63話--七竜--


 無限に這い出てくると思われたゾンビの群れも終わりが見えてきた。

 かれこれ1時間は戦闘を続けている。後ろの3人に疲労が見え始めてきていた。カレンは欠伸をしながら寄ってきたゾンビを片手間に倒している。

 私も【八剣】を使っているからか、いつもより疲れている気がする。

 この後に何が起きるか分からないため魔力を温存しよう……いつものように倒したモンスターの魔石を食らって魔力を回復することはできないんだから。


「これでっ、最後!」


 最後の一体を沙耶が【土槍】で倒した。

 足元を埋め尽くすゾンビの死骸。うぅん……足の踏み心地が悪い。

 3人と同じ位置に戻り、一息吐いてから沙耶に言った。

 

「沙耶。炎系の魔法で全部燃やしちゃえ」

「了解! 汚物は消毒ってね! 【炎壁】!」


 沙耶が技能名を唱えると扇状に炎の壁が出来上がった。

 【炎壁】は高い温度の炎で向かってくる攻撃を焼き尽くして防ぐ防御系の技能の1つだ。コントロール次第では壁を前に動かしたりすることができるが……。

 炎の壁が三分割されて前へ進んでいった。薄く横に引き延ばしたりと器用に操作している。杞憂だったようだ。

 暫くすると全て燃えて炭になったのか肉の腐った臭いもなくなり、肉が焦げた臭いだけになった。

 腐敗臭よりはこっちの方が数段マシだ。

 

「ありがとね、沙耶」

「へへへー……」


 全員を労ってから辺りを見回す。沙耶の技能で焼き野原となっているが所々草の禿げた草原だったのか?

 おびただしい墓の数に心の中で合掌をして歩みを再開する。

 先ほどから遠目で見えている教会のような場所が気になる……というより、そこにボスが居るのは明白だろう。

 近づいてみると案の定、教会の中から異質な魔力を感じる。


「皆はここで待機。10分経っても私が出てこなかったら教会に向かって全力で攻撃して」

「ん。待ってる……気を付けてね、あーちゃん」


 背を向けたまま軽く手を振って教会の中に入る。

 ちゃんとした教会に行ったことがないから憶測でしかないが礼拝や祈りを捧げる場所だろう。左右に椅子が並んでいて真ん中にカーペットが敷かれている。

 木の軋む音が歩くたびに響いている。天井は大きな穴が開いており、月あかりと同じぐらいの光が差し込んでいた。

 歩みを進めて壁一面に描かれた絵画のようなものを見る。

 

「真っ黒い物体と……人?」

「あぁ、えぇ。そうですとも、そうですとも。初めまして? お嬢さん」


 出入口近くにある椅子の方から声がした。

 暗くてよく見えないが、目を瞑った男の魔族だ。

 目を瞑ったまま立ち上がって腕を後ろで組んで私の方へ歩いてきた。

 

「こちらの絵画は、我らが主と下等生物にんげんが戦った時の一枚です。あぁ、私としたことが自己紹介がまだでしたね。不躾に話しかけて申し訳ございません。私、リンド・フェン・アラミスリド。ザレンツァ大魔帝国と対を成すアラミスリド大魔王国の第二王子であり偉大なる我が主の僕でございます」


 執事のようにお辞儀をして私の方を見て、笑った。目は……瞑ったままだ。

 異国情緒溢れる自己紹介をしてもらったが名前ぐらいしか聞いていなかった。カレンの家名が聞こえたなぁ、ぐらいにしか分からない。

 その辺もこのダンジョンが終わったらカレンに聞いてみよう。

 剣を構えて一挙手一投足を見逃さないように警戒していると目を瞑った魔族――リンドが少し鼻を鳴らしてから再び話し始めた。

 

「おや、おやおやおや。この匂い……何たる僥倖。愚弟がお世話になりましたね? つまり、つまりつまり……これは私はお嬢さんを攻撃する理由になってしまいました」

「愚弟……? その気色悪い話し方……ジルドの兄?」

「気持ち悪いとは心外ですねぇ。これほどまでに、丁寧に、丁重に、優しく理解を促すように接しているというのに!!!!!」


 リンドが急に声を荒げた。ねっとりとへばりつくような遅い口調。

 やっぱり兄弟して碌な者じゃないのは分かった。

 斬りかかるか? と思い浮かべているとリンドが懐から瓶を取り出して頬擦りをした。中に何かが入っている……人形?

 

「やはり、亡骸は良い……。煩わしい鼓動も脈動も……生者特有の鼻に付く臭いもない。素晴らしいとは思いませんか!?」


 迫真に満ちた声圧で私の方に向き直った。

 瓶の中身が――見えてしまった。アレは人形じゃない。羽のようなものが付いた小さな人? だ。

 

「おや、こちらがお気に召しましたか? コレは私が直接ザレンツァに入って捕まえた妖精フェアリーの亡骸です。見てください、大変だったのですよ? 好奇心旺盛で恐怖を知らない妖精の表情を恐怖に染めて――殺したんです。達する気分でしたよ、本当に」


 悲鳴を上げているかのような表情で固まっている妖精の亡骸見るとリンドがどんな事をしたのかが頭に浮かんだ。

 ――これは、妖精の思念だ。どうにかしてこいつを殺してくれ、私をこの瓶から出してくれ。という強いメッセージが僅かに残った魔力から感じ取れた。


「この私の話を聞いて心拍が早くなりましたね? あぁ、貴女の苦痛に歪んだ顔を感じたい……。外からも香ってくるんです、生者の香りが。私の嫌いな生者の香りがッッッ!!!!」


 リンドから大量の魔力が放出された。

 少しすると教会が……いや、地面が大きく揺れている。何かが、下から来る……?

 

「いいでしょう、いいでしょう。愚弟へのはなむけとして貴女方を私のコレクションとして、亡骸にして永遠に魂を閉じ込めましょう。この妖精のようにっ!!」


 教会の地面が割れて巨大な骨が出てきた。

 壁を斬って外に出る。まずは皆と合流だ。

 【神速】を使って正面に向かう。4人とも上を見上げていた。釣られて私も上を見ると、そこには骨がむき出しになり肉が少しだけ残っている竜が飛んでいた。

 

「アラミスリド、偉大なる七竜すらも穢すか……」


 カレンが呟いた。

 その呟きは空に浮かぶ竜の咆哮で掻き消された。

 

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