71話--別れ--
協会で母さんの配信に出演してから3カ月ほど経った。米は順調以上に買えており相当な量が次元の袋に入っている。そろそろ次の段階に進んでもいいかもしれない。
今外は身なりを潜めていた冬が猛威を振るっており、私が住んでいる場所でも深々と雪が降っていた。
リビングではコタツが活躍しており沙耶と七海がカタツムリのようにコタツに寝転がっているのは言うまでもない。
「どうしたの? お姉ちゃん。落ち着きなくソワソワして」
「うーん。なんか嫌な予感がするんだけど……分からないんだよね。庭で剣でも振ってくるよ」
庭に出るために窓を開けると沙耶と七海から大ブーイングが飛んできた。
それを笑って流し、窓を閉めようとした瞬間――空間が裂けた。眼前に飛び込む紫色……ダンジョンだ。
ダンジョンのゲートの大きさはボスの強さを測る基準になるはず、だが……このゲートは大きすぎる。
漏れ出てくる異質なほど強い魔力で冷や汗が背中を伝った。
「沙耶と七海は近隣住民の避難を!! 小森ちゃんは協会に電話して!」
魔力に圧倒されて動くことのできない3人に【竜の威圧】を当てて我に返す。
ゲートの高さは優に30mは超えている。この大きさは回帰前に古代竜と戦ったダンジョンすらも凌駕している。
――今の私に勝てるのか? いや、回帰前だったとしても勝てる未来が見えない。
「……何で弱気になってるんだ」
頬を叩いて雑念を吹き飛ばす。私が弱気になったら3人を心配させるだけだ。
慌ただしく動いていると上の階の自室で寝ていたカレンがリビングに降りてきた。
「ん? みんな、忙しい?」
「庭に出てきた巨大なゲートの対応に追われてるよ。カレンはこの異質な魔力が分からないの……?」
「あ、お父さんの魔力。ん、じゃあこれは迎え」
申し訳なさそうにカレンが頬を掻いた。
迎え……? あぁ、そういうことか。闇竜と戦った時にカレンが魔力の痕跡を残して迎えが来る。と言っていたのを思い出した。
じゃあ、これはカレンのお父さんの魔力……か。
「思ってたより早かった……帰る準備してくる」
小さく欠伸をしてカレンが面倒くさそうに自室に戻っていった。階段を昇る前に腹を掻いていたのを見ると心底面倒そうなのが伝わってきた。
住民の避難と協会への連絡が終わった3人が戻ってきたので今分かっているだけの事情を説明する。
説明し終えた頃にカレンがリビングに戻ってきた。
「ん、あーちゃんも来てもらうよ」
「事情を皆に一から説明するよ……」
私は皆に倒してすぐのモンスターの魔石を食らうとスキルが得られることと私のスキルについて話した。一番身近な沙耶にも話していないことだ。
3人は驚いていたがカレンは無反応だった。まるで常識として知っているかのように。
「悪いけど、沙耶と七海と小森ちゃんは連れていけないかな」
「うん……分かってる。ゲートから出てくる魔力に気圧され動くことも声を出すこともできなかった……」
「ウチなんて未だに震えが止まらないっすよ……」
「わたしなんて危うく粗相をしちゃいそうでしたからね……」
何を、とは聞かないでおこう。
皆と一緒に活動したいけど、これは私とカレンにしか解決できない問題だ。
もし、3人を連れて行って向こうで人質などにされてしまったらお手上げだし、それなら比較的安全なこっちに残ってもらった方がいい。
「カレン、最短で帰ってこれるとしたらどのぐらいかかる?」
「んー……分からない。半年……もしかするともっと。お父さんの考えてることは私にも分からない」
「そっか。こればかりは当たって砕けるしかないね……」
何が起きるか分からないから私のアイテム袋に入っている金貨を次元の袋に移そう。後、中に入っている矢も。
中に入っていた大半のものを次元の袋へと移動した。
沙耶が泣きそうな顔で私に聞いてきた。
「ちゃんと、帰ってくるよね……? 私、待ってるから。お姉ちゃんが帰ってくるまでにもっと、もっともっと強くなるから!!」
「大丈夫だよ。母さんの事、頼んだよ? ああ見えて寂しがり屋だからさ……3人が一緒に居てあげれば楽しく過ごせると思う」
抱き寄せて沙耶の背中を摩った。鼻を啜る音が沙耶から聞こえる。
――沙耶には待たせてばっかりだ。
頭を撫でて立ち上がる。七海と小森ちゃんの方へ向かう。
「沙耶を、よろしくね」
「そんな今生の別れみたいな言い草やめてほしいっす。ウチは面倒見ないんで帰ってくるっすよ」
「わたしも、同じ意見です。帰ってきてくださいね」
笑って七海と小森ちゃんの頭を撫でる。
できない約束は……したくない。弱音に繋がってしまうから。
「さあ! カレン。行くよ!」
「ん。大丈夫、最悪の事態は起こさせない」
「不安になるような事言うんじゃないよ……」
カレンを小突いてゲートに向かう。
3人に見送られて私たちはゲートの中に――入った。
ゲートの中にあるダンジョンは遺跡、と言うより城に近い構造だった。
大きな広間の真ん中に赤いカーペットが敷かれておりその横に鎧を着た魔族がずらりと並んでいた。
1人1人の魔力が非常に高い。1対1では勝てるだろうけど連携して攻撃されたら勝てるか怪しいかもしれない。
赤いカーペットの先には椅子が1つ。ゲートから感じた魔力を放つ魔族がこちらを見据えて座っていた。
「あ、お父さん。ただいま」
「カレンよ……臣下も居る厳格な場だ。正しい挨拶をしろ」
「むー……。カレン・アート・ザレンツァ、只今帰還致しました……これでいい?」
地を這うような重い、低い声が発された。
カレンが右手を胸に当ててスカートの裾をつまんで膝を少し曲げた。
見よう見まねで同じ姿勢を取っておこう。
「うむ。ご苦労だった。大臣以外は席を外せ」
兵士たちが敬礼をして部屋から出ていった。
――後ろにはゲートが……無い?
「ゲートなら閉じた。逃げられても困るからな」
私へと魔力が放出される。あまりにも暴力的な魔力は私から五感を失わせた。
折れるな、心。これは魔法というより威圧の一種だ。古代竜と戦った時も同じ経験をした。
許容できる以上の恐怖を感じると身を守るために全てを遮断する反射行動。落ち着いて魔力を循環させて一気に放出する。
「ほう、我が娘が人族に誑かされたと思っていたが最低限は戦えるようだ」
「お父さん。あーちゃんに意地悪したら口きかないから」
「申し訳なかった!! 許してはくれないだろうか!!」
一瞬でカレンの前で土下座をしているカレンの父さん。
……これって。
「ん、ただの親バカ。だから帰りたくなかった……」
「そんな寂しいことを言わないでおくれ……お前が居ない間、父さんは寂しかったんだぞ!? フォルスティアに聞いたら恋人のところと聞いて……どれだけ悲しんだことか!! 貴様!! うちの娘はやらんぞ!!!」
「残念。私はもうあーちゃんのもの。ね?」
カレンがそう言うと物凄い殺気を込めた視線を私に送ってきた。
どっちかの味方をすることも出来ず、ただ苦笑いをすることしかできなかった。
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