ、あれは異常っす」

「そうなんだ……」

「ところで沙耶ちゃん。すごい残念そうな顔してたっすけど、あの動画って本当に消されちゃったんすか?」

「そんなわけないじゃん。ちゃんと即時にクラウドバックアップしてるから後で送るよ」

「流石っす。楽しみにしとくっす」

「私が……あんなに乱れさせた……あうぅ……」

「小森さんには刺激が強いかもね……」


 何を話しているかは分からないが3人仲良く話しをしているのを見ると心が安らぐ。沙耶の友達も出来たことだし結果オーライ……かな?

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