69話--商店街--


 化粧をし終えたのか七海が戻ってきた。


「いやぁー、やっぱり素体がいいと化粧のし甲斐があるっすね!」


 汗などかいていないのに額を拭う動作をした。さながら一仕事終えた職人のようだ。

 どんな感じになったのか気になるので見に行こう。

 膝の上に座らせていた小森ちゃんの両脇に手を入れてそのまま上に持ち上げる。何か既視感を感じる……。あぁ、アレだ。

 猫を持ち上げた時の感じ。想像以上に伸びるし全てを諦めたかのように脱力している様とかはまさにそうだ。

 ちゃんと下に降ろしてカレンの様子を見に行く。

 手鏡を持って固まっているようだ。

 

「化粧は気に入った?」

「ん。すごい。綺麗に見せる技術は知らなかった」


 あまり変わっていないようにも見えるが私には分からないところで変わっているのだろう。

 前に沙耶に言われた気がする。化粧をした女性の褒め方がなっていない。と。

 確かによく見ると肌の質感だったり目が大きく見えたり、唇が艶やかだったりと私にも分かる部分がある。

 

「あーちゃん……そんな近くで凝視されると、恥ずかしい」

「あぁ、ごめん。うん、とても綺麗になってるよ」

「……ありがと」


 面と向かって褒めたら顔を逸らされた。

 ……褒め方が間違っていたのだろうか? 困り顔で沙耶の方を見たら黙って首を振られた。七海と小森ちゃんはため息を吐いている。

 変な空気になってしまったので手を叩いてリセットしよう。

 

「じゃあ、みんな準備できたから行こうか」

「はーい」


 沙耶が手を挙げて反応した。他の三人もカバンを手に持って商店街に向かうために車に乗り込んだ。

 車の中で他愛のない会話をしつつ1時間ほど走らせると協会のある場所へと辿り着いた。

 協会の中を抜けて反対側に出ると武器や防具、素材などが売っている店が所狭しと並んでいるのが見える。

 

「ほへぇー、案外栄えてるね?」


 都会から田舎に来た時のような感想を沙耶が言った。

 道行く人から変な視線を感じるのは気にせず買い物をするとしよう。

 この商店街に居るのは皆、同業者ハンターなのだから。

 

「各自で回るんすか?」

「うーん、物があると言っても大量にあるわけでもないし実物が見れるってだけの利点かなぁ」


 武器と防具は必要が無いから見るものが素材か掘り出し物だけになっているのが少しだけ悲しかった。

 回帰前の駆け出しハンターだった頃は高い武器を目標にゴールドを貯めたものだ。

 懐かしい気分に浸りながら流し目で武器屋を見る。

 商店街の奥に行けば行くほど人気が減っていくようだ。売っているものも武器や防具が主体だったのが素材やダンジョン産の道具が多くなってきた。

 小森ちゃんが何の変哲もないランタンを手に取っていた。

 

「おや、いらっしゃい。このランタンはダンジョン産のランタンで魔力を流すだけで光る優れものさ! 燃料もメンテナンスの必要もないんだ」

「ふむふむ……値段はっ……!? 1000ゴールド!?」


 値札を見た小森ちゃんが驚いてランタンを落としそうになった。

 確か1ゴールドは日本円で2万ほどだから単純計算で2000万だ。簡素なランタンでもそれほどの値段で取引されているのだから驚きもするだろう。

 恐る恐る元あった場所に戻して店を立ち去った。現物を確認できる分、マーケットよりは割高だったなぁ。

 

「お姉ちゃん、私あの店見てくるね」


 回復薬などの薬を売っている店を指さして沙耶と七海が店の方へ向かった。

 カレンは小森ちゃんを連れて食材店に向かっていた。勝手に居なくなられる面倒だからどこか行くときは小森ちゃんを連れて行くようにって言った甲斐があったようだ。

 道の端にレジャーシートを敷いて個人で物を売っている人が目に入った。

 値札だけチラ見すると5万ゴールドと書いてあった。高い。

 道行く人たちに冷ややかな目で見られている販売人のおっちゃんは深く肩を落としていた。

 

「随分と高いね」

「何だ。冷やかしなら帰ってくれ……って、『聖女』様じゃねぇか」


 そう言われて私は顔をしかめた。何故そのように言われているのかは全くもって分からない。

 冷たい目でおっちゃんを見ていると謝罪が飛んできた。

 

「いや、すまなかった。あまりに売れなくって気が立っていたよ」

「大丈夫。そこまで気にしてない。5万ゴールド……日本円で10億って、本当に売れると思ってるの?」


 麻で出来たような巾着袋。私が持っているアイテム袋に似ているような……?

 ――まさか。

 

「おっちゃん。この袋はどこで?」

「ダンジョンだよ。宝箱を偶然見つけて出てきたんだ。アイテム名は『次元の袋』で中に30種類の物が無制限で入れられる……って見てくれた人に何度も説明してるんだが、誰も信じちゃくれねぇよ。入れた物の時間も止まって永久に保管できるって入手した時の説明にあったんだがな」


 『次元の袋』。聞いたことがある。とある金にうるさい大企業が買って大いに得をしたアイテムだ。

 運送にかかる人件費や在庫のロスが無くなる……と聞いた。


「買うよ」

「は? いくら聖女と言え施しならいらねぇぞ? いくら俺が売るのを急いでいるからって買い叩かせないからな」

「うん。ちゃんとした金額で買う。その提示された金額じゃ買わないけどね」

「だから値下げは――」

「安すぎるんだって。私の知っている『次元の袋』ならもっと価値がある。ちょっと手に取ってもいい?」

「――はっ? あっ、あぁ」


 おっちゃんの許可をもらって商品を手に取る。

 【全知】、これは本当に『次元の袋』か?


『回答します。アイテム名:次元の袋で間違いありません』


 よし。確証も取れた。

 適正価格で買ってあげよう。

 

「うん、本物だね。先約とかって居ないよね?」

「……居ない。なぁ、本当に買えるのか? このまま奪ったりなんて、ないよな?」

「そんなことしないよ。疑う気持ちも分かるよ、大金が絡むもんね……。そうだ、協会の土地だし協会に仲介してもらおっか」


 相田さんに電話をして事情を話す。

 ため息を吐かれたが数分すると黒いスーツを来た人が私の居るところに来た。

 販売人のおっちゃんと一緒に協会の最上階へ行くと相田さんと林さんが座っていた。

 

「きょっ、協会長!?」

「なぁ、嬢ちゃん。儂は暇じゃないんだぞ?」

「ごめんね、助かるよ」


 床の強度をチェックして私のアイテム袋から500万ゴールドを出す。

 部屋の床一面に金貨が積みあがった。

 

「とりあえず、500万ゴールドでどう? もっと出せるけど……」

「橘さん、ストップです。販売主が気絶してます」

「ガハハハッ! 確かに個人で取引する額じゃないな!」

「これ以上積まれても困惑するだけでしょうし、詳細は私にお任せ下さい」

「そう? ありがとう! とりあえず500万ゴールドまでは出す。それ以上は要相談」


 林さんに丸投げして部屋を出た。

 販売人のおっちゃん、一気に億万長者だ、ダンジョンはこういう夢があるから色々なハンターが集まるんだ。

 

 

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