32話--本部と報酬--


 家に帰るころには既に日は傾き始めていた。

 3人はテレビを見て談笑しており、仲良くやれているようだ。

 ベランダを見るとベッドのシーツや布団、毛布などが干してあった。天気がいいから気を利かせてくれたのだろうか。

 

「シーツとか洗濯してくれたんだ。ありがとね」

「え、あっ、うん。天気が良かったからね!」


 沙耶が答えた。キングサイズのものとなると干すのが大変だったろうに……。

 3人が居たからできたことなのだろう。


「小森ちゃん、ごめんね。今朝は本当に……」

「いっ、いえ! 大丈夫です……貴重な経験になりましたので……」


 声が小さく、大丈夫とまでしか聞こえなかった。

 本人が大丈夫と言っているならば何度も謝るのは逆に迷惑だろう。

 談笑していたのを遮ってしまったようで部屋が沈黙に包まれる。何か話題を……あ、そうだ。七海と小森ちゃんをダンジョンに誘おうとしてたんだ。

 

「七海。小森ちゃん。ちょっといい?」

「何すか? 急に改まって……」

「なんでしょう?」


 沙耶が自分だけ除け者にされたと思ってそうな顔で私を見ている。

 ダンジョンに沙耶を連れて行くのは確定事項だから……。

 

「よかったらでいいんだけど、ダンジョン行ってみない?」


 理解できるように理由とこれから先に起きることを話す。ゲーム好きであろう七海は目を光らせており、小森ちゃんは悩んでいるようであった。

 2人が行きたくないと言えばそれまでなのだが、今のうちからダンジョンで戦えるようになっておけば後々の生活が楽になる。

 

「ウチは行くっすよ! 楽しそうっす!」

「ありがとう。ちなみに沙耶はもう一緒に行ったことあるから……」

「わっ、私も行きます!」


 対抗心を燃やしたように小森ちゃんが言った。

 無理に来てもらう必要はないけれど、来るならば全力で守る。後は皆の覚醒するスキル次第になりそうだ。

 私としては前衛が1人は欲しいところだけれど……。

 

「大丈夫だよ! ヤバそうなのが出てきたらお姉ちゃんが守ってくれるからさ!」

「そうっすね、あのでっかい牛倒してるぐらいっすから安心っす」


 いい感じにスキルが分かれてパーティーが組めそうであれば皆で組むのも悪くない。

 気心知れている方が色々と気にしなくて済む。ゆくゆくは渋谷のダンジョンも攻略できれば……。

 考えが発展しすぎた。まずは目先のダンジョンを潰していくことを考えよう。

 リストにある見つかったのが早い順で攻略しないと溢れてしまう……。

 

「それにしても紙媒体は見づらいな……」

「ウチがPCに書き起こしてもいいっすよ? 特に指定なければ見た目の通りにやっちまうっす」

「お願いしていい? PCは好きに使っていいからさ」


 七海に私のノートPCを渡してリストを見せる。

 特に機密マークなどは書いてないから大丈夫だろう。

 尋常じゃない速度で入力していく七海。そうだ、事務作業は得意だったんだっけ……。

 

「そういえばさ……七海と小森ちゃんは帰らなくていいの?」


 そう言うと2人の動きがピタリと止まった。

 どちらも私と目を合わせようとせず、見当違いの方向を向いている。

 もしかして帰るつもりではなかった……?

 

「別にいいんじゃないの? 七海さん一人暮らしだし、小森さんは両親が旅行で居ないし~」

「確かにそうだったね……」

「あんなモンスターが出てくるようになっちゃったんだからお姉ちゃんと一緒にいた方が安全だからね、逆に帰らないほうがいいんじゃないの?」


 沙耶の言うことは一理ある。無理に帰すのも気が引ける……。

 ただ、長期間で泊まるなら――と私の中で葛藤が起きた。

 こういう事が今までになかったから、どうしていいのか分からない。

 

「私はできる妹だからお姉ちゃんの考えてることが分かるよ。客人として扱わなくていいんじゃない?」

「あぁ、ありがとう沙耶。言語化できなくて困ってた」


 そう、私が引っかかっていたのは客人として扱うかどうかだ。

 長期で泊まることになるなら家事とかを分担してやってもらおう。

 ……私は料理しかできないけど。

 

「安心するっす、先輩。そこら辺はちゃんと分かってるっすよ。洗濯なら得意っすよ」

「わたしは、掃除なら……」

「じゃあ私は片付けだね。んで、お姉ちゃんは料理! これでいいじゃない?」

「うん。それなら他の人に心配されない範囲で好きなだけ居ていいよ」

「やったー! 人居た方が色々と楽しいしね~」


 家事の分担が決まり、胸でつっかえていたものが取れたような気がした。

 そうと決まれば明日はダンジョンに行く前に色々と買い出しに行こう。普段着でダンジョンに行くわけにも行かないしね……。

 返り血を浴びていい運動着は欲しいところだ。下着類も買ってあげよう。

 食料も、買い足せれば買い足したい。沙耶と2人のつもりでいたから足りなくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 色々な支度が終わり、ダンジョンの前にある対策本部のテントで相田さんを待っていた。

 ダンジョンが消えるところを見たいとのことで1回目の攻略を外で待っていてもらうことになっている。

 目の通しきれていない部分のリストを見る。私の実家の周りではゲートは見つかっていないみたいでリストにない。一先ずは安心だ。

 

「すまんな、嬢ちゃん。待たせちまった」

「あぁ、気にしないで。相田さん。それじゃあさっそくダンジョンに行くよ」

「嬢ちゃんが連れてきた者に関しては儂は何も言わん。それより……本当に良いのか?」

「何のこと?」


 相田さんが言いづらそうに顎へ手を置いた。

 昨日相田さんと話したことは1つや2つではないため何のことか見当がつかない。

 

「報酬だ、報酬。国から予算が出てるからダンジョン1つで1本とは行かないが、そのぐらいは出るんだぞ?」

「その話は本部でも言ったけど、このリストにあるものは一律で1つ3万。ダンジョンで手に入ったものの半分は私のもので、もう半分は本部に渡す。1つしかないものは私が貰う……って決めたじゃん」

「だがよ……そこらの害虫駆除業者でも、もっと取るぞ?」


 昨日も渋られた部分だ。回帰したことで紙幣の崩壊が見えている私からすると現金はそこまで必要ではなく、ダンジョンから取れるもののほうが好ましい。

 相田さんからすると安請負をさせている、と思っているみたいで昨日も小一時間ぐらい言い争った。1日に5つダンジョン攻略すれば日給は15万だ。それだけあれば紙幣の崩壊までは普通に生きていける。

 それに、私としてはダンジョンで取れるものの部分で割と吹っ掛けているのでこれ以上貰うのは気が引ける。

 

「だったら、浮いたお金で民間人にスキルに覚醒してもらってダンジョンを攻略してもらう状況の構築を早くしてほしいかな。あとは魔力の研究」

「それに関しては今頃、林とその部下たちが嬉々としてやってる。半年はかからんと思うが、2ヶ月は見てほしい。それ以上はあいつらが過労で倒れちまう」

「無理のない範囲でね。それまではリストさえ送ってくれれば極力、ダンジョンの攻略はするからさ」


 魔力の有用性が知られれば人々は魔石を求めるようになるからハンターとしての生活ができるようになる。

 ハンターの母数が増えれば私は難易度の高いダンジョンだけを行けば良くなるからなるべく早く回帰前の環境を構築してもらいたいものだ。


「しっかし、この魔石だっけか。こんなものが電力やその他のエネルギーの代わりになれるなんてなぁ……想像もできない話だ」

「その辺は林さんたちがどうにかするでしょ。今日は10件回る予定だから私はもう行くよ」

「おう……って10件!?」


 相田さんが止めようとしてきたが聞く耳持たずで本部のテントを後にする。

 沙耶たちは借りてきた猫のように大人しくしているようだ。魔石の話だが、喰ってスキルを得られることは伝えていない。

 公開するべき情報ではない気がするんだ。

 

『回答します。魔石を食すことでスキルを得られることを公開した場合、同族を殺してスキルをえようとする者が出現する可能性が大いにあります』


 ……やっぱりか。私の懸念していたことは合っていたようだ。

 この情報を公開するかは、また今度考えよう。

 今はダンジョンだ。ブルーシートで覆われた中に入ると私と同じぐらいの大きさの紫色のゲートがあった。突発型だね。

 

「さあ、行こうか」


 アイテム袋から鞘に入れた剣を取り出して腰に巻いて固定する。

 沙耶に杖を渡して……よし、準備オーケーだ。


「え、ここに入るんすか?」

「そうだよ」


 引き攣った笑みを浮かべている七海と小森ちゃんの手を引いてゲートに触れた。

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