70話--母と娘--
金貨の枚数を数えるのに思っていた以上、時間がかかると言われて外で6時間ほど待たされた。
手の空いている職員全員で数えてくれたようだ……一応私も協会の人間ということになっているので申し訳ない気がして職員たちに金貨を5枚ほど握らせた。手間賃だ。
販売人のおっちゃんは娘が病気らしく、袋を売るのを急いでいたそうだ。
泣きながら私に感謝の言葉を伝えて急いで外国で手術をすると言っていた。無事に成功することを祈っておこう。
「で、お姉ちゃんが大量に自前のゴールドで買ったのがこの袋?」
「うん。私の持っているやつより性能が良くて容量が大きいんだ」
「それはすごいっすね……。でもこの大きさじゃ持ち歩くのに不便っすね」
沙耶が袋を持って疑問そうに見ている。
私が変なものを買った、と思っているのだろうか……? この袋だが、使用者の登録は私でするつもりはない。
待たされている間に【全知】に聞いて分かったことだが次元の袋は3人まで使用者が登録できるそうで、沙耶と七海と小森ちゃんの3人に管理を任せようと思う。
「関係ない話なんだけどお母さんが今、配信で米を買う人探してる……」
「母さんが? 何で急にその話を……?」
「なんか『聖女』なら救貧とかしてるんじゃないかって、お姉ちゃんの噂に尾ひれがついて母親だって公言してる母さんのところにそういう情報が届いてるらしい」
そんなの無視してればいいのに……。と思ったが母さんのことだから律儀に対応しているのだろう。
変な水とか買わされてなければいいんだけど。
「そうだ、沙耶。母さんに電話して?」
「今度は何をするつもりなの……? 電話はするけどさ……」
沙耶がスマホを取り出して母さんに電話をかけた。
最近はパソコンでもメッセージアプリが使えるということに気が付いたようで連絡が家の電話と手紙では亡くなっている。
少しすると母さんの元気そうな声が沙耶のスマホを通して聞こえてきた。
「あら、さーちゃん。今ね、お母さん配信中なんだけど……」
「ごめんね。お母さん。お姉ちゃんが電話しろって……」
「あきちゃんが!? ちょうど皆が疑ってたのよ! 本当にあきちゃんの母親なのかって……自称してるだけなんじゃないかってね? さーちゃん。ビデオであきちゃんを映して!」
沙耶が椅子に座っている私にカメラを向けた。
私が母さんに繋いでほしいって言ったから、これぐらいは許容しよう……。
テレビとかもそうだけど、何かに撮られるというのは相変わらず慣れないものだ。背中がむずむずする。
「うわ、SNSやばいっすよ。日本のトレンド1位っすね」
「本当ですね……後ろに立ってる青い髪は誰だ!? とかも言われてますね」
小森ちゃんの後ろに居ると思っていたカレンが私の後ろで立っていた。
私は椅子に座っているのでぎりぎりカレンの顔が見切れているそうだ。
「えっと、母さん。元気?」
「そりゃもう元気よっ! あきちゃんから話したいなんて珍しいじゃないの? 何かあったの?」
「いや、特にこれと言ったことは無いんだけど。情報発信の場が母さんのところぐらいしか思い浮かばなくて……」
特に気の利いた言葉が出てこなかった。沙耶が笑いを堪えている。
手が震えてまともに撮影できなくなったのか鞄から自立する自撮り棒を取り出してスマホを固定していた。
「あきちゃん、SNSとかやってないの? フォローするよ?」
「上手く扱えないから苦手なんだよね、SNSって。早速本題に入っちゃおうか」
ネット上で何を言われてるのか、とか気にし始めたらキリがない。それならば最初からやらないのも手だろう。
カメラに向き直って発言を続ける。
「日本の活性化。ってことでまず第一弾、古米や余った米を相場の金額で買い取ることにしたよ。支払いはゴールドでの支払いになるから米農家の方でよく分からない人は最寄りの協会支部に言って説明とかを受けてね?」
前提として人間が食べる物で、として話した。
沙耶たちには何も言っていないので本気か? と視線を送ってくる。
私は本気だ。袋に時間の停止機能があるから買っておいて損は無い。それに、もう少し時が経てば食料の供給が追いつかなくなる時期が来る可能性が高いんだ。
捨てられたりしてしまうなら買ってしまおう。という魂胆だ。
年配層のゴールドの普及率が低いと林さんが嘆いていたのでその手伝いも兼ねている。
キャッシュレス決済のように手数料とかはほぼ無いので得なはずなんだけどねぇ……。
「あきちゃん、本当にそんな事して大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。これは私自身が今までに得てきたゴールドから出てるし……あ、ちゃんと送料とかも負担するから協会支部か協会本部に送ってくれればちゃんと買うよ。ただ、無言で送られても困るからちゃんとやり取りができてからだね」
それから詳細の条件を説明して私が言いたかったことは終わった。
一仕事終えた、と思って息を吐いたら沙耶が私に手招きしている。
「お姉ちゃん、本当に大丈夫なの!? 割と最初からお姉ちゃんとダンジョンに行ってる私でも手持ちの金貨って20万枚ぐらいなんだよ? 本当に足りるの?」
「足りるでしょ? さっきちょっと使ったけど3000万枚はあるし……」
「え゛? ごめん、お姉ちゃん。ちょっとあっちに……」
沙耶に手を引かれて音声が入らないような部屋の隅に連れていかれた。
一番最初に沙耶には私が過去に戻ってきていることを話してある。その時に大量の金貨も引き継いでいるって言ったような、言っていないような……。
囁くような小さな声で沙耶に細かく説明する。何で説明してくれなかったの! と脇腹を突かれた。
笑いながら謝って席に戻った。
「じゃあ、母さん。そういうことだから……」
「待って。あきちゃん。貴女にいっぱい質問が届いているのよ? 少しだけ答えていってちょうだい」
「3つまでならいいよ」
金貨の枚数計測で時間が結構取られてしまったのでもう日が落ちかけている。
眠くはないが今日はもう帰りたい気分だから質問は3つだけ。どうやら質問を募集してアンケートを取るらしい。時間がかかりそうだ。
「あーちゃん……おなかすいた……」
ずっと黙っていたカレンが私の肩の上から手を回す様にもたれかかった。後ろからハグされているような感じだ。
私の肩に顎を乗せてきた。横に目が付いているわけではないから表情は見れないが不機嫌そうな顔をしているのは間違いない。
左手でカレンの頭を撫でて言った。
「ごめんね、もうちょっとだけ待ってね」
「むぅ……」
むくれているカレンをもみくちゃにしていると沙耶が咳払いをした。
ふと我に返って沙耶の方を見ると小森ちゃんと七海も一緒に笑いながらカメラを指さしていた。
そうだ、ビデオ通話中だった……。仕切り直す様に手を叩く。
「それで……母さん。まだかかりそう?」
「まだまだかかりそうね。今日はもう遅いから次までに準備しておくわよ」
「わかった。それじゃあね」
沙耶にアイコンタクトを送って通話を切るようにお願いする。
スマホに手をかけていたので切ってくれたのだろう。立ち上がって伸びをする。
1時間も話していないけれど結構疲れた。やっぱり人前に出るのは向いていないなぁ……。
「沙耶ー、帰るよ。いつまでカメラ向けてるの……って、まだ撮ってる?」
「あ、いや、トッテナイヨ……帰ろっか?」
疑いの眼差しで沙耶を見る。スマホを鞄にしまったので大丈夫だろう。
今日はもう家に帰ってから料理をする気になれないから帰り途中で買っていくとしよう。
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