17話--妹とスライム--

 沙耶のスキル確認をしながら歩いているとモンスターの気配がした。

 見晴らしの良い草原であるため、周囲をぐるりと確認するが……モンスターの影が見当たらない。2足歩行のモンスターでは無いことは分かり一安心だ。

 しばらくすると沙耶が声を上げた。

 

「きゃっ!? お姉ちゃん、なにこれ!?」


 緑色のゲル状の何かを踏み潰して沙耶が困惑していた。

 靴の底から混ぜた納豆のように糸を張っている生物……いや、モンスターは1種類しかいない。スライムだ。

 

「スライムだね。踏み潰すのもいいけど焼くのも効果的だよ」

「なんか思っていたのと違う……こう、ぷるぷる。って……」


 現実のスライムはそんなに甘くない。話しかけてはこないし、そもそも声を発する器官など無い。

 魔力を含む消化液が繊維に付着すると服が溶けるため防具屋泣かせの異名が付くほどだ。沙耶が踏み潰したスライムは幼体だったのか再生することはなく、そのまま固まった。

 

「スライムが出てきたってことはここはスライム系のダンジョンだね」

「私に任せて! どんなやつでも燃やすんだから!」


 杖をぶんぶんと振り回してやる気を見せつける沙耶。草が膝ぐらいまであるのでもう少し短くしてしまおう。

 このダンジョンは沙耶のレベル上げと割り切って私はサポートに徹しよう。

 【神速】を使用して辺りの草を刈り、何匹かスライムを斬った気もするが気にせず草を刈る。

 沙耶を中心に半径10mほどの草を刈り終えて【神速】の使用を止める。残りは40秒か……。

 

「さて、沙耶。これから楽しいスライム狩りの時間だけど準備は大丈夫?」

「まっかせてよ!」


 準備万端のようなのでポーチからホブゴブリンとゴブリンの魔石を取り出した。

 スライムは魔力を保有するモノに集まる習性があり、そのモノの魔力が膨大であればあるほど遠くから誘引できる。

 魔石自体が魔力を有しているため外に出して放置しておけばスライムホイホイの完成だ。

 スライムが来る方角を分かりやすくすために線を引く。


「十字の線を12時。二本の線を6時として来る方角言うからそこに【炎球】を打ってね」

「こんな事する必要ある……? ドッカーン! で終わりじゃないの?」

「スライムのダンジョンは1匹1匹は強くないんだよ。ただ――沙耶! 4時の方角!」

「えっ!? あっ、【炎球】!」


 戸惑いながら【炎球】を放つ。沙耶には伝えられてないがスライムのダンジョンは個々の強さは無いが非常に数が多いことで知られていた。

 沙耶には悪いけれど殲滅するまで技能を打ちまくってもらおう。【魔法】スキルに覚醒した者は体内で保有できる魔力も多く、他にも技能を使うときに空気中の魔力も使うことができる。あの規模の【炎球】でも魔力切れは中々起きないだろう。

 続けて方角を指示する。最初は困惑していた沙耶だが徐々に慣れてきたようだ。

 少し意地悪をしてみよう。

 

「次! 3時と11時!」

「2つ!? えーっと、【炎球】!」


 1回の詠唱で2つの【炎球】が発生した。大きさは単発で出したときの半分ではあるがスライムを倒すには十分の大きさだ。

 【魔法】スキルの特徴の1つの多重詠唱マルチキャストだ。本来であれば同じ大きさのものが2つ出るはずなのだが、込める魔力の量が1発分だったため、大きさが半分になったのだろう。

 詠唱なので2つだけではなく熟達すればいくらでも増やすことが可能だ。スキルに覚醒すれば使ったことがなくても自然と使い方がわかるんだ。

 私が剣を持ったときがそうであったように……沙耶は今、魔力というものの使い方を理解して実践してる最中なのだ。

 

「やったぁ! お姉ちゃん見てた!?」

「見てたよ。初めてなのによく出来たね」


 一通りスライムを倒し終えたので沙耶に近づいて労いの言葉をかける。照れくさそうに頬を掻いて頭を私の方に傾けた。

 これは……撫でてほしいのだろうか? 頑張ってたので撫でるとしよう。

 

「えへへへ……」

「それにしても派手に燃えてるね……」

「そうだね……」


 草原に炎の塊を派手に打ち込みまくっていたら燃えもするか。突発型のダンジョンなので地形破壊などは気にしなくても問題はない。

 辺り一面が焼け野原へと変貌していく中、大きな丸い影が見えた。

 あれがボスかな?

 

「お姉ちゃん……煙たい……」

「もう少しの辛抱だよ。ほら、あれを見てごらん」

「何あのでかいの……きもっ……」


 高さ3mはあるであろうゲル状の塊が私達の方へと確実に進んでいた。

 あそこまで大きいスライムも中々見ない。あの大きさなら呑み込まれたら最後、味方に【魔法】スキル持ちが居ない限り死を覚悟した方がいい。

 穴という穴からスライム組織を流し込まれて呑み込んだ生き物を窒息させた後にゆっくりと消化するか吐き出してて分裂するときの養分にするかの二択だ。

 どっちにしろ骨も残らず消化される。


「ここからは共闘しようか」

「私は何をすればいいの?」

「合図をしたら【炎球】を全力で3発、私に向かって打ってほしい」

「え゛……?」


 沙耶の返答を聞かずにスライムのボスへ向かって駆け出す。

 ここまで大きくなるとゲル状の触手のようなものを伸ばすことができるはずなので沙耶の準備が完了するまで私が前線で触手を切り落とす。

 ムチのようにしならせて攻撃したりロープのように巻き付けようとしてきたが確実に再生できないほど細かく刻む。

 私を無視して沙耶を攻撃しようとしたが、それもさせない。

 

「沙耶! 今だよ!」

「ほんとに打つよ!? え、【炎球】!!」


 沙耶から拡散するように【炎球】が発射された。このままだと真ん中の1発しか当たらない。熟達すれば回転をかけて曲げることも可能らしいが、それは徐々にできるようになってくれればいい。

 息を吐いて集中をする。【神速】を唱えて全力で剣を振るう――全ては空気の道を作るために。

 技能と言えど炎の塊なので突風などで方向が変わる。素早く剣を振るうことで空気を切り裂いて真空を作り、そこに空気が流れ込むのを利用して【炎球】の軌道を変えて全弾命中させる。

 【炎球】が目前に迫った刹那、私は動きを開始した。残像が残る程の速さで動き、道を作る。大きく跳躍して【炎球】が曲がったのを確認する。

 沙耶の前に着地するのと同時に3発の【炎球】がスライムのボスに着弾した。

 

「うん。いい感じ」

「ほへぇ……かっくいい……」

『戦の神が貴女に拍手を送ります』

 

 意図せず戦隊モノの敵爆破シーンのような事になっていたようで沙耶が感想を漏らした。

 巨大な火柱を立てて燃えるスライムのボスは為す術もなく焼かれて炭になり、燃やすものを全て燃やした炎は消え、一陣の風が私達の頬を撫ぜた。


『完全討伐報酬を挑戦者たちに送ります』

『レベルが2上がりました。能力値は各自で確認してください』

「うわぁっ!? なななななにこれ!?」


 突然の報酬案内の音声に沙耶がびっくりしている。ダンジョンに連れて行くのはまだ先だと思っていたから説明していなかった。

 沙耶にダンジョンをクリアすると聞こえる音声だよ。と説明して攻略報酬の宝箱を見にいく。ビッグスライムの炭を退かすと傷一つ無い木の宝箱が出てきた。

 

「私開けたい!」

「開けていいよ」

「わーい!」


 宝箱を開けると中には回復薬が5本と緑色の球体、技能書と金貨が入っていた。

 他のものそっちのけで金貨を手に取る沙耶。なんとも現金な妹だこと……。

 技能書の中身を確認すると【小回復ヒール】の技能書だった。覚えておいて損はない【魔法】スキルの技能だ。切り傷ぐらいの傷を一瞬で治すことができる。

 傷を負ったけど回復薬を使うまでもないぐらいの怪我に使える技能だね。

 後で沙耶に覚えてもらうとして……この私の顔ぐらいある緑色の球体は何だろう?

 

『回答します。名称:スライムコアになります。食べると防御力が永続的に2上昇します。燃やすとレベルが1上昇します』


 食べれるのか……。防御力が上がるなんて回帰前ですら聞いたことが無いぞ。

 スライムのダンジョンのレア報酬でレベルを上げれるアイテムが出る。って言うのは聞いたことがある。なるほど、コレがそのアイテムか。

 レベルが1上がる――。悩ましいところだな。私一人では燃やす一択だが、今回の功労者は沙耶なので沙耶に決めてもらおう。

 

「沙耶。この緑の食べれるらしいんだけど……」

「おいしいの?」

『回答します。食感はアロエに近く、無味無臭です。濃いめの砂糖水に一晩漬けてから食べるのをおすすめします』


 【全知】が具体的な食べ方まで教えてくれた。

 ……食べてみるか。防御力はあって損はないからね。

 

「アロエみたいな食感で砂糖水に漬ければ美味しくいただけるって」

「じゃあヨーグルトに混ぜて食べようよ~」

「名案だね、それ」


 砂糖水に漬けた後の事を考えていたけれど沙耶が良い案を出してくれたのでそれを採用する。

 宝箱に入っているものを全て回収するとダンジョンが大きく揺れた。制限時間のようだ。沙耶には説明はしていたが怯えていたので肩を寄せて近くに寄った。

 視界が暗転すると報酬のアナウンスが流れた。


『完全討伐による追加報酬を送ります』

『ビッグスライムの魔石とスライムオイルを獲得しました。ゲートが閉じた際に確認してください』

『愛の神が貴女のスライムオイルに細工をします』


 不穏な青い画面を残して私と沙耶での初のダンジョンは閉じた。

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