13話--説明と理解--


 帰る際は何事もなく、ゴブリンの頭が転がっている悪趣味な家に無事帰宅した。

 私がやったことではあるが客観的に見たら酷かった。剣をアイテム袋の中に収納して玄関から家に入る。

 母さんと沙耶がいるであろう寝室の襖を開けると沙耶が斧を持って私と対峙していた。

 

「沙耶、私だよ」

「なんだぁ……お姉ちゃんか……」


 沙耶は安堵したかのようにその場にへたり込んだ。

 母さんの上体を起こして解毒薬を飲ませる。良薬は口に苦しと言ったもので、解毒薬は非常に苦いことで有名だったことを思い出した。

 目を見開いて母さんが「なんてものを飲ませるの!?」と言いたげな表情をする。安心できるように笑みを浮かべて飲ませ続ける。

 最初は苦さで吐き出そうとしていたが、今は何もかも諦めた表情で解毒薬を飲んでいる。解毒薬は1本全部飲まないと効果がないのだ。

 

「笑顔で得体の知れない物を有無を言わさず飲ませるとか怖すぎるでしょ」

「え……? じゃあ母さんの諦めた表情は死を覚悟した顔だったの?」

「そうだと思う。あの恐怖、私じゃなくちゃ見逃しちゃうね」


 解毒薬を全て飲み干した母さんは体の痛みが引いたのか、そのまま眠りについた。

 永遠の眠りではなく普通に寝ているだけだ。

 一度、毒が回ってしまうといつも通りの日常生活を送れるまで2週間はかかってしまう。看病が必要だろうからその間は家に残るとしよう。

 会社は……後で電話して休みを取ろう。

 

「じゃあ、沙耶。縁側行こっか」

「うん……」


 ついに説明する時が来てしまった。

 日が暮れる寸前の赤い光が私たちを縁側で出迎えた。

 街灯もほとんどないので夜になると民家の灯しかなくなるのを見ると実家に帰ってきたんだな、と実感する。東京は常に明るいからね……。

 

「うん、お姉ちゃん。お願い……」

「わかった。実は――」


 沙耶に説明する。

 未来から過去に戻ってきたこと。これから世界の在り方が変わること。ダンジョンのこと。

 戻ってくる前は男であったことも言おうとしたら愛の神に止められたので話すのは止めておいた。神が止めるぐらいなのだから言わないほうがいいのだろう。

 私の話に相槌を打って聞いている沙耶。全て話し終えると挙手をして質問をしてきた。

 

「はいっ! いまいちよくわかりません!」

「だよねー……」

「あ、でも、急にお姉ちゃんが柔らかくなったり変わったのは……そういうこと……?」

「どういうこと……」


 沙耶が自分なりに理解しようとしている。今理解できなくても時が来れば否が応でも理解しないといけない状況になる。

 ブツブツ、と私に聞こえないぐらいの独り言を呟きながら顎に手を置いて深く考えている沙耶。考えが纏まったのか私のほうに向き直った。

 

「お姉ちゃんの言う、攻撃力って……お姉ちゃんが急に力強くなったのも関係してるの?」

「してるよ。うーん、分かりやすくすると……」


 庭に落ちていた拳大ほどの石を手に持つ。そしてそれを全力で握る。

 砕ける音とともに石が細かくなって下に落ちた。

 沙耶が口を開けて固まっている……。もしかしてやりすぎたか……?

 

「力クソ雑魚よわよわお姉ちゃんが腕力ウホウホゴリ姉さんになったって……コト……?」

「ごめん、よく分かんない」


 ネットの世界には明るくないため沙耶が何を言っているか分からない。とりあえず馬鹿にされていることぐらいは分かった。


「力クソ雑魚は悪口でしょ……?」

「事実じゃん。お姉ちゃん、私に腕相撲勝ったことないでしょ」

「うぐっ……」


 思い返してみたが確かにそうだった。ジャムの瓶の蓋も開けることができない非力具合だったんだ。

 それが急に石砕き始めたらびっくりするのも頷ける。

 

「今後はお姉ちゃんを怒らせないようにするね……」

「大丈夫だよ。余程のことじゃない限り怒らないから」

「ほんとぉ……?」


 疑わしい目で沙耶が見てくるが本当だ。感情の変化が緩やかになってしまっているからな。

 怒りたくても怒ることができない。

 ちょっと機嫌の悪くなる時は無言で何かしているから大丈夫だ。何か作業して気を紛らわせるのが私のストレス解消法だ。

 

「他に質問ある? なければ晩ごはん作りに戻るけど」

「うーん、大丈夫かな。私はお母さん見てるね」

「よろしくね~」


 縁側から立ち上がると日は沈んでおり綺麗な満月が闇夜を照らしていた。

 

 

 2日後、動けるようになった母さんと一緒に食卓を囲んでいた。


「いや、本当にあの時は私、あきちゃんに殺されるんだって思ったわよ」

「母さん……ごめんって……」

「笑顔で問答無用で何かしてくるお姉ちゃんっていいよね……」


 沙耶が何か言っているが特に気にしないでおく。

 事情は母さんに説明済みである。

 母さんが起き上がったときの第一声は「あれ? あの人は?」と言っていた。

 昏睡しているときに父さんと会ったのだろうか。聞いてみるか。

 

「そういえば、母さん。昏睡してたとき父さんに会った?」

「会ったわよ。どの面下げて迎えに来たんだってヘッドロックしたわ」


 美談だと思ったら生々しい技名が聞こえてきた。気のせいではないだろう。

 父さんが亡くなってからというもの、母さんは非常に苦労をしたと聞いた。恨み辛みを三途の川で果たしてきたのだろうか……。

 

「あと80年後に迎えに来いって言ってやったわ……久しぶりにあの人の顔見たらもっと生きなきゃって思えたの」

「……うん? あと80年後って母さん120歳だよ?」


 思わず聞き返してしまった。

 一体何歳まで生きるつもりなのだろうか。放置していたら200歳とかになって妖怪になってそうまである。


「私はまだまだ現役よ!」

「そうだね……配信チャンネルの登録者20万超えてるしね……」


 沙耶が現在の登録者の人数を言った。20万人って結構すごいのでは……?

 まあ、元気そうでよかった。話すのが好きな人だから1聞くと20ぐらいになって帰ってくるからしばらくは相槌打つだけで大丈夫だろう。

 

 食後はのんびりした後、母さんが唐突に日本庭園を造りたい。と言い始めて砂利を買いに行ったり制作風景を配信していたりした。

 もちろん、私は配信に移らないように頑張ってアングルから外れていた。移りそうになった時は【神速】を使って画面から消えた。

 私を映したい母さんvs絶対に移りたくない私の構図を見て沙耶は爆笑をしていた。視聴者は困惑していたそうだ。

 

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