19話--魔石と氾濫--
ついにモンスターが溢れる日がやってきた。
ゲートのある位置は回帰前の記憶で分かっているが、一応確かめに向かう。
朝5時に家を出て渋谷駅には6時には着いた。既に出勤をするのであろう人たちが光の灯っていない目をして駅のホームへと歩いて行った。
ホームから降りて近くにある女子トイレに自衛官が2人、見張りのように立っていた。
魔力の流れからして、あのトイレの中にゲートがあるのは間違いないようだ。モンスターが出てくるのは7時半ごろ……一番人の多い時間帯だ。
一度、ホームへ戻りベンチに腰掛ける。
流石に素顔だと面倒なことになると思い、沙耶から黒い布のマスクと仮面舞踏会でつけるような金色の蝶のような顔を隠すやつを借りてきた。
沙耶曰く「文化祭の演劇で使った」と言っていたが何故それを持ってきていたのかは興味が尽きないところだ。
偶然持っていたことに感謝をしておこう。
剣などの武器はアイテム袋に入れてある。小腹が空いたので袋の中にある携帯食料を1つ取り出して頬張る。
「相変わらず美味しくないなぁ」
近くに座っている人は居ないため、小さく不満を漏らした。
これでも一番味がある携帯食料なのだから驚きだ。口の中の水分が全部持っていかれたので自販機で水を買う。
携帯食料の包みを捨ててベンチに戻る。
アイテム袋の中を見た時に古代竜の魔石があったことを思い出した。取り出して手に持ってみる。
大きさは拳大ほどで内包されている魔力の量が尋常じゃない。
これを倒したときに魔石を喰ってスキルを得られれば――と思いを馳せる。古代竜のダンジョンが出現するのは30年後だから当分先の話だ。
『回答します。アイテム名:古代竜の魔石は体内から取り出されて-263295時間が経過しています。食すことが可能です』
「は?」
思わず魔石を落としそうになった。
【全知】が言うにはマイナス26万時間が経過……魔石が唾液に反応して喰える条件は取り出してから30分以内。
単純に過去に戻ったのだとしたら古代竜を倒して魔石を取り出したのは未来の話で過去の今は30分以内である……ということか?
『回答します。認識に誤りはありません』
「暴論だな……」
『回答します。そのように設計されているため仕様上問題ありません』
世界の仕組みは分からないが、単純に想定されていなかっただけではないだろうか……。
まあ、【全知】が問題ないというのであれば大丈夫なのだろう。人目が気になるがこの場で食べてしまうか……?
『警告します。魔石の魔力に対して器が耐えきれない可能性があります。魔力に耐えられずスキルが獲得できずに体が崩壊して死ぬ可能性が50%、魔力過多による暴走状態に陥り意識が戻らない可能性が45%。無事に成功する確率は5%です』
成功確率が1割も無いのか。時間的には余裕があるからレベルを上げてから挑戦したほうがいいだろう。
今日モンスターを大量に倒せればレベルも上がるから魔石を袋に収納して時計を見る。
時刻は7時半を過ぎていた。
ゲートのある方角から流れ出てきている魔力が濃くなっているのが分かる。これはモンスターが溢れてくる前兆だ。
少しすると下がざわめきだした。
駆けつけようとしたが、人が多すぎて進めない。通勤時間の混雑と野次馬根性が合わさって人が動かない流れができてしまっている。
――クソがっ。心の中で悪態を吐いた。
マスクをして仮面をつける。被害が増えないようにホーム階の非常停止ボタンを押した。目覚まし時計のような耳障りな音が大きく響き渡る。
人の関心を引く原始的な方法は大きな音だ。非常停止の音がその役割を果たしてくれた。
駆けつけてくる駅員を【神速】で振り切って自衛官が立っていたトイレの前へ向かう。
壁を走り、たどり着いた時には自衛官はオークに千切られる事象を眺めている群衆へと投げつけられていた。
ざわめいていた声が止み、静寂が訪れる。
「き、きゃぁああああぁあ!」
自衛官の血を浴びた女性が悲鳴を上げて止まっていた群衆の時が動き出した。
全員が我先にと改札へ向かう。地を這うような低音のオークの叫び声と共に大量のゴブリンとコボルトが出現した。
至る所で悲鳴が聞こえる。ホーム側、改札側。一瞬にして地獄絵図と化した。
「その手を退けろ!!」
剣を取り出してもう一人の自衛官を殺そうとしていたオークの腕を斬り飛ばしてオークを両断する。
襲い掛かってきた複数のゴブリンとコボルトを細切れにして腰を抜かして怯えている自衛官の胸倉を掴んで立たせて言った。
「非常事態だ。ココを見ている人間が何も知らない訳がない。早く対策本部に連絡して」
「なっ、なんで一般人が本部のことを……」
「そんな事はどうでもいい。お国の事情と人の命、どっちが大切か自分で考えるんだね」
疑る自衛官を尻目に目に付くモンスターたちを倒していく。分かってはいたが数が多すぎる。
見える範囲には生きている人はおらず、ゴブリンやコボルト、オークなどのモンスターが改札を目指して歩みを進めていた。
――行かせるものか。
モンスターたちの指揮をしているだろうオークに向かって先ほど斬り落としたオークの腕を投げる。
肉と肉がぶつかる音と共にオークの腕が命中した。手を立てて、かかってこい。とオークを挑発すると私に向かってオークが威嚇の声を上げた。
改札へ向かっていたモンスターたちも進路を変えて私のほうへと駆け出した。自衛官が巻き込まれないようにホーム階への階段まで移動し迎え撃つ。
さあ、第一ラウンドの始まりだ。
飛びかかってきたゴブリンを切り捨て、飛来していた矢を掴んで投げ返す。間を置かず波状攻撃を仕掛けていたコボルトを蹴って迎撃し、手当たり次第に切り刻む。
それを何回も、何十回も繰り返す。ミスの許されない状況に神経が研ぎ澄まされてゆく。
雑音が消えて聞こえるのはモンスターの息遣い、飛来してくる矢や石の音。視界が異様なまでに鮮明になり色が抜け落ちる。
……どれほど時間が経ったのだろうか。
モンスターの攻撃が止んだ。視界に色が戻り、次第に雑音も聞こえてきた。辺りにはモンスターの死骸が大量に転がっており私の服は返り血と汗で重くなっていた。
正面から唸り声がした。まるで怯えているかのようなオークが私と対峙している。私が挑発したオークだ。
剣の血を払ってオークへ歩みを進める。
「グガァ……」
「何故、後退りをする? 貴様らが私の領域に来たのだろう?」
私が進んだ分、オークが後ろへ下がる。
オークが何を考えているか分からないが、今ここで倒さないといけないことは分かる。
私に背を向けて逃げだしたオークの首を後ろから撥ねると噴水のようオークの血はに噴き出した。
頬に、血が付いた。それを指で拭って息を吐く。
「これで第1波かぁ……しんど」
駅の上空にはうるさい程のヘリコプターが飛んでいるようだ。テレビ局だろう。
そして、私の声を聴いていたかのようにモンスターが大量に湧いて出てくる。私は剣を握りなおしてモンスターの群れに突っ込んだ――。
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