68話--カレンと化粧--
風呂から上がったら普通に寝た。
皆疲れていたのだろう。庭で寝ようとしていた沙耶と七海も風呂に突っ込んで綺麗にした。
朝起きるとテレビでは昨日の個人戦の特集だったり、団体戦が来週になったりとかの告知をしていた。
会場修復のため、と書いてあったので間違いなく私のせいだろう。今のうちに林さんに修繕費の見積もりを聞いて送金しておこう。
カレンに色々と話を聞こうとしたけど断られてしまった。迎えが来た時にカレンの父さんから話してもらうように言うとのことだ。私が知り得ない難しい事情があるのだろう。
あくびをしながらリビングに向かうと沙耶が動画を見ていた。
「何見てるの?」
「お姉ちゃん、おはよ。これはお母さんの昨日の配信」
「へぇ……。って、昨日の個人戦じゃん」
「そう。リアルタイムでミラー配信してたみたいでお母さんが私たちの事を娘って言ってるし……私は過去に配信出ちゃったからバレてるかも?」
そういえば前に実家に帰ったときに母さんと沙耶が配信していたっけか……。
私は絶対に映らないように逃げ回っていた記憶がある。
酒を片手に個人戦を見ながら騒いでいる母さんの動画を聞いていると元気そうで良かったと思えてくる。
「暇なときにお母さんが残したアーカイブ見てるんだけど、お母さん覚醒してるみたい……」
「そうなんだ……本当に元気そうで良かった」
「ゴブリンの毒で死にかけたのはいい思い出って言ってるよ」
まだ何も説明せずに解毒薬を飲ましたの根に持っているのかな。
沙耶と談笑していると残りの3人もリビングに集まった。今日は特に予定は組んでいない休養日のため皆薄着だ。
……一人だけ何も着ていないのも居るけど。
冷蔵庫を開けて朝食のメニューを決める。うん、今日は卵を使おう。
『今日の運勢、最下位は……かに座のあなた。今日は何をやってもダメダメ……難しいことは考えず気分転換してショッピングでもいかがでしょうか? ラッキーアイテムはゴブリンの耳飾りです!』
朝食を食べながら占いを見ていると私が最下位だった。
いつも見ているが当たった試しがないので慣習で見ているだけだ。
「先輩、この占い好きっすよね」
「うーん……占いが好きなんじゃなくて、どんな時でも普通の番組を放送し続けるテレビ局の精神が好きだから付けてるだけ」
「あっ、確かに……渋谷で色々あったときも中継じゃなくて普通の番組やってましたね」
そうだったんだ。
渋谷の時は私は現場に居たから何も分からない。朝食も食べ終え、朝の占いも見たので食器を片付ける。
ショッピングか……。ふと占いの内容が頭に浮かんだ。
協会の周辺にハンター用の商店街が作られたのを思い出した。何か掘り出し物が無いか行ってみるのもいいかもしれない。
ハンター同士で素材などを売買するマーケットとは違って企業や自身で作ったアイテムを販売する場所と聞いている。
「協会近くの商店街に行くけど付いてくる人ー」
参加者を募ると全員が手を挙げた。休みの日は何もすることがない場合が多いから暇しているのだろう。
外に出る準備を始める。
沙耶たちから教わったおかげで薄い化粧なら自身でもできるようになってきた……ように思えるが正直な話、ちゃんとした化粧を自分でするのなら一人で闇竜を相手にしていた方が楽かもしれない。
化粧道具を持って、どうしようかと固まっていると両方の肩に手が置かれた。
「さて、お姉ちゃん。綺麗にお化粧しよっか?」
「せっかく高いの買ったんすから使わないと勿体ないっすよ?」
「あっ、はい……」
化粧品の費用はパーティー用の資金から出すようにしているので沙耶と七海に任せて買っている。私と小森ちゃん、カレンはその辺の事情に詳しくないので任せっきりだ。
いくらか高いものでも気にしないで買っていい、と伝えてある。
下地を沙耶が、仕上げを七海が担当するようだ。慣れた手際で線を引いたり粉を叩いたりしていく。
何故そこに線を引くのかは私には分からない。動くと怒られてしまうので微動だにせず固まっておく。
完了したのか七海が両手を払った。
「うっす! 完了っす!」
「ありがとう……皆は準備終わった?」
全員しっかりと化粧も終わっていて心置きなく外に出られる格好だ。
――いや、待った。
「カレン、こっち来て?」
「ん。あーちゃん、何用?」
「そういえば化粧ってしたことないよね。元がいいからしなくてもいいんだろうけど……」
分かりやすく沙耶と七海に視線を送る。
私の意図を理解したのか二人でカレンに腕を組んだ。
戦いや強さを重点的に磨いて生きてきているであろうカレンなら私の苦悩が分かるだろう……。というのは建前で本音は道連れにしたいだけだ。
「カレンさんもメイクしよ?」
「ん? 私は……大丈夫」
「皆最初はやったことないっすよ。安心するっす」
「……やだ。なんか、目が怖い……あーちゃん、たすけて」
視線を送ってくるが私は黙って首を横に振った。諦めるんだ、カレン。
無理やり振りほどくようなことはせず椅子に座ることを頑なに拒んでいる状態だ。
何かを思いついたかのように沙耶がカレンに耳打ちした。
「カレンさん……メイクすれば今よりも可愛くなれるよ」
何を囁いたのかは私の方まで聞こえなかったが断固として座ろうとしなかった椅子にカレンが着席した。
その姿を見て沙耶と七海はハイタッチをした。
「ん。もし違ったら、今度あーちゃん諸共容赦しないから」
「え、なんで私巻き添え食らってるの?」
「橘さんが呼んだからじゃないですかね……」
いつの間にか私の横に居た小森ちゃんが憂い気に答えた。
この様子だと既に二人に化粧された後だ……いつも小森ちゃんが化粧しない部分がされている。
椅子に座って膝の上に小森ちゃんを乗せる。
「ふぇっ!?」
「あっ、ごめん……クッションを乗せる感覚だったや、嫌だったら降りて?」
慌てふためく小森ちゃん。小さな声で「嫌では……ないです……」と呟いた。
如何せん、回帰してからというもののひざ掛けなどが必需品になるぐらい冷えが天敵であることが分かった。
つまるところ、体温の高い小森ちゃんは割とちょうどいいのだ。柔らかいし……。
嫌ではないと言ったので手を前に回して密着度を上げる。
「あぁ……暖かい。助かる……」
「ひゃい……」
緊張しているのか耳が真っ赤になっているのが目に入った。
悪戯したい気持ちに襲われたが変に歯止めが利かなくなってしまうと外出どころではなくなってしまうので我慢だ。
カレンの下地を終えた沙耶が私たちを見てずるいと言ったのは言うまでもない。
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