18話--明日--

 ダンジョンから出ると壺に入っているスライムオイルと魔石がゲートの場所に落ちていた。

 沙耶に魔石を持たせて私は壺を持つ。

 スライムオイルは粘度が高くどちらかと言うと油よりローションの方が近いだろう。

 ここぞとばかりに主張をしてくる青い画面を消して車に向かう。スライムオイルの使い道は布製の防具に塗って乾かすと撥水効果が生まれる……ぐらいしか知らない。

 

『回答します。アイテム名:愛のスライムオイルは全身の余すところなく塗り馴染ませると防御力が永続的に1上昇します。2人以上と同時に塗り合わなければ上昇効果はありません』


 防御力が上がるのならば――と思ったが最後の部分で却下だ。

 私一人でできるのであれば風呂の時にでもやってみようと思ったのだが誰かの手を借りなければ効果は出ない……。

 心の中で愛の神へ中指を立てながら車に乗り込んだ。

 スライムオイルはしばらくクローゼットの中に仕舞っておこう。

 家に帰ろうと思ったが、結構時間に余裕がある。近場のダンジョンをもう1つ攻略してもいいかもしれない。【全知】、ここから一番近くて人のいない場所にあるダンジョンは?

 

『回答します。公園の女子トイレの個室内にあります』


 カーナビで地図を確認すると近い位置に公園があった。

 さほど時間もかからないだろうし、さくっと攻略してしまおう。

 

「沙耶ー。もう1つダンジョン行くけど……どうする?」

「いく!」


 車の中で携帯をいじりながら手を挙げる。

 運転すること十数分。公園の駐車場に着いた……着いたのだが何やら迷彩柄の車が止まっていた。

 嫌な予感がするがトイレの立て看板の通りに向かう。

 数分歩くとトイレらしき場所が見えてきた。

 

「なんか人がいっぱい居るね……?」

「うーん。自衛隊かぁ」


 迷彩柄の服を着た者が複数人でトイレを囲んでいた。

 回帰前もゲートが発見されると自衛隊が取り囲んで警備していた。多分トイレの個室に入ろうとした一般人がゲートに気づかずそのままダンジョンに入って行方不明になったのだろう。

 鍵の開いている個室に入るときなんて誰も警戒してないだろうしね。

 横を見ると沙耶が唇を尖らせて拗ねていた。

 

「あれじゃあ入れないね。今日は帰ろっか」

「ぶー……」


 下手に話しかけて不審に思われるより何もせず帰る方がいい。銃まで持ち出しているってことはダンジョンの脅威が知らされているって事だろうしね。

 沙耶の手を引いて駐車場へと踵を返した。

 

 

 家に帰りダンジョン内で【炎球】で燃えたものの煙を浴びていたせいか、全身が煙くさい。

 いつも通り沙耶と風呂に入り服を洗濯した。

 明日は……モンスターが人目に付く日。渋谷駅と梅田駅でモンスターが溢れかえるのだが渋谷のダンジョンの方が難易度が高いためモンスターの数が多く、強い個体が多い。

 回帰前は自衛隊が渋谷駅へミサイルを発射し、溢れかえったモンスターは建物ともども殲滅された。その代償は非常に大きく復旧までに多大な時間を要することになった。


「何をそんなに考えてるの?」


 唸りながら明日のことを考えていると胡坐をかいて座っている私の股の間に座り、姉のことを背もたれにしている沙耶が聞いてきた。


「沙耶はさ、大勢の人を救えるかもしれないけど、それが原因で後々面倒なことになるって分かっているんだったらどうする?」

「どうするって……救うか救わないかってこと?」

「そう」


 溢れる前にダンジョンを攻略してしまえば良いのでは? と思いもしたが、渋谷ダンジョンは難易度が非常に高く……最低入場制限というものがある。

 3人同時にゲートに触れないとダンジョン内に転送されず、何も起きない。

 最低入場制限は中に入ると攻略するまで外には出てこれない。

 攻略しに行くには全員がハンターとしてスキルに覚醒し、十分にレベルを上げた状態でないと無駄に命を散らすだけだ。

 

「私だったら救いに行くかなぁ……だって救えたら英雄ヒーローじゃん!」

「英雄……か。なってみるか」


 小さく呟く。沙耶に言われて目が覚めた。

 一度経験したから客観的に見ていたのかもしれない。行かねば大勢の人が死ぬというのに何を悩む必要があるのだろうか。

 溢れて出てくるモンスターは数に限りがある。すべて倒してしまえば次にあふれるまで余裕ができる。ダンジョン外にモンスターが溢れると10日のカウントがリセットされて倍に延び、20日になる。

 期間が延びた分、溢れたときのモンスターの数も倍になるが……それは今考えるべきことではない。

 

「……もしかして何か起きるの?」

「うん。明日ね――」


 沙耶に明日起きることを説明する。

 前回、実家で説明した時より詳細に……。驚愕だったのか口を開けっ放しにして私を見ていた。

 

「実家で会ったゴブリンや今日行ったスライムみたいなのが数千!? 都心にミサイル!?」

「ミサイル発射は5日後だったかなぁ」

「今からでもSNSで拡散したりしても無駄なの?」

「無駄だと思うよ。沙耶は知らない誰かが"明日、富士山が噴火します! なので避難してください!"って言ってても信じないでしょ?」

「……確かに」


 実際にそれが起きたら注目されるだろうが……何故知っていたのか、何故もっと声高々に言わなかったのか。と余計なしがらみが付きまとうことになる。

 心無い言葉をかける人も少なくはないだろう。

 実際に事が起きないと民衆は動かない。そういうものだ。

 

「明日、行ってくるよ」

「私も……行く!」

「気持ちはありがたいけど、沙耶はここで待ってて。守りながら戦う余裕なんてないと思うから」


 はっきりと言うと沙耶が肩を落とした。

 前回の実家の時も待っているだけで何もできなかったことを気にしているのだろうか。

 

「……つよくなる。私、お姉ちゃんと一緒に戦えるように強くなる」

「待ってるよ。今回は私一人で行ってくるけど次は一緒に、ね?」

「うん!」


 手を前に回して沙耶とくっ付くと沙耶は私の頬に自身の頬を擦り付け、笑って言った。

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