25話--修羅場-後半--※沙耶視点

 お姉ちゃんが私のスマホで音楽を聴き始めたのを確認して七海さんと小森さんに向き直る。

 ほんと、お姉ちゃんは全く分かっていない……。

 

「まずは……自己紹介でもするっすか? ウチは小島七海っす。あそこで正座してる人の職場の後輩っす!」

「知ってると思いますけど、橘沙耶です。あそこで正座をしている恋愛朴念仁の妹です」

「わっ、私は、小森愛です……沙耶さんのお姉さんに助けてもらって……あの、その……やっぱり私なんか迷惑ですよね……」


 小森さんの声がどんどんと小さくなっていく。正直、よく考えると小森さんは全く悪くない。あそこで正座をしている朴念仁が悪いのだ。

 

「小森さん、まずは……強く当たっちゃってごめんなさい。お姉ちゃんから何も説明されてなくて急にコンビニで言われたから……整理が付いてなくって……」

「ウチも悪かったっす。よくわかんないけど沙耶ちゃんの空気に便乗したっす。お二人は何かあったんすか?」


 小森さんと初めて会った時の顛末を七海さんに説明する。

 すると七海さんが腕を組んで頷いて「あー……なるほど。完全に理解したっす」と言った。

 その発言ってネットだと全く理解していないときに使われることが多いけど大丈夫なのだろうか。

 

「つまりっすよ。小森さん? 小森ちゃん? は被害者っすね。天然人たらし先輩の」

「無自覚無意識でそういうことするからなぁ。もう少し自分の容姿に自覚を持って周りに接してほしい」


 お姉ちゃんに聞こえていないのをいいことに好き放題言ってやろう。

 小森さんが私を七海さんを交互に見て首を傾げた。

 

「あ、え? 怒ってないんですか……?」

「怒ってなんかないっすよ~、先輩のアレは今に始まった事じゃないって事っす。ウチの同期がその見えない毒牙に何人やられたことか……」


 頭の後ろで手を組んで七海さんが言った。

 職場でもお姉ちゃんは色々やらかしているらしい。

 細かいところに気は利くけど自身に対する好意には無頓着……困ったものだ。

 

「とりあえず、本題です。小森さん……本気でお姉ちゃんを……?」

「……言葉にするのは、恥ずかしいですけど……ひっ、一目惚れと言いますか……何というか……」


 もじもじと両手の人差し指を合わせながら小森さんが言った。

 頬はおろか、耳まで真っ赤になっており穢れを知らない純真さが垣間見えた。


「あんな美人にピンチを助けられたらコロって落ちるのも分かるっす。ウチもヤバいミスやらかした時に颯爽と助けて貰って『新人がミスをするのは当たり前。それを助けて、メンタルケアするのが先輩の役目。だから気にしないで』なんて頭撫でられながら言われて……。もう……胸に矢が刺さったかのような感じだったっす」


 それは落ちる。断言できちゃうね……。

 小森さんと七海さんが私の方をジッと見ている。え、嘘? もしかして私も言わないといけない流れ!?


「ウチ的には沙耶ちゃんのが一番気になるっす」

「とても気になります……」


 決して逃すことはない。と、意志が込められた2つの視線は私を突き刺した。

 これは話すまで他の話題には移せなさそうだから諦めて話すことにする。

 

「えっと……私の家って割と田舎にあって、コンビニ行くよりも近くに林や山があるんです。私が小学生のころ、近くの林で遊んでたんですけど……結構深いところまで行っちゃって帰り道が分からなくなって怖くなって一人泣いてたんです。日が暮れ始めた頃、物音がしたって思って振り向いたら『やっと見つけた。ほら、帰るよ』って。汗だくで泥だらけで……あっちもこっちも走り回って探してたはずなのに一切文句言わずに私の手を引いてくれて……」


 思い出しながら小森さんと七海さんに話す。小森さんは目を輝かせながら聞いていて、七海さんは終始ニヤついていた。

 あの日のお姉ちゃんの背中は今でも忘れられない。お姉ちゃんからすれば些細な出来事だったのだろうけど私からすれば一生忘れることのない大きな思い出だ。


「そうだったんすねぇ……長年積もって色んな意味で成長したんすね……」

「七海さん? 何かすっごい意味深に聞こえるんだけど……。七海さんだってお姉ちゃんと出会って1年とかなのに随分とご立派に……」

「っす――――。この話はやめとくっす。小森ちゃんは先輩とどうなりたいんすか? ウチらの様に欲まみれっすか?」


 私も一括りにされたのは抗議をしたいところだけれど、聞きにくいところを七海さんが小森さんに突っ込んだ。

 小森さんは頬を赤らめ、俯いて言った。

 

「えっと……手を繋いだり、一緒にご飯食べたりお買い物したり……」


 純粋か!? 私たちのような穢れきったものが出てくると思って身構えていたけれど、小森さんの口から出てきた言葉は全く正反対のものだった。

 七海さんが唖然としている。

 

「もっと、もっと肉欲的なのってないんすか……? 例えばキスしたい~とかっす」

「だっ、駄目ですよっ! そんなことしたら子供が……」


 小森さんがそう言った瞬間、私と七海さんは二人して息を吸った。

 これは、穢してはいけない。可能ならこのまま穢れを知らずに育ってほしい。そう思っていると七海さんが私に手招きをした。

 

「沙耶ちゃん、ちょっといいっすか?」

「私も相談しようと思ってました」


 七海さんの方へ寄って小森さんに聞こえないほどの声の大きさで話す。

 これはどうするべきか。現実を伝えても可哀そうだし……。

 

「これはこれで面白くないっすか? 無知な少女をウチらで俗に染めるんす」

「……楽しそうではある。でも、あまりにも純粋すぎて罪悪感がすごい」

「いいっすか、沙耶ちゃん。この世の中、真っ白でいるには汚れ過ぎてるんすよ。いずれ汚れるならウチらが正しく汚してあげた方がマシっすよ」

「暴論では……? でもお姉ちゃんに惚れちゃったら他の人なんて早々無理だろうし悪い人に捕まらないためにも私たちが俗を教える方がいいかぁ」

「そう来なくちゃっす。同盟のグループ作ってそこに招待するっすね」


 七海さんとの秘密会議は終了し、小森さんのもとへ七海さんが行った。

 互いにスマホを取り出して……少しするとグループへの招待の通知が鳴った。

 グループ名は『後宮』。意味をネットで調べたらあながち間違いでもないことが分かった。最初は独占することが全てだと思っていたけど七海さんと話して、分け合うことの良さを知った。

 少し寂しい気もするけど、お姉ちゃんなら皆を等しく愛してくれる……はず。そうなるようにこっそりと陰で仕込んでいるのは内緒だ。

 

「じゃあ、これからよろしくっす。抜け駆けは厳禁っすよ、特に沙耶ちゃん」

「ぎくっ……。前向きに検討させていただきます」

「えへへっ、こうやってグループに入るの初めてです!」

「小森ちゃん、もう仲間なんだから敬語じゃなくていいっすよ」

「じゃあ、そうするっ! よろしくね、沙耶ちゃん。七海ちゃん」


 嬉しさを全身で表現しながら小森さんが私たちに伝えた。

 なにこの可愛い生き物。これを穢すのかぁ……。

 

「よろしくね、小森さん」

「よろしくっす! そういえば小森ちゃんって何歳っすか? 18歳とかっすか?」


 それは私も気になっていた。世の中の穢れを知らない天真爛漫さを兼ね備えているのだから私と七海さんの間ぐらいだろう、と思ってるんだけど……。

 小森さんが自身の財布から何かを取り出して私たちに見せながら言った。

 

「よく言われるんだけど……今年で23歳になります……」


 小森さんが私たちに見せていたのは免許証だった。そこには確かに今と全く変わりのない小森さんの写真が貼ってあった。

 私と七海さんの驚きの声が和室に響き渡った。

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