12話--ボスと魔族--


 しっかりとした武器が手に入った事もあってか、地下2階のゴブリンの殲滅は十数分で終わった。

 ポーチに入れた腕時計を見るとダンジョンに入ってから30分ぐらい経った程度だった。

 

「このペースなら予定通りの2時間以内には終わりそうだね」


 地下3階への階段を下りながら独り言を呟いた。

 回帰後初のダンジョンではあるが何事もなく終わりそうだ。

 駆け足で階段を下りていると地下3階が見えてきた。

 足を踏み入れたその瞬間――ゴブリンが飛んできた。文字通り、そのまま。

 横に跳んで飛んできたゴブリンを躱す。飛来してきた方向を見ると通常のゴブリンの2倍ほど大きいゴブリンが私を見ていた。

 

「なるほどね、お前がボスか」


 雄叫びを上げてゴブリンのボスは威嚇をした。私の背丈ほどある両手斧を持って私の方へ駆けてくる。

 力比べをしたい気持ちもあるが、今はコレを倒して解毒薬を持って帰ることが先決だ。ボスの攻撃を剣で受け流して腕を斬りおとす。

 

「ガァツ!?」


 何の抵抗もなく剣が通り、腕が無くなったことに困惑したボスは攻撃を止めてじりじりと後ろに下がろうとしていた。

 そんなことはさせない。足を斬って抵抗できなくしたところでしっかりと止めを刺す。

 ピクリとも動かなくなったボスから魔石を取り出して残りのゴブリンを殲滅する。辺りに動くものがなくなると部屋の中心部に宝箱が出現した。

 ダンジョンのボスを倒すと手に入る報酬だ。この宝箱には罠は仕掛けられていたことは無く、安心して開けることができる。

 中には解毒薬が5本と金貨が数百枚。そして本が1冊入っていた。

 これは……【技能アーツ】が取得できる本だね。技能は唱えればすぐに発動され、攻撃力や素早さ、防御の能力値を一時的に上昇させるものであったり達人のような技を繰り出すことができたりする。

 発動するには体内の魔力を消費する事と対応するスキルを持っていることが必須の条件だ。今回の技能の本は【炎球】……炎の球を飛ばす技能だから【魔法】スキルが必要になる。

 

「私には使えないなぁ」

「おやおやおや? なァぜ、居るのでェすか? ココに、下等生物にんげんが?」

「――つっぁ!?」


 急に後ろから声がして反射的に斬りかかった。

 青い髪に白黒反転した瞳、浅黒い肌をしている者は私の一撃を難なく躱して話を続けた。


「おかしい。ああああなた、ソレは? 力も、なぜ?」


 私の剣を指さした後、続けて私を指さした。

 言動が怪しいこの者は何者なんだ。

 ……【全知】?


『――照合できませんでした。存在が原典マスターにありません……管理者より追加されました。種族名:魔族です』

「魔族……? 初めて聞いた種族だな」

「今――魔族と? なぜ、なぁぁぁんで、ぞんじる?」


 狂ったようにその場で変な動きを繰り広げる一体こいつは何者なんだ?

 敵……にしては敵意も殺意も何も感じない。

 動き続けていたのが急に止まる。

 

「あぁーーー、そう、そうそうそう……【読込リーディング】しョう」


 魔族の男が聞いたことのないスキルを使った。

 スキルの使えるモンスターであれば古代竜と同等……いや、人型である分、戦いにくさはこっちのほうが上だろうな。

 回帰前の私なら倒せるだろうが、今も状態では――。

 

「はい。読込まシた。貴女、今、魔族、と言いまシたね?」

「確かに言ったけど……何か間違っていたの?」

「いいえ。違いまセん。おかシいのでスよ……原典からは確かに消シたんでス。我が主が、今際に」

「一体何を言っているのか全く分からないんだけど……」


 急に流暢に話し始めた魔族の男は私に問いかけた。【全知】も魔族の男もが言っていた原典とは一体……?


『叡智の神が時が来たら分かると言っています』


 青い画面……それに、今までに出てきたことのない神だな。名前からして全てを知っているのだろう。

 今は知るべき時ではないということか。

 画面を消して魔族の男の様子を見ると私を凝視して固まっていた。

 

「貴女。今、青い画面システムウィンドウを見てましたね? 確かに、間違いなく、確実に。あぁ、繋がりました。繋がりましたよッッッ!」

「システム……?」


 魔族の男が叫んだ瞬間、膨大な魔力が私に向かって発せられた。

 私の足元に光る魔法陣が展開される。

 

「しっ!」


 剣に魔力を纏わせて魔法陣を切る。魔法陣とは【魔法】スキルを持つ者が技能を使うときに出る予兆のようなもので、陣に沿って魔力を流すことで技能が発動されるため発動前に魔法陣を破壊してしまえば魔法の技能は発動しない。

 魔法陣が出てから発動するまでの時間は僅かしかないから発動を検知したら即座に魔法陣を破壊しなければ技能の餌食になってしまうって訳だ。

 

「その反応……ありえませんねぇ。貴女、人生何周目ですか?」

「唐突に攻撃してきてその言い草は何なのさ!」


 魔族の男との距離を詰めて斬りかかるが、どこからか取り出した杖で弾かれた。

 フェイントを織り交ぜて連撃を繰り出す。

 

「っっらぁ!!」

「ふむ……恐ろしく熟練した剣捌きですねぇ。楽しめそうです、憎き神々を欺いて外に出したゴブリン達が帰ってくる頃かと思いましたが想定外の収穫ですねぇ」

「ちっ! 涼しい顔して全て防ぎやがって!!」

「おぉ、怖い怖い……使わないんですか? 【剣術】の【技能】を」


 私が【剣術】スキルを持っているということさえお見通しか……。私の今の魔力の量で【技能】の使用に耐えきれるか……?

 覚醒してから魔力増加法は絶えずにやっていたけれど【技能】の調整までは時間がなくてやっていない。下手すれば急激に魔力を消耗したことによる魔力欠乏症で失神する可能性だってある。

 

『――回答します。技能名:【神速じんそく】であれば10秒間の使用に耐え得る魔力量は保有しています』


 一番魔力の消費の少ない【神速】でさえ10秒間しか使えないのであれば攻撃系の技能の使用はできない。無理に使おうものなら技能名を唱えた瞬間その場で糸が切れた操り人形のように崩れ落ちるだろう。

 だが……戦えないわけではない。瞬間的に【神速】を使用して攻撃の緩急を大きくして翻弄する。これが今の私にできる最善策だろう。

 後は――。

 

「おや? もしや使えないのですか? 技能を!!」

「……うっさいなぁ、使ってあげるよ……【神速】!」


 技能名を唱えて一瞬で距離を詰める。剣先が見えなくなるほどの速度で連続で斬りかかる。

 魔族の男は想定外だったのか目を大きく見開いた後、小さく舌打ちをして私の攻撃を防ぐ……が全ては防げていない。【神速】の発動を一瞬だけ止めてすぐに再開する。

 斬撃が深く入り血しぶきが舞った。傷を抑えて魔族の男が大きく距離を取る。

 

「いくら本体より弱いといえ、この分身体に致命傷を負わせるとは……貴女の攻撃力はどうなっているのですかね?」

「分身体……? まさか、本体は別のところに……?」

「そうです。でもご安心を、このダンジョンには居ませんよ」


 魔族の男はそう言ったが安心はできない。

 ……【神速】が使える残りの時間は2秒弱。その間に奴を、仕留める。

 再度、距離を詰めるために地面を蹴った瞬間……ダンジョンが大きく揺れ、洞窟の天井が崩れ始めた。


「残念ですねぇ、ダンジョン崩壊の時間です」

『当ダンジョンは攻略されました。攻略時間は47分32秒です。挑戦者を30秒後にゲートへ転送します……』


 【全知】とは違う無機質な音声が頭に流れた。

 突発型ダンジョンはボスを倒してから10分が経つと崩壊が始まって自動的に外に出される……。ゲート外からは出てきたように見え、クリア時に生きている者が全て出てくるとゲートが閉じてダンジョン内で倒したモンスターの数や種類に応じてレベルが上がる仕組みだ。

 狂気に満ちた笑みを浮かべて魔族の男は私に言った。


「くくくっ……それでは、また、近いうちに"本体"でお会いできるのを楽しみにしております」

「勘弁してよ……」


 思わず弱音にも取れる言葉が口から洩れた。今の分身体でも勝てるかどうか、正直なところ微妙だった。

 これ以上に強い本体ってなると……今の状態じゃ勝てる気がしない。

 近いうちに、と言っていたからレベル上げはもちろん、何か別のアプローチで早急に強くなる方法を考えないといけないね。

 視界が暗転してダンジョンの外に転送され始めた。


『完全制覇報酬を挑戦者に送ります』

『レベルが4上がりました。能力値は各自で確認してください』

『ホブゴブリンの戦斧を獲得しました。ゲートが閉じた際に確認してください』

 

 攻略した報酬のアナウンスが頭に響く。ホブゴブリンの戦斧は……ボスが持っていた両手斧のことだろう。暗闇の中、光が私に近づいてくる。

 ダンジョンの外に出されるとその場に座り込んだ。


「はぁーー……」

 

 何やら厄介ごとに巻き込まれた事と無事に生還したこと、これからやらなければならないことを思い返して深い、深いため息を吐いた。

 ――これも全部、神とやらの所為せいなのではないか?

 

「あぁ……神とやらよ。どうして私がこんな目に合っているのか。なぜ女体にして回帰させたのかも一緒に物申させてほしいよ……」


 なんて口にしても当然、青い画面は出ず答えは得られない。

 報酬の斧と金貨をアイテム袋に詰めて実家に向かって走り始めて少しすると【全知】が私に伝えた。


『……回答します。子孫繁栄行動が行われていないため神が不要と判断しました』


 それは何回も聞いてるって!!!!

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